迫田茉莉花ー3
「まさか……!シルヴィアちゃんも渡り人だったりします?」
「は、はい」
茉莉花は思わず頭を抱える。シルヴィアがしばらくの気絶から戻ると、小声で「大丈夫だよ」「心配しないで」と話しているのが聞こえ、茉莉花はまさかと疑ったのだ。
シルヴィアが気絶した後に声をかけてきた受付の人に案内されたのは、受付の奥の応接間のような部屋。あんなことがあったにも関わらず、気絶した状態のシルヴィアと2人で放置されたことも謎だったが、お互い渡り人だからということだったのだろうか。
「その……、大丈夫そうかな?」
「はい!何がとは言いませんがてぇてぇらしいですから」
シルヴィアが渡り人だと分かって茉莉花が心配したのは、相手方のコメントの反応である。庇護欲を掻き立てられる存在だから過激派がいないかと思ったのだが、概ね好意的なようで一安心だ。
ちなみに、てぇてぇとは尊いをくずした言い方である。
シルヴィアは茉莉花の対面で膝に手を置き、行儀よく座っている。シルヴィアの方が冒険者ギルドの関係者だが、まるでお客さんのように緊張した雰囲気だ。
「シルヴィアちゃんは何故冒険者ギルドの職員になったの?」
「うーん、何ででしょう?私は戦うのは苦手だし不器用だから自分にできることを探していたらここに辿り着いたんです」
シルヴィアの声は自信なさげなものだったが、茉莉花は誰にでもはできない冒険者ギルドの職員になるというシルヴィアの選択を頼もしく思った。他人や周りに流されるのは簡単だが、悩みながらも他の人とは違う自分の居場所を見つけるというのは簡単ではないからだ。
「逆に茉莉花さんは何故冒険者志望なんですか?」
「そうだねー。戦うのが醍醐味ってのもあるけど一番は強くなりたいから、かな。肉体的にも精神的にもね」
強くなりたいというのは茉莉花の正直な気持ちだった。この世界で生きていく渡り人としては魔物を倒したいであるとか街の人を守りたいであるとか、そういったものが崇高な理由なのかもしれないが、自分の気持ちに嘘は付きたくない。茉莉花はこの世界の茉莉花だが、地球の茉莉花であり、Vtuberのマリでもあるのだ。
「私は良いと思います!茉莉花さんがいつかこの世界で一番の冒険者になるのを楽しみに待ってますから」
『ええ子や……』
『さすがマリちゃん、正直に言うねぇ』
『また抱きついたりしないよね?』
自分の気持ちを他人に受け入れて欲しい訳ではなかったが、シルヴィアの優しさは今の茉莉花にとって有り難かった。
雑談を終え、話は次第に事務的なものに移り変わっていく。
「冒険者は実力や実績によって7つのランクに分類されます。ランクは下からアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコン。茉莉花さんも最初はアイアンからのスタートになりますね」
「なるほどーアイアンからブロンズに上がるにはどうすれば?」
「最低ランクであるEランクの魔物を単独で倒すとブロンズに昇格です。それまではギルドが上級冒険者に同行を依頼して基本を教えてもらいます。いわゆる初心者指導ってやつですね!」
冒険者のシステムについては、これまでプレイしてきたMMORPGと大きく変わるところはない。シルヴィアの話を聞く限りは、むしろ初心者支援が充実していそうである。
「茉莉花さんはこの街で初心者支援を受けられますか?」
「……希望すれば他の都市でも受けられるんです?」
「もちろんです!ここプムトロコールは北西部最大の都市ですが常駐する渡り人パーティーは3つだけ。その点例えば帝都ですと沢山渡り人が居ますから、それだけ初心者支援を依頼できるパーティーの幅が広がることになります」
シルヴィアの提案は茉莉花にとって、とても悩ましい話だった。
『The Earth in Magic』の世界はとても広大だ。特にルヴィリス帝国の領土は他2国よりも大きく、北と南では気候もかなり異なるだろう。単純計算では各国に渡り人が1000人ずつ居るわけだが、いくら領土が広いとはいえ北西部最大の都市に常駐するパーティーが3つというのは少ない。
