(3)



 (8)


 レッドライトが虹色に染まった部屋の中を照らし出す。

 アクマがいたところには黒煙以外には何もなく、肉片の一欠片も見つからなかった。

 ツルギが投げつけた長剣だけが地面にただ虹色に塗れて落ちているだけだ。


 警告音、警告音、警告音。


 ツルギが素早く残った武器に近づき、使用回数を確認する。


「──……僅かなら残っているであります、これでできる限り戦いましょう!本官のペアを組んでいた男がこのような事をした事、本当に申し訳ない。できる限り責任を取って前線を張ります」


 怪我をして動けなくなっていたゴールドが、なんとか止血をして立ち上がる。


「……そうだな、このままあのデカブツにやられて負けるっつうのも後味が悪ィ」

「ゴールドさま……戦闘は、わたくしが……」

「バカ言ってんじゃねえ、ミドリ」


 くい、と褐色肌の男は怪我をして呻いている他の数人のヒーローたちの方を視線で指し示した。


「あんな奴らがいるんだ、オレがのんびり下がってるわけにゃあ行かねえだろ。おいそこの──」

「はっ、本官でありますか」

「そうだ。オレも一緒に前線にいく」

「ですが、その足では……」

「行くっつったら行くんだよ!オレはどうせな、ミドリの付き合いで参加してるだけだ。どうせなら賞金持ち帰らせてやりてえじゃねえか、オレが死んでもミドリが生きてりゃ『オレたち』の財布には入るしな!」

「……そういうご関係で……羨ましいであります。本官彼女いない歴年齢であります」

「あっ……」


 微妙に気まずい空気が漂ったのを、ぱんぱん!と愛野が両手を打って打ち破った。


「わかった、じゃあ怪我が少ないものはできる限り武器を持って前線へ向かおうじゃないか!──今、このゲームはまさにフィナーレを迎えようとしている!派手に行きたいね!」


 凛は残った武器を眺めた。

 ……少ない。

 ここにたくさんあった武器のほとんどは破損し、使えなくなっている。アウロラルーンまで攻め込まれた時、自分たちはどうなるのだろう?脱出用ポッドを使ってここまで飛んできた、けれどこのオーロラ色の都市まで壊れてしまったら、その時は。

 ──ゲーム内で死ぬ。

 さっき、肩を差し貫かれた時、とてもとても痛かった。

 今から前線に出たら、おそらくまた身を焼かれるなり、酷い怪我をする可能性もある。

 ……怖い。

 ──でも、やらなければ。

 人が前に出なければ、ヒーローが戦わなければ、ここの都市は守れない。NPCだったとしても、どうか助けてくださいと泣いていたうさぎたちも、守れないのだ。

 それに……怪我をしたみんなも。大怪我をして、片足の付け根から先がない人。片腕が吹き飛び呻く人。そういった無力になった人々を、守れない。それを今守れるのは、自分たちしか──

 前線に出なければ──。


「では、凛くんは後方に残ってくれ」

「……は?」


 唐突に言われて、凛は思わず声を出してしまった。


「肩を怪我しているじゃないか、その様ではキミが得意な剣は使えないね?後ろにいてくれ、前には僕が出よう!この流れ星を降らせる杖もそろそろ回数が限界でね、次はそこにあるハートビームを出せる杖を使おうと思うんだ!どうだい!?デスゲーム終盤にハートが飛び交うのは素晴らしくないかい!?」

「…………でも、私よりもっと怪我が酷い人たちがいる」

「ああ、そうだ。でも君が前に出たところで何になるというんだい?」

「──」


 いらっとした。流石に少し、その言い方は。

 ピンクの巻毛を靡かせて、しれっとした顔で彼女は腰に手を当てる。レトロフューチャーなー白とネオンピンクのヘッドホン、同色のバイザーを押し上げて直に視線が合う。

 彼女はぱちんとウインクした。


「……君には、他にやってほしいことがあるんだよ。得意だろう?”アナログゲーム”は」

「………え?」


 ぽん、と。手の中に投げ渡されたものがあった。

 レトロで、大きな。ラジコンだった。

 彼女は周りを見回し、大声で言った。


「僕に策がある!」



 

