迫田茉莉花ー5

 応接間での顔合わせから30分後。

 どうしてこうなった?というのが、茉莉花とその視聴者たち共通の感想だろう。

 

 今、茉莉花は雪さんと二人で冒険者ギルドを出て、白く覆われた街をのんびりと歩いている。茉莉花の左手は雪さんの右手にしっかりと握られており、まるで初めて街に来た小さな子どもを案内する親戚のお姉さんのようである。


『これどこに向かってる?』

『初心者支援不安でしかないんだが笑』

『さすがシルヴィアちゃんチョイスってところかな……笑』


 茉莉花は雪さんに引っ張られるだけで、行き先は告げられておらず、今どこに向っているのかがさっぱり分からない。しかし、どうやら雪さんはかなり機嫌がいいようで、鼻歌を歌いながらスキップでもし始めそうな感じだ。

 冒険者ギルドでの30分間はお互いの自己紹介がてら軽く雑談をしただけ。どこに機嫌がよくなる要素があったのか、茉莉花にはこれといった心当たりがなかった。


「……あれがパーティーハウス」


 しばらくして少し先を歩いていた雪さんが急に立ち止まり、道の左側にある一軒家を指差す。普通の家に見えるが、どうやら雪さんが所属するパーティー《Snowing》のパーティーハウスらしい。

 《Snowing》はこの街唯一のプラチナランクパーティー。雪さん単独でもゴールドランク相当で、かなりの実力者揃いであるようだ。

 プラチナランクの上にはミスリルとオリハルコンという2つのランクが設けられているが、これらは冒険者ギルドの顔になるということで、信頼度という観点から所属年数に関する規定があるらしい。要するに、この世界に来て約1年程しか経っていない雪さんパーティーは、この短期間で実質的な最高ランクに到達しているということだ。


「他のメンバーはどこに行ってるんですか?」


 茉莉花は冒険者ギルドで話をしたときに、一番雪の多いこの時期はパーティー活動を停止していると聞いた。雪さんは街に残り時々依頼をこなすなどしてのんびり過ごしているが、雪さん以外のパーティーメンバーである4人は南へ向かったり、普段はしないクラフトをしてみたりと、各々自由に過ごしているようである。


「……分からない」


 茉莉花の疑問にそう答えた雪さんの顔は若干不満げ。具体的にどこで何をしているかは特に聞いてないということらしい。


 若干の気まずさを感じながら短い会話を終え再び歩き出すと、雪さんの歩くスピードが少しずつ早足になっていく。当然手を引っ張られている茉莉花も自然と歩くスピードが速くなり、さっき転んだことを思い出しては憂鬱になる。

 言葉数は少ない雪さんだが、どうやら感情が顔や態度に素直に出るタイプであるようだ。


『気まずい……』

『地雷踏んだ?』

『さすがマリちゃん……汗』


 そのままお互い無言で10分ほど歩くと、雪さんが3階建ての建物の前で立ち止まる。見た目は宿屋か集合住宅のようだが、とにかく目的地に着いたらしい。


「……ここ」


 雪さんはそれだけ告げて建物の中へと入って行く。茉莉花の思った通り、日本でいうアパートのような集合住宅であるらしい。雪さんに連れられるままに階段で2階まで登ると、雪さんがどこからか鍵を取り出し手前から3つ目の扉を開ける。


「……いらっしゃい」


 先に扉を抜けた雪さんが少し照れくさそうに茉莉花を呼ぶ。茉莉花はおじゃましますと小さな声で唱えてから、玄関先で靴を脱ぎ部屋の中へと入った。


『……まさかとは思うけど?』

『そんな予感はしてた笑』


 茉莉花から見て手前の左側に2つの扉、右側にはキッチンがあり、奥には8畳ほどの部屋が見えている。非常に物が少なく感じる部屋だが、家具はナチュラルテイストでかつ白色に揃えられており、統一感があった。

 かわいいもの好きの茉莉花の好みとは異なるが、大人女子のおしゃれな部屋という感じだ。


「……もしかして、ここは茉莉花さんのお家ですか?」

「……そう。これ、渡しておくから」


 そう言って雪さんから渡されたのは、つい先程扉を開けたときと同じ形の鍵。いわゆる合鍵、というやつだろう。


「あ、ありがとうございます。私はここに住むんでしょうか?」


 素直に合鍵を受け取っておいて、する質問がこれかとツッコミが入りそうだが、この状況を尋ねるならこの聞き方が一番正しいはずだ。


「……そう。一週間よろしく」


 相変わらず恥ずかしそうに言う雪さん。対する茉莉花は困惑のただ一言だ。


『まさかの同棲!?』

『そもそもこのゲームってどんな暮らしなんだろ』


 茉莉花にはゲーム知識がほとんどなく、初心者支援についての情報もシルヴィアと雪さんからしか教えられていない。初心者支援の一貫で相手の家に居候するということが通常の対応なのかどうかも、茉莉花には判断しようがないのだ。


