迫田茉莉花ー2

「うわっ……寒いっ」


 扉の先は一面の銀世界だった。街中のようだが人通りは少なく、天気が悪いために時間も分からない。このまま外にいると凍えてしまうのではないかと思うほどの寒さだが、すでに扉は消えており元いたチュートリアル部屋に戻ることは叶わなそうだ。


『めっちゃ雪降ってる!』

『きれいだねー』

『かなり北の方っぽい?』


 コメントは茉莉花の気持ちも知らずに、呑気に景色を楽しんでいるようだ。確かに異世界の雪景色は幻想的な風景ではあるが、薄い初期装備で立つ茉莉花にそれを楽しむ余裕はない。

 暖かい部屋で暖かい飲み物を飲んで、しばらく暖を取れたことはおじさんに感謝すべきことだろう。


「すみません、冒険者ギルドはどこにありますか?」


 茉莉花はすぐ前を通りかかった通行人に声をかける。明らかに季節外れの格好をした茉莉花に一瞬驚いた様子だったが、すぐに冒険者ギルドの方を指差してくれた。


「渡り人、の方ですよね?冒険者ギルドならここから道なりに5分ほど歩けば辿り着けます。大きな建物なのですぐに分かると思いますよ」

「ありがとうございます!」


 渡り人という言葉が出たため、この人もそうなのかと一瞬勘違いしたが、どうやら普通の通行人だったようである。この広い世界で3000人という人数制限があるのだから、当然プレイヤーとNPCの交流もあるだろうし、きっと渡り人という言葉はこの世界の人にも浸透しているのだろう。


 茉莉花は冒険者ギルドへと向かいながら、コメントを眺めつつ話をする。


『ここまでは順調だね!』


「まぁねー。南で何があったのかは気になるけど」


 VRMMOのジャンル自体、いくつかプレイ経験のある茉莉花は、だいたいの流れや初動の動きを理解している。こと今回のような、攻略情報がない上にリアル志向の強いゲームでは、戦ったり魔法を使いたい気持ちを押さえてでもじっくり情報を集めるのが重要、というのが茉莉花の考えだった。

 どちらにせよ今後のことを考えると、冒険者ギルドは一番最初に訪れたい場所である。


『お!あれが冒険者ギルドかな?』


 雪のせいで視界が悪いが、少しずつ前方に大きな木造の冒険者ギルドらしき建物が見えてくる。

 今のところ特に変なコメントも見当たらず、視聴者さんと一緒にこの世界を楽しめている感じだ。茉莉花が見ているのは強制的に配信されている「Magical Tube」ではなく、常連さんばかりの昔から使っている配信サイトのコメント欄だから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 このゲームにおいてコメントと適度な距離感が必要なことは茉莉花も重々承知しているが、これまでの視聴者を大事にしたい茉莉花にとっては「Magical Tube」以外のサイトでも同時配信が許されているのはありがたいことだった。


「じゃあそろそろコメントとはお別れだね〜」


『はーい』

『行ってらっしゃい!』

『楽しんで!』


 冒険者ギルドは3階建ての割と大きな建物だった。正面には盾の前に剣と杖が交差した絵が描かれた看板が掲げられている。

 茉莉花は早速、扉を開けて中に入った。


 正面には受付、右側には別のカウンター、左側には酒場のような店がある。冒険者ギルドといえば依頼書が貼られている掲示板が定番だが、ここから見た感じだとそういった類のものはどこにも見当たらない。


 テンプレのように特に冒険者が絡んでくることもなさそうなので、茉莉花は素直に受付に向かう。雪のせいか建物内に人はほとんどおらず、3個ある受付全てすぐに対応してもらえそうだが、せっかくならと一番可愛い少女が担当する一番右の受付にお願いすることにした。


