夜空大兎ー5

「ほら、ここがハニアサルンの傭兵ギルドだ」


 エドさんに連れられてたどり着いたのは、傭兵ギルドの看板が掲げられた、城塞都市とほとんど見た目が変わらない建物。目の前のギルドと城塞都市のものが入れ替わっていたとしても、きっと気付くことができないはずだ。

 道中は露店で腹ごしらえしながらであったため、通常10分くらいのところを30分程かけて歩いただろうか。


 相変わらず開けっ放しの扉から中に入ると、受付の左横辺りに大兎と同じ初心者装備を身に纏った渡り人たちが15人ほど輪になってたむろしている。


「おぉ、また増えてやがるなァ」


 大兎がエドさんの言葉に返事もせずに突っ立っていると、いきなり大きな手で強く背中を押し込まれた。


「さァ、行ってこい」

「は、はい。すぐに戻りますから!」


 大兎の言葉を聞くと、エドさんはニヤッと笑ってから傭兵ギルドを出て行く。これほど背中を押されるという言葉が合うシチュエーションはないだろうが、輪に加わるタイミングは自分でしっかりと見極める必要がある。

 大兎は人見知りというほどではないが、初対面の人と話すのが得意ではない。ムギさんに出会ったときや《讃美歌》のメンバーと顔合わせしたときとは、また別ベクトルの緊張感が一気に大兎に押し寄せていた。


「お、また新人だ!」


 少し離れた場所で様子を伺っていると、大兎のことをちょうど見える位置にいた金髪の女の子が、一際大きい声を上げてこちらを指差す。顔立ちは整っているが、ピアスや指輪をいくつも身につけており、一目でテンションが高いことが分かる、元気ハツラツとした見た目の女の子だ。


「ほら、こっちこっち!」


 大兎は手招きされるまま金髪の女の子の隣に行き、会話の輪に加わることになった。大兎が加わり計16名となった渡り人の新人は、男女それぞれ8名ずつと意外にもバランスの良い組み合わせだ。


 一通り自己紹介は済ませているということだったが、金髪の女の子の実兄だというハヤトが主導して、大兎のための軽い自己紹介が行われた。


「男なのに後方支援希望なの!?」

「まぁね……。」


 金髪の女の子、もとい麗音(れのん)が、最後に自己紹介をした大兎が早速クラフトの練習を始めたことを聞いて驚いた表情を見せる。大兎以外の男子が全員戦闘員志望だったこともあり仕方がない反応だとは思うのだが、「男なのに」という言葉はどこか大兎の心をチクチクと刺すものがあった。

 麗音の様子を見る限り悪意を持ってというよりも無意識で言った言葉に違いなく、チャラチャラとした見た目や言動と相まって、出会って数分ですでに苦手な相手になりつつある。


「今日から冒険に行きたいと思ってたけどとりあえず無理そうだな」

「あぁ。今日一日調べてみて明日から行ってみよーぜ」


 意外だったのは戦闘員志望組の全員が、いきなりの魔物との戦闘に否定的であることだ。後方支援希望の大兎ではあるが、このゲームの一番の魅力が派手なスキルや魔法を使った戦闘にあることに異論はない。

 大兎はふとムギさんから聞いた、渡り人が慎重になり過ぎているという話を思い出す。もしかするとコメント云々でというよりも、そもそも選考の時点で無鉄砲な行動を取りそうな応募者は弾かれているのかもしれない。


「とりあえずスマホで連絡先を交換しない?」


 一通り自己紹介を終え、話がまとまりかけたところで大兎は勇気を振り絞って連絡先の交換を提案した。頷いてアイテムボックスからスマホを取り出した人が半数、キョトン顔で顔を横に傾けた人がもう半数といった様子だ。


「あぁ……まずはアイテムボックスって心の中で唱えてみて?」


 キョトン顔を見てすぐに合点がいった大兎は、ムギさんに教えてもらったのと同じ言葉でアドバイスした。案の定といえばいいのか、アドバイスからしばらくして全員の手に無事スマホが現れる。


