夜空大兎ー3

「さぁ、ここからは歩いていこうか。この街は車で侵入できないんだ」


 門の近くまで来たところでムギさんの合図があり、大兎は車を降りる。ムギさんによると、魔導車と呼ばれるこの車は3ヶ月ほど前に渡り人が開発したもので、ほとんどの街でまだ乗り入れが禁止されているらしい。


 1時間ほどの道中では、本来チュートリアルおじさんに教えて貰えるはずだった基本情報について色々と教わることができた。

 大兎が降り立ったのはザツェル聖王国。3つの国の中だと、一番戦いが少なく、現状は最も安定した国である。


 大兎とムギさんは街に入るために、10人ほどの列に並ぶ。


「身分証とか何もないんですけど大丈夫でしょうか?」

「大丈夫。渡り人だし何も問題ないと思うけど、いざという時は私が身元保証人になってあげるから」


 列の前方の人たちは兵士にいくつか質問された後、身分証のようなものを提示している。

 念の為ムギさんに確認してみるが、身分証がない大兎もどうやら問題なさそうである。


 何かしらの金属で出来ていると思われる丈夫そうで大きな門扉は、ようやく人がすれ違えるくらいの広さまで閉じられている。門の前には数人の兵士が鎧をまとって警戒しており、随分と物々しい雰囲気だ。


「いわばこの街はこの地域の最後の砦だからね。」

「最後の砦、ですか?」

「そう。こういう緊急事態のときに防衛設備のない街や村の人が一斉に集まれるように計画的に作られた街なんだ。そういう意味での砦!」


 最初の街からの道中いくつか村を見かけたが、柵や堀で囲まれることなく防衛設備は皆無に等しいように見えていた。各地にいくつかの防衛拠点を構えるという考え方は合理的にも思えるが、急襲があった場合などには退避が間に合わないこともあるだろう。

 大兎がその辺りの懸念をムギさんに伝えてみると……。


「この地域は随分平和だからねぇ」

「つまり魔物の襲撃はないということなんですね」

「うん。魔物は妖魔の森に引きこもっているし隣国との国境も遠いから」


 大兎はムギさんの返答に納得する。戦いが起こらない地域の街や村に防衛設備を作ると、建築費や維持費などの無駄な出費が増えてしまうからだ。


 そんなことを話していると、ついに大兎たちの順番がやってくる。大兎の緊張をよそに、ムギさんが二人とも渡り人だという言葉とともに身分証を見せると、何事もなくすんなりと街の中へと通される。


「こんな緩い警備で良いんでしょうか……?」


 困惑した大兎は思わず、そう口にした。


「んー。良いと思う!実は渡り人は非常時の戦闘員として強制招集されてるんだ。特に防衛の時は魔法を使える人が貴重だからね」


 ムギさんによると、大兎がすぐに通されたのも渡り人だからということである。降り立ったばかりで招集される立場というのも不思議な感じがするが、異世界ならそんなことも有り得るだろう。

 防衛時に魔法を使える人が重用されるというのは、日本の戦国時代に城の防衛で弓や鉄砲が活躍したのと同じだろうか。どうやらムギさんの言い方的には、渡り人が全員魔法を使えるのに対して、現地人はそうではないらしい。


 街に入ると、ムギさんは目的地に向かってずんずん進み始める。緊急時に周辺の住民が集まる場所であるため普段はあまり人が住んでいないらしいが、その緊急時の今、門から入ってすぐの通りはかなり賑わっている。

 道の両側に宿屋のような建物がずらりと並んでおり、随分規模の大きな街であるようだ。正面には西洋風の立派な城が鎮座しており、大兎は自分が物珍しさでキョロキョロ周りを見渡してしまっていることに気付いた。


「ムギさん、今はどこに向かっているんですか?」

「うーん、今向かっているのは傭兵ギルドだね」

「傭兵ギルド……?」

「うん。戦いが少ないこの国では戦いたい渡り人もあまり戦いたくない渡り人も傭兵団に所属する人が多いんだ」


 大兎の中で傭兵といえば、金銭によって雇われ戦いに参加する兵士というイメージだ。傭兵団の構成員が全員戦闘に参加するということはないかもしれないが、戦いたくない渡り人も所属しているというのは意外だった。