 (9)


 緑色の着物を翻し、日本刀が中空を切り裂く。

 迫り来る機械クラゲは、雑魚を吐き出し続けながら彼女に触手の一本を破壊される。

 銀髪の騎士が長い西洋剣を振るって進もうとするメイン動力の足を叩く。動きが鈍くなり、その代わりに猛攻撃を受けて彼は潰されるかと思われた。


「おら!!!!!」


 横から釘バットが振り回されて金ピカのヒーロースーツに触手が吹っ飛ばされる。ゴールドはにやっと笑うと、一つ貸しな!と言いながらツルギを庇って前に出る。他の何人かのヒーローが率先して前に出てツルギを守った。


「ありがとうございます……!かたじけない!」

「いいってことよ!」

「ツルギさんがいなかったら、私あのアクマって子にやられちゃってたと思うから……!」

「そうだ、あんたがいてよかった!」


 それでも銀色の機械は致命傷を受けた様子がない。

 隙のない連撃がヒーローたちを差し貫こうと迫る。逃げ遅れた一人が銀色のそれに絡め取られ、ぎちりと締め上げられて悲鳴を上げる。滲み出る虹色、流れ落ちる鮮やかなそれ。


「──大人しくしているんだ!!!!!」


 正確な狙い撃ちで。

 ハート型のビームが触手を焼いた。振り向くと、アウロラルーンの城壁の上に愛野魔法が立っていた。数十分いなかったような気がする。焼き切れた金属の触手から解放され、ヒーローの一人は転げるように逃げる。

 びゅん、びゅん、びゅん。

 真っ白でかわいい羽のモチーフのついた光線銃は、前衛で戦うヒーローたちの支援を的確に行う強力な固定砲台だった。


 ──だが。


 ふわり、とゴールドとツルギのそばに舞い降りたミドリが、肩で息をしていた。


「……キリが、ありません……」

「くっそ、負け確かよ……」


 触手を何本か焼き切れても、強い出力を持つ武器を連打した時ほどの威力は当然ない。

 すでにこっちの武器はほぼ使い切り、それぞれがそれぞれの体術で──あるいはインストールした武術で戦うしかなくなってしまっている。

 なんとか凌ぎきれているのは、ここにいるのが全員デスゲーム経験がある程度あるからだろう。戦いの勘というものをそれなりに有している。

 だから死んでいない。


 ──死んでいないだけ、とも言えた。

 死んでいないだけ。

 このままでは勝機は──。


 その時だった。


 中空から、オーロラ色に煌めくUFOが飛んでくるのが見えた。

 一直線に愛野魔法に向かっていく。


 彼女はそれに飛び乗って、──機械クラゲの上まで一足飛びに進んだ。


「は、……はあ……!?」


 敵の眼前まで、生身で。

 光線銃一本で。

 けれどもそのピンクフリルは気高く月面の重力に揺らぐ。鮮やかな瞳は希望に満ち満ち、ピカピカとあちこちが光るレトロフューチャーなピンクの魔法少女はどこまでも勝利の女神めいて恐怖を感じさせない。一撃くらったら、終わりなのに。


