1-3

「かーなーえっ!」

「げ」

 お昼休み、叶恵が自分で作ってきたお弁当を広げていると、ひとりの女生徒がニヤニヤしながら近づいてきた。手に持っていたランチバッグを叶恵の机に置いて、ゆっくりと叶恵に近づく。

「げってなにさ、私に会いたくなかった?」

「そうじゃないけど……えっと、夕姫ゆうき? なんか近くない?」

 肩に手を回し、顔をやけに近づけてくる。まるで刑事ドラマの尋問のようだ。

「万木から聞いたよ。いい話があるんだってね? ネタは上がってるんだぜ〜〜?」

「そ、それは……」

 どうやら、叶恵に逃げ道は無いようだった。仕方なしに口を開く。

 下式したしき夕姫は叶恵の親友だ。夏も終わりだというのに、相変わらず真っ黒に焼けた顔で快活に笑う姿が叶恵には眩しい。手早く広げるお弁当箱の中身は、茶色が目立つスタミナ仕様だ。がつがつと箸を動かしながら叶恵の話を聞く。

「へえ、ブルームーンねえ。望月って意外とロマンチスト?」

「もう何年も前の話なのに、覚えてたんだってびっくりした」

「じゃあ、今度は告白から逃げちゃダメだよ」

「っ!」

 叶恵が驚いてむせる。どうやら、そこまでは考えが及んでいなかったようだ。

「こ、告白って、そんなまさか」

「まさかじゃないでしょ。ちゃんと気持ちに応えてあげないと、望月がかわいそうだよ」

「応えるって、だって……」

 机から身を乗り出して、夕姫が下から覗き込む。

「好きなんでしょ、望月のこと」

 叶恵は静かに箸を置いて、俯いてしまう。泣きそうな顔をしていたのが、夕姫には見えてしまった。

「……好きじゃ、ないよ」

 夕姫には、一度話したことがあった。叶恵は高希を好きじゃない。好きにはなれないのだ。原因も理由もわからない。けれど、好きだと思えば思うほど、高希への想いは霧散する。募らない。消化されて、どこかに行ってしまう。この感覚を自覚した夜、苦しくて気持ち悪くて叶恵は泣いた。涙が止まらなくて、こんなにも、涙が止まらないほど思っている高希が、好きじゃない。それでも涙が止まらなくて、一晩中泣いた。涙と高希への想いを枯らして、安心して朝日を迎えられた。

 だからこの想いは恋じゃない。だから私は、高希を好きじゃない。叶恵はそう結論づけた。

 夕姫は支離滅裂で不可解な叶恵の話を黙って聞いた。吐露する事で報われようとしているような、苦しい涙の独白だった。でも、夕姫は知っている。叶恵はそれでも高希を想う。痛々しいほど、傷だらけの心で。

「叶恵」

 だから夕姫は叶恵の背中を押す。もしかしたら、叶恵と望月の恋愛を応援する事自体叶恵の心を傷つけているのかもしれないと思いながら。

「叶恵、大丈夫。君はちゃんと望月が好きだよ」

「でも……」

「でもじゃないよ。ブルームーン、望月と見たくないの?」

「……見たい。見たいけど、ダメなんだよ。私はきっと、高希と一緒にいちゃいけないんだ。そうやって、決められてるんだ」

 事実は、飲み込む。咀嚼して納得して、理解して吸収することができないから、お弁当箱の中のにんじんと一緒に、水筒に入れた麦茶で、一気に流し込む。喉元さえ過ぎてしまえば、どうってことないから。……どうってこと、ないのだ。

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