「プムトロコールの冒険者ギルドへようこそ。私シルヴィアが担当致します!ご用件はなんでしょうか?」

「はじめまして、迫田茉莉花です!冒険者になりたいのですが」


 茉莉花が話しかけたのは咲き乱れる花のような可憐さを持つ金髪の可愛い少女だ。茉莉花の格好を見て一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、冒険者になりたいという言葉を聞いてすぐに笑顔になる。茉莉花は感情を素直に表現するようなシルヴィアの笑顔を見て思わず受付越しに頭を撫でたくなるが、必死に我慢する。


『かわええ』

『マリちゃんは可愛いものに目がないからなぁ』

『プムトロコール!?』

『さっきの部屋がある街と同じやんw』


 コメントは少女に対する反応と街の名前に対する反応が半々。マリが少女にセクハラをしないか心配するコメントもあり、まるで図星だった茉莉花は思わず苦笑した。


 おじさんは別れ際に悪い所には行かないだろうと予感めいたことを言っていたが、確かにこの規模の冒険者ギルドがあり、チュートリアル部屋が保てるような治安の街なら十分良い街に分類されるだろう。


「冒険者志望ですね!もしかして……、渡り人さんでしょうか?」


 渡り人という言葉とともに、シルヴィアの顔が一気に真剣なものに変わる。

 渡り人の初期装備に何かしらの特徴があるのか、この季節に薄着でいるのがよっぽど目立つのかは分からないが、先ほどの通行人に続いて2回目の質問だ。

 さっきは咄嗟に渡り人だと肯定してしまったが、よくよく考えると茉莉花は渡り人がこの国でどのような扱いをされているのか分かっていない。ペラペラと素性を明かすのは危険かもしれないと思って、茉莉花は言葉に詰まってしまった。


「す、すみません!答えづらいなら結構ですから!」


 急に茉莉花が黙ったのを見て、シルヴィアが慌ててまくし立てる。彼女の反応を見るに、渡り人と明かすのが危険というのはきっと勘違いだったのだろう。


「ここルヴィリス帝国の冒険者ギルドでは新しい渡り人さんに対して他の渡り人さんを紹介することになっているんです!対魔物を考えたときに渡り人さんは大きな戦力になってくれていますから」


 シルヴィアは全く反応せずに黙り続ける茉莉花に焦っているのか、次から次に言葉を発して説明を続ける。渡り人だと明かしても良いのだが、茉莉花としては必死なシルヴィアをもう少し見ていたい。いけないと思いつつも、その一所懸命な感じが茉莉花のいたずら心をくすぐっていたのだ。


『あっ……』

『マズいー!』

『今すぐ逃げてーーー』


「えい……!」


 茉莉花の腕の中にすっぽりと収まるシルヴィア。気付いたら体が自然とカウンターを乗り出して彼女を抱きしめにいっていた。


「えっ?」


 ふぎゅっという謎の音とともに困惑の声を上げるシルヴィア。フローラルな柔軟剤のような香りが茉莉花の鼻いっぱいに広がる。

 コメントにもあったが茉莉花は可愛いものに目がない。それは可愛い女の子も例外ではなく、これまでも同じ事務所内のVtuberとのオフコラボではスキンシップの多さが度々いろいろな意味で話題になっていた。

 今回も、必死に説明する可愛い女の子を前にして茉莉花の衝動が抑えられなくなったのだ。(そもそも本人に抑える気はないのだが)


 しばらく無言の時間が続く。他にもギルド職員と思われる人は建物内に数名いるが、全員見て見ぬ振りをしているようだ。

 意外にもシルヴィアは特に抵抗することなく、それどころか恐る恐る茉莉花の背中に腕を回してお互いがお互いを抱き合う体制になった。


『あーあ……』

『VR最高!!』

『これ見ても大丈夫なやつだよね?』


 最初は強張っていたシルヴィアの身体も、次第に茉莉花を受け入れるように力が抜けていく。

 そして……。


「ふぎゅぅぅ……」

「あっ、あれ?」


『………………』

『おまわりさーん』

『どうすんのこれ?w』


 完全に力が抜けて茉莉花の身体に寄りかかってくるシルヴィア。


「どうすんのこれ?」


 奇しくも茉莉花の気持ちは、最後に見たコメントと同じものだった。


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