迫田茉莉花ー1

「皆さん、こんマリです!今日もよろしくお願いします!」


『こんマリー』

『待ってた!』

『タイトルびっくりした!』

『こんマリ!』


 配信を開始すると、すぐに待機していたであろう視聴者のコメントが流れ始める。初めてVR機器で配信するため上手く行くかが心配だったが、どうやら問題なく配信を開始できたようである。


 迫田マリは、中堅事務所LiveLife《ライブライフ》所属のVtuberだ。

 青い髪に少し垂れ目気味のおしとやかそうな見た目をしており、通常衣装としてセーラー服を着用する。見た目からは一見清楚だと思われがちだが、それと反する明るいハキハキとした性格が一番の売りだった。


 マリは改めて自分の配信画面を確認する。マリの動きに連動して、顔を動かす青髪の女の子。視聴者数はじわりじわりと増え続けており、もう少しで2000人に到達しようかというところだった。


「じゃあ早速だけどタイトルにある『The Earth in Magic』を始めていきます!人気タイトルだから見るときのルールは皆分かってるよね?」


『分かってる!』

『大丈夫だよー』

『多分アレだよね?』


「だいたい大丈夫そうかな?一応注意事項は固定コメントにしておくから皆目を通しておいてねー」


 そう言ってマリは配信前に用意していた文言を管理画面で固定コメントに設定する。


固定コメント:ネタバレや誘導コメントは禁止です。マナーを守ってお楽しみください。『The Earth in Magic』についての情報はコチラ→(URL)


「じゃあそろそろログイン画面に移行します!」


『緊張してる?』

『いつもより声が少し高いような』


 昔からの常連が鋭いコメントを流していたが、マリは見て見ぬふりをする。


 マリとしても待ちに待った『The Earth in Magic』のプレイ。FPSが元々得意でそれなりの視聴者数を集めていたが、FPSゲームの配信をするとコメントが荒れ気味になることもあり、ここ最近はまったり系のゲームや雑談配信が中心だった。


 マリは今年で22歳、来月4月からは大学4年生だ。周りは着々と就活に向けた準備を進めており、マリにとってこのゲームはVtuberを続けられるかどうかが懸かる重要な分水嶺だった。


「ログインボタンを押したらすぐにゲームが開始するみたい。始まったら基本的にコメントには反応できないからねー」


『了解』

『楽しんでね〜』


 マリがすでに登録済のアバターは、青い髪に落ち着いた雰囲気。今画面に映るVtuberの姿とほとんど変わらないものだ。


 マリは一度大きく深呼吸をしてからログインボタンを押す。しばらくの浮遊感のうちに立っていたのは、書庫のような少し古めかしい部屋の魔法陣の上である。


「おぉ、いらっしゃい。こちらに来るとは珍しい。」


 話しかけてきたのは白髪で白く長い髭を蓄えた、優し気なおじさんだ。事前情報にもあった通称チュートリアルおじさんで間違いないだろう。

 茉莉花はおじさんの対面の椅子に案内される。クラシカルなテーブルと椅子は茉莉花の趣味とは異なるが、部屋の雰囲気と相まってとても趣のある感じだ。


「お名前を教えてください、渡り人さん」

「迫田茉莉花(さこだまりか)です」


 登録名は迫田茉莉花。実は茉莉花は本名でもあるのだが、まさかVtuberが本名でゲームをプレイするとは思われまいと軽い気持ちで登録した名前だ。


『珍しいって言った?』

『当たりだー!』


 茉莉花はチラッと横目でコメント欄を見る。確かにおじさんが最初に言った珍しいという表現は茉莉花も気になっていた。

 しばらくの間、茉莉花はおじさんのいくつかの質問に答え、おじさんはそれを手元の資料に記入していく。


「よし、これで大丈夫でしょう」


 ペンから手を離したおじさんが席を立ち上がり、暖炉の上に置かれたポットのようなものを手に取る。


「外は寒いからねぇ。ここで暖まってから行くといい」


 茉莉花の前に置かれたのは紅茶のようなものが入ったカップ。一口飲んでみると、爽やかなフルーツの甘みとコクを感じる深みが喉をじっくりと潤す。茉莉花は他のフルダイブVRゲームもプレイ済だが、味覚はこれまでのどのゲームよりも鮮明で、リアルとの違いはほとんど分からない。


 お互い紅茶に舌鼓を打ち、アイテムボックスやスマホの使い方を教わりながら、何気ない会話をいくつか交わす。日本では冬が終わりに向かい暖かさも増してきた頃だが、おじさんの話では外はかなりの寒さらしい。


「さて、何か聞きたいことはあるかい?」


 話に聞いていたおじさんの言葉に茉莉花は思わず息を呑む。おじさんはいつ渡り人が来てもいいように、ほとんど外出せずに部屋に待機しているという設定だが、それでもこの部屋がある国のことや大まかな政情は教えてくれるのだという。