 だが、UFOの操縦者は──……一撃も喰らわなかった。

 一撃も喰らわずに、彼女を機械クラゲの眼前まで──金ピカの目玉の前まで。

 今までの雑魚クラゲたちの弱点だった、カメラアイの前まで、運んだ。


「──チェックメイトだ」


 彼女は光線銃を向ける。

 そして、片目を撃ち抜くと同時に、もう片方のカメラアイに向かって小型の手榴弾を──投げた。

 ぼん。


 炎が上がる。動きが止まる。

 彼女は振り返り、大声で叫んだ。すごい勢いで離脱するUFOの上から、そのピンクヘアとフリルを靡かせながら。


 アウロラルーンの尖塔の一番上。

 最も高いところ。

 煌めく都市の一番上にいる、自らの相棒に向かって。


「──今だ、凛くん!!!!!!」

「……うん」


 きん、と響き渡った彼女の声を受けて、凛は頷いた。

 手の中にあるラジコンは──得意のUFOキャッチャーの操作用のものにとてもよく似ている。

 凛は息を吸って吐いた。それから繊細な指遣いでそれを操作する。


 ──アウロラルーンの入り口付近。

 無人の脱出ポッドの一つを持ちあげて空中に浮かび上がらせ、上手く動かして──それを、落とした。


 衝撃的な爆発が起こった。

 機械クラゲの遥か上から落ちたポッドの一つが綺麗に命中し、機械の装甲を凹ませてその足を止めさせる。ポッドは全部で12、あと12回の攻撃ができる。

 ヒーローたちは何が起こったのかと巨大な殺戮兵器を一瞬見上げたが、ツルギやミドリ、ゴールドの指示でその場から一気に撤退を始めた。全員がゲームの経験者、判断が早い。


 11、10、9。

 ポッドをぶつける度に機械の巨大な体が壊れていく。炎を吐いて、ひしゃげて、動かなくなっていく。

 6、5、4。

 原型が消えていく、攻撃できる部位がもうほとんどない。

 3、2、1。

 ──大爆発が、起こった。

 

 目を焼くような閃光。月面の地平線まで染め上げて、オーロラ色のおとぎ話みたいだった世界が一瞬真白に煌めく。

 鳴っていた警告音が、止まった。


 華々しい、けれどちょっとだけチープなファンファーレが、世界全体に響く。

 Game clear!の文字が、世界中に点滅した。

 



 びゅん、と風切り音がした。

 愛野が乗っていたUFOがそばまで飛んでくる。そのままUFO自体は通り過ぎていったが、オーロラ色の星空から、少女は飛び降りてきた。降ってきた。

 ピンクフリルの塊が空中から落下してきたのを受け止める。

 めちゃくちゃ思いっきり抱きつかれた。

 

「──素晴らしかった!!!君を相棒に選んでよかった!!!!君が最大の功労者だよ!」


 あんまりに嬉しげに言うものだから、ちょっとだけ凛は照れた。

 オーロラ色の世界の中で、他のヒーローたちが喜んでいるのが見える。抱き合っている、ガッツポーズしている、これだけ遠くてもその祝福ムードはよくわかった。


「……ありがとう、愛野さん」

「互いの行動の成功に賭けてゲームをクリアした相棒に、その呼び方は堅くないかい?」

「じゃあなんで呼べばいいの……アイ?」

「それはゲーム内の名前じゃないか、セイギとリアルでも呼んで欲しいかい?」


 正体が即バレしてしまう。

 ちょっと顔を引き攣らせてから、凛は小さく考えた。


「……魔法って呼ぶ?」

「堅い!まーちゃんとかどうだい!?」

「じゃあ間を取ってまほとかどう?」

「まーちゃんは!?」


 ぎゃいぎゃいと側で騒いている彼女をしれっと無視して、

 美しい月面の星空を眺める。

 それからふっと、凛は愛野を振り返った。


「……そういえば、あのUFO、明らかに有人機だったけど」

「ん?そうだね!」

「誰が操縦してたの?」


 彼女はきらっきらを詰め込んだ悪い笑顔をした。そういえば彼女は数十分間だけ消えていた時間があった。その間に何をしていたのか──。

 凛は大体察することができた。


 アナウンスが遠く聞こえる。


「『月面都市、”アウロラルーン”防衛戦』はただいまを持って終了いたしました。クリアタイム・6時間42分、死者はゼロです。死者はゼロです。死者はゼロです──」



 

 (10) 


「すごい盛り上がりだったね!うんうん、デビュー戦としてはとても良かったんじゃないかい!?」


 きゃっきゃ、という擬音でもつきそうなはしゃぎ方をしながら、愛野魔法は目の前にある大きなパフェに長いスプーンを突っ込んだ。圧殺されそうな量の生クリームと、真っ赤なイチゴと、シリアスと、アイスクリームと──とにかく全部のせのとんでもないスイーツである。