周辺の魔物の数や気候の影響など考えられる原因はいくつかあるが、それでもとにかく茉莉花は自分の勘を信じることにした。
『帝都に行ってみても面白そうだけど』
『悩ましいね〜』
『シルヴィアちゃんと出会ったから余計にね……』
「是非この街でお願いします!」
「……!ありがとうございます!」
茉莉花が答えた瞬間、シルヴィアの表情は真面目なものから笑顔に変わる。
強さへの最短ルートを追い求めるなら帝都に行くことが正解であることも分かっているが、茉莉花の中では何よりもこの一期一会を大切にしたいという思いが芽生えていた。
『シルヴィアちゃんは人誑しだなぁ笑』
『マリちゃんらしい選択だねー』
シルヴィアの説明はその後もしばらく続いた。
やはり茉莉花の思った通り、プムトロコールに常駐の冒険者パーティーが少ないのは天候の影響が大きいのだという。厳冬期は雪で道が閉ざされる上に、魔物の動きも大人しい。普段は帝都などの中部以南の都市に拠点を置き、時期によって北部に長期遠征をするパーティーがほとんどらしい。
ちなみに誰に初心者支援を依頼するかは面談で決めることもできるようだが、茉莉花はシルヴィアに任せることにした。明日には顔合わせできるだろうということで、今日は書類に必要事項を記入してシルヴィアに提出すれば用事は終了だ。
「よし、これで大丈夫でしょう!最後に……冒険者は基本的に自由に行動できますが魔族に動きがあった場合と3ヶ月に一度の合同演習のときには強制招集されます。魔族案件のときには急な連絡になると思いますのでいつでも動けるように最低限の準備はしておいてください」
「わかった!シルヴィアちゃん、ありがとうー」
そう言って茉莉花は立ち上がる。
そのまま扉に向かって歩き出そうとすると、ふと目の前に少し緊張した面持ちで両手を前に突き出しているシルヴィアが目に入った。
『まさかの抱きつき待ち!?』
『マリちゃんが急に立ち上がったから勘違いしたかな笑』
『シルヴィアちゃんかわいい!』
「んっ!?」
シルヴィアのまさかの行動に一瞬停止しかけた茉莉花だが、これが現実かを確かめるように軽く頭を殴ってから、先ほどと同じように身を乗り出してシルヴィアを優しく抱きしめる。茉莉花がそのまま頭を撫でようとすると、今度は彼女の方からパッと離れてしまった。
「ありがとうございましたっ!」
唖然として固まる茉莉花。シルヴィアの顔は真っ赤で、茉莉花の返答を待たずに駆け足で部屋から出ていってしまう。
「……もしかして気に入られたかな?」
『みたいだけど、どこでだろうか?笑』
『むしろセクハラまがいのことはしてたけど』
誰も居なくなった部屋で一人呟く茉莉花。気に入られる要素は特になかったように思えるが、当然悪い気はしない。
『マリシルありそうですか?』
「うーん、シルヴィアちゃんは妹みたいな感じかなー」
『確かに!』
『末っ子感すごいよね〜』
茉莉花の言葉に一気に同意するコメント欄。
このゲームでは現実の容姿や年齢から大きく離れたアバターには設定できないようになっている。15歳未満はプレイできないため小学生や中学生とまではいかないはずだが、それでもにじみ出る末っ子感をコメントも茉莉花も感じ取っていたということだろう。
「さぁやるべきことも終わったし、あとは座学タイムかなー」
『恒例のやつ!』
『寝ないように頑張る……』
『座学タイムいいね〜』
新しいゲームをプレイするときには恒例となっている茉莉花の座学タイム。情報をしっかりと得て何事も慎重に立ち回りたい茉莉花ならではの時間だ。
元々FPSが得意ではなかった茉莉花が、得意といえるレベルまでなれたのは座学で得た知識を実際に発揮できるようになったから。それを理解してくれている視聴者は、配信としてはつまらないかもしれない時間をコメントでワイワイと騒ぎながら楽しんでくれている。
「いつもありがと……」
小さい声でそう呟いた茉莉花は、シルヴィアに聞いた冒険者ギルド内の本の在り処へと静かに歩を進めた。
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