「あいつ……」


 隣りにいる麗音から恨み節のような呟きが漏れ聞こえる。輪に加わっている全員が渋い顔をしており、数日経った今もどうやら大兎と同じ対応を続けているらしい。もちろんあいつとは大兎も出会ったあのチュートリアルおじさんのことである。

 すでに使い方を教わっている8名がマンツーマンで残りの8名に対して、簡単にスマホの使い方や機能を教えていく。


「ふーん、なるほどね!ありがとう!」


 大兎は今日街に降り立ったばかりだという麗音に、自分のスマホの画面を見せながら丁寧に説明した。タメ口ではあるが恐らく年下であると思われる麗音は、さすがに飲み込みも早い。


「お、おっと」


 アプリの説明のために麗音のスマホの画面を覗き込んでいると、急に「Magical Tube」で配信中の画面が映り込み、大兎は慌てて顔をそらす。

 チラッと見えた視聴者数は2000人。初日にしてこれだけの視聴者数を集めているということは、元々配信者だということなのだろう。


 大兎がだいぶ慌てた様子を見せたのに対して、麗音は何も気にしていないような、むしろ大兎が慌てたことに不思議そうな表情を見せている。大兎としては咄嗟の行動だったが、そもそもスマホもこの世界のものである以上大兎の行動はタブーという訳ではない。相手の視聴者数やコメントを確認しないように心がけるというのは、むしろマナーや暗黙の了解の部分に当たるだろうか。


「これで、こうやって……よし!」

「ありがとう!大兎が一番で良かったよ!」


 一通りの説明を終え、最後に本来の目的であった連絡先の交換を行う。麗音は連絡先に唯一登録された夜空大兎の名前を見て、嬉しそうな表情をしている。


「まぁ……いつでも連絡してくれ」

「分かった!」


 いまいち麗音に対する苦手意識が拭えていない大兎だが、どこか憎めないところもあり、大兎の連絡先で素直に喜ぶ姿には当然大兎も悪い気はしない。


「麗音は今日街に来たんだろ?」

「うん!私としてはすぐにでも冒険に行きたいんだけどなぁ」


 すぐ近くでは麗音の兄であるハヤトが、戦闘志望組と入念な打ち合わせを行っている。自己紹介と雑談を経て、何となく性格や考え方を掴みつつあるが、兄のハヤトが戦闘志望組でありつつも慎重に物事を進めたいタイプであるのに対して、妹の麗音は同じ戦闘志望組の中でも一番血の気が多いタイプであるように思えた。


「これからお兄ちゃんと一緒に行動するのか?」

「うん!何だかんだ兄貴は頼れるからな」


 ハヤトは大兎と同じタイミングで街に降り立っており、城塞都市の傭兵ギルドで色々と情報収集を進めていたようだ。数日前に遠征の影響で数百人の渡り人がキャラエンドを迎えた訳だが、それによってメンバーを失った傭兵団はかなり混乱して新規団員の募集どころではない。

 現状を総合的に判断した結果、ハヤトとしてはすでに関係性が出来上がっている既存の傭兵団に入るよりも、険しい道であっても新人を集めて傭兵団を立ち上げる方が可能性があると考えているらしい。


「大兎はこれからどうするの?」

「俺は……、」


 麗音にそう質問され、思わず言葉に詰まってしまう。

 一週間という期間を決めて《讃美歌》にお世話になっているわけだが、大兎がお願いすればきっとムギさんや団員は大兎の加入を前向きに検討してくれるだろう。《讃美歌》はこの辺りで一番の傭兵ギルドであり、クラフトスキルを向上させる環境としては最高の場所だ。


 だが、それでは自分が成長できない。そんな思いが大兎の中に強くあり、まだ今は今後のことを決めかねていた。


「俺は……、まだ迷ってる」

「そっか!」


 麗音の返事は随分と軽いものだった。詳しく聞きもしなければ大兎を誘いもしないのは、もしかすると麗音なりの優しさなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、右手に持ちっぱなしのスマホがメッセージの受信を告げる。


[麗音:おーい😊]


 メッセージを確認して、隣にいる麗音の顔を見るとイタズラっぽい笑みを浮かべて手を振っている。


 時間は13時過ぎ。

 そろそろ《讃美歌》のクラブハウスに戻らないといけない時間が近付いていた。


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