「……座って?」


 先に二人掛けのソファーに座っていた雪さんが、隣をポンポンと叩き茉莉花に座るよう促す。言われるがまま隣に座ると、思った以上にふかふかのソファーが茉莉花を迎え入れた。

 日本のようにテレビもなければスマホで音楽を流すこともできないため、お互いが喋らなければひたすら無言の空間が続いてしまう。


『もしかして気まずい……?』

『マリちゃんはどっちのタイプなんだろ』


 コメントでは無言の空間を心配する声が見受けられるが、茉莉花としてはこの落ち着いた空気感は嫌いではない。いつもの配信では基本的に話し続けることを意識しているが、普段の生活では落ち着いたテンションでいることが専らであるからだ。


「……明日はお洋服買いに行こっか」

「そうですね!」


 茉莉花は自分と雪さんの服を見比べてから、そう答えた。2日目にしてまだ初期装備の茉莉花に対して、雪さんは白を基調としたお洒落で暖かそうな服装だ。

 さすがの茉莉花もこの格好で極寒の中を歩き回るのは辛かったため、雪さんの提案はとてもありがたいものだった。


「……これパーティーメンバーに選んでもらった服」

「そうなんですね。……とても似合ってます!」

「うん、ありがと……」


『いったい我々は何を見せられてるんだ……』

『付き合いたてのカップル?』


 茉莉花と雪さんの何ともいえない空気感にコメントは若干のざわつきを見せているが、茉莉花としてはむしろ開き直ったような気持ちだ。これまでにも友人やVTuberの同僚と一緒に女子会と称したお泊り会をしたことはあるが、言葉を選ばずに言うなら雪さんは普通の容姿ではない。

 普段は同性に対してボディタッチ多めで積極的に絡むことができる茉莉花だが、神聖さすら感じる雪さんに対してそんなことを出来るはずもないのだ。そもそも顔を直視して近くで囁かれると同性とはいえドギマギしてしまうのだが、それも仕方がないことだと受け入れてしまっている自分がいた。


「……お腹空いてる?」

「はい、ちょっとだけ」


『嘘つけww』

『さっきからちょくちょくお腹の音が鳴ってるの聞こえておりますけども』

『マリちゃんが可愛こぶっておる……』


 昨日から何も食べていないため間違いなく空腹であるはずの茉莉花がちょっとだけと表現したことに、沸き立つコメント欄。ここまで来たら、雪さんの前では恥ずかしがることなく、自分の素直な感情を吐き出すだけだ。


 雪さんはんしょっ、と可愛い声を上げながらソファーから立ち上がり、扉付近のキッチンへと向かった。キッチンとはいっても、コンロ1つと調理スペースだけがある非常に簡易的なものだ。


「……これも魔道具なの」


 雪さんは鼻歌を歌いながら、コンロを指差す。街の建物のほとんどが木造であるため一見中世〜近世付近の時代設定に思えるが、コンロといい電気といい、この部屋だけを見るとかなり近代的な暮らしぶりだ。

 調理スペースに立った雪さんはアイテムバッグから野菜を取り出し、慣れた手付きで料理を進める。


「普段から料理するんですか?」

「うん……いつも一人だから今日は張り切ってるかも」

「はい!楽しみにしてます!」


 茉莉花の言葉に雪さんは嬉しそうに笑い、服の袖をまくって力こぶを作るマネをする。視聴者数は変わっていないが、心なしかコメントの数が減っているように感じるのは気のせいだろうか。


「……少し時間かかるから先にお風呂入ってね」

「はい!え、お、お風呂ですか?」

「うん……時間は早いけどもう外に出る予定はないから」


 そういうことじゃないという雪さんの答えを聞いてから、茉莉花は素直に雪さんの言う事に従ってお風呂に入ることにする。


 そんな付き合いたてのカップルのようなやり取りを続けながら、2日目はすぐに終わりを迎えるのであった。


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