「大兎くんは何がしたいとか決まってる?」

「一応は。戦いは苦手そうなので道具制作とかそっちにチャレンジしたいと思っています」

「ん!いいと思う!今回の遠征で後方支援組もかなりやられたみたいだからね」


 大兎はゲーム好きではあるが、銃を撃ったり戦ったりするアクション系のゲームはどうも上達せず、最近はシミュレーションや頭脳系などのジャンルを好んでプレイしていた。

 『The Earth in Magic』は戦闘メインのゲームではあるが、クラフト要素も充実しているということで、大兎は出来ればそちらを目指したいと考えている。


「後方支援組にも被害が出たんですか?」

「残念ながらね。戦闘を行わない渡り人も道具や補給支援のために遠征には帯同したんだ。本来は何もなければ安全な場所に居たはずだけど今回は総崩れだったみたいだからね」


 大規模な遠征なら当然補給部隊も存在する。ムギさんの話から考えると、今回は補給部隊に居た渡り人にも被害が出てしまったということらしい。

 戦いたくなくてクラフト系のことをしていたのに傭兵団にいるせいで実際に戦場に駆り出されてしまうというのなら、傭兵団に所属するメリットが大兎にはイマイチ分からなかった。


「うーん、それは平和だからこその弊害だね。この国は魔物が滅多に現れないせいで冒険者がいないし、殆どの人は戦いに興味がない。渡り人が作っているのは武器や防具か魔道具、それにポーション類だけど戦闘向きのものは傭兵以外にほとんど需要がないの。それに魔道具も魔物から得られる素材を使っているから魔物があまり出ないこの国で一般に普及させるのは現実的じゃないかな」

「なるほど……」


 世知辛い、というのが大兎の正直な感想だった。戦いたくなくて道具やポーションを作っているのに、戦いがあまり起きないせいで仕事がない。きっとクラフトメインの渡り人が傭兵団に所属しているのは、需要が少ない中でも安定した受注を受けるための生き残り策というところだろう。


「という訳だから今のタイミングは大兎くんにとってもチャンスだね。しばらくしたら色んな傭兵団で欠員補充のための募集があると思うから」

「……もし欠員補充がなかった場合や傭兵団に入れなかった場合はどうするんでしょう?」

「滅多にないけど、そこまでってことだから大体はやる気をなくしてキャラエンドかな〜」


 大兎は思わず表情を曇らせる。

 ムギさんの話は厳しいものだが、現実として十分有り得る話だ。このゲームのコンセプト的にプレイヤー自身だけが楽しめれば良い訳ではなく、エンタメとして楽しさを視聴者に届ける必要がある。ただでさえ地味に見えるクラフト作業だが、人との関わりが薄ければエンタメ要素は更に希薄になってしまうだろう。


「うそうそ!冗談だから本気にしないで!傭兵団以外にも渡り人はいるし地道に作り続けていれば熟練度が上がって稼げるようになっていくからね」


 大兎の表情を見てムギさんは慌てて補足したが、もし先程の言葉が冗談だったとしても、さっきの話が一理あることに違いはない。

 大兎の中で何を作りたいかが正確に定まっている訳ではないが、話を聞く限り、とりあえずは傭兵団のクラフト組に加われるレベルまで自分の力を持っていくことが必要になってくるだろう。


「さぁここが目的地だよ!」


 街の中を10分ほど歩いただろうか。二人は傭兵ギルドという大きな看板が掲げられた木造の建物に辿り着いた。

 大兎が一息つく暇もなく、ムギさんは躊躇せずに開けっ放しの扉から中へと入り、大兎もすぐそれに続いた。


「お帰りなさい、団長!」


 建物に入ってすぐ、その言葉とともに、ムギさんの下に傭兵らしき格好をした数人が集まってきた。


「……だ、団長!?」


 思わず声に出た大兎の言葉を聞いて、ムギさんは恥ずかしそうにそっと自分の頬を掻いた。


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