「ここは何処の国でしょうか?」


 これは茉莉花が一番知りたい情報である。初期から特に変更がなければ、プレイヤーが送られる国の候補は3つ。


 まずは北の国、ルヴィリス帝国。

 他の2国との関係は良好だが、北には魔族が治める国があり常に警戒を続けているため、なかなか身動きがとれない状況である。戦闘面での研究は盛んだが、大軍での戦闘を経験していないため経験不足が課題だろうか。寒い土地柄、食料を他国に依存する部分があり、魔物から得られる素材を用いた加工品や魔道具が輸出の主力商品だ。


 そして西の国ザツェル聖王国と東の国ソラドーレス連邦。ルヴィリス帝国から見ると、正しくは南西と南東の位置関係が正しいだろうか。

 歴史的にも領土を巡って長い間対立してきた両国は、ゲーム開始の1年前に停戦交渉を行い、一応の平和を見せている。


 ザツェル聖王国は、ザツェル家が率いる大陸で一番歴史の長い国であり、対魔王という観点からルヴィリス帝国との結び付きが強い。今代の王は賢王との評判が高く、ソラドーレス連邦から一部の領土を奪うことに成功したが、未だに跡継ぎが定まっていないことが心配の種である。


 ソラドーレス連邦は8つの地域が緩く集まって形成した連邦国家である。3つの国で唯一選挙をもって首長を決めている国家であり、プレイヤーが国の上層を目指すにはうってつけの国だ。今のところ連邦内での争いは見られないが、地域ごとに大きな格差があり火種になる危険性がなくはなさそうだ。


 両国の南には獣人族が率いる獣王国がある。両国とも獣王国との関係性は良好だが、長年の差別の歴史に対する恨みがあるとの噂もあり、南方には兵士を置いて警戒を続けているようだ。


 これが茉莉花の持つ3国に対する事前情報である。発売前に公開されたゲーム概要に記載された情報がほとんどであるため、プレイヤーが関与するようになって1年が経った今、どのような状況になっているかは気になるところなのだが。


「ここはルヴィリス帝国北部にあるプムトロコールという街の郊外です」

「ルヴィリス帝国、ですか」


『やっぱり!』

『ルヴィリス帝国良いね!』

『助かったね〜』


 茉莉花は心の中でガッツポーズをする。情勢が落ち着いている他の2国と違って、常に魔物との戦いの場が溢れるこの国は、茉莉花のやりたい事とかなり合致しているからだ。

 コメントは概ね好意的な反応だが、一部気になるような言い方をしているコメントも茉莉花の目に入っている。


「魔族や他の国の状況はどうでしょうか?」

「魔族は相変わらずですね。特に大きな動きもないですし警戒も続けているので問題ないでしょう。ザツェル聖王国とソラドーレス連邦では昨日何かがあったようですね。関係が悪化したとの話は聞いていませんでしたが……」


 そう言っておじさんは困ったような表情を浮かべた。北に大きな仮想敵を持つルヴィリス帝国にとって南方が安定しているかどうかは重要な問題である。おじさんも帝国住民であるために、その辺りを心配しているのだろう。


「ザツェル聖王国とソラドーレス連邦ですか?」

「はい。私も詳しいことは分かっていませんが昨日今日で約400名ほどの渡り人を新たに迎え入れることになっていますから」


『400人!?』

『確か停戦したって話じゃなかったっけ??』

『それなら確かにルヴィリス帝国は当たりかも!』


 おじさんの言葉にコメントは一気にざわつく。もちろん茉莉花もコメントと同じ気持ちであり、返答するのも忘れて頭の中で色々な可能性を考えていた。


 茉莉花が最近待機人数を確認したときにはすでに10名ほどに減っていたため、このタイミングでプレイ可能となったことに疑問を持つことはなかった。しかし1年で300人程度しかキャラエンドを迎えていない中で、一気に400人がプレイ可能となるのは間違いなく異常事態である。


 関係の急速な悪化による戦争の再開、獣王国の侵攻、スタンピード等による魔物の影響など、今思い付くだけでもいくつかの可能性を考えることはできる。

 いずれにせよ茉莉花の最優先事項の一つが2国に関する情報の収集になったことは間違いない。


「さて、そろそろ時間のようだ。さっきから南の方からひっきりなしに連絡が来ているからね」

「分かりました。色々教えて頂きありがとうございます!」


 正直に言うとまだまだ聞きたいことは沢山あったが、元々この時間はボーナスタイムのようなものである。茉莉花は席を立ち、おじさんが指差す扉の方へと向かう。


「この扉をくぐると近くの街にワープする。これは私の予感だが悪い所には行かないはずだよ」


 笑みを浮かべながら相変わらずの優しい声で補足する。


『いよいよだね!』

『楽しみにしてる!』


 色々なゲームをプレイしてきた茉莉花だが、これまでに経験したことのないような不思議な緊張感が感じられる。


「よしっ!」


 気合いを入れるように、小さな声で自分を鼓舞する。

 茉莉花はおじさんにもう一度軽く頭を下げてから、ゆっくりと扉のドアノブを回す。

 いよいよ、『The Earth in Magic』での冒険の始まりだ。


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