 見るだけで胃もたれするものを感じながら、凛は自分の目の前に置かれたコーヒーを飲み、チーズケーキを口にした。


 ここは都内の中でも有名なスイーツ店だ。『アステラ』という名前の通り、パステルな星の装飾が多い。ゲームの打ち上げに、と愛野の誘いに応じたら、こんな女の子女の子したところに連れてこられてしまった。店内の装飾は星とフリルとレースでいっぱいで、真っ白な柱と、白い猫足のテーブルや椅子がいかにも少女趣味だ。


 ……ちょっと居心地が悪い。普段純和風の店に住んでる身だし。

 こほん、と咳払いをしてから、凛は愛野に目を向ける。

 

「うん……誰も死ななくて、よかった。個人的には。……というか、彼、生きてたの?」


『彼』。武器と人間を消しとばし、自らは手榴弾で自爆してその場から消えた少年。


「ああ。手榴弾の煙幕で壁の後ろに飛び込んだんだろう、少し観察したらすぐどこにいるかわかったよ。これは利用するしかないと思って──」

「……あなたが乗ってた有人UFOの操縦士をさせた、と」


 片手と片足がなく痛みに呻く人間を容赦なく操縦席に乗せる。鬼である。


「それをしたら皆には生きていることを黙っていてあげるよ?と言ったら即決だったよ!」


 きゃらきゃらと面白そうに笑う愛野は、大口を開けてアイスクリームを食べた。

 真っ白なアイスクリームの甘さに嬉しそうに顔がとろける。

 それから彼女は魔法少女みたいなコンパクトを取り出し、さっとARウィンドウを操作した。

 流れるのは全てあのゲームへの感想だ。タグは、#アウロラルーン防衛戦。

 

 流れがめっちゃくちゃに速い。──すごい盛り上がり方だった。

 大成功と言っていいだろう。かく言う凛も、昨日から鍵をかけ忘れていたREXのフォロー通知が鳴り止まず、このアカウントもうデスゲーム専用にしちゃおうかな……と思ったくらいだ。

 白亜の塔、アウロラルーン、二つのゲームで死者ゼロという異例の結果を出したバディへの世間からの注目度は跳ね上がっていた。


「そういえば凛くん、どうだい?お金は振り込まれたかい?」

「ああ……うん。……なんか、個人的な投げ銭……えっと、なんていうの、あれ」

「フォアチャ……フォアユーチャットだね!」

「そう、それがすごい飛んでたみたいで、結構な額がもらえた。……衣装が可愛いとか、あと……喋り方が好きとか、声が好きとか、ゲーム中かっこよかったとか、色々……メッセージもついてて……」


 喋っているうちにちょっと頬に熱が上がるのを感じる。

 にやにやと愛野が笑いながら長いスプーンで自らのパフェのまだかじっていないチーズケーキの一角を掬い、こちらに差し出してきた。

 

「おめでとう凛くん、君もこれでVRDGアイドルの一員というわけだね!」

「……なに、それ」

「VRDGの中でもすごく目立つプレイヤーたちがいるのさ!アバターゆえにやっぱりかっこよかったり可愛かったりするし、固定のファンがつくプレイヤーも結構いてね。君は今まさに、それになりつつあると言っていいだろうね!」


 む、と唇を曲げながらも凛は差し出されたチーズケーキを見た。複雑だ。お金を稼ぐためにゲームに参加しているだけなのに。でも……嬉しくないかと言われると、ちょっと嬉しい。それもこれも、多分この人が、手を引いてくれたから。

 はいあーんくらい受けるべきだろうか?義理として、こう。数秒ためらってからぱく、と食べると、なんとも愛野が嬉しそうな顔をする。


 恥ずかしくなって咳払いをした。


「んんっ、そういえば……愛野さ……」

「まほと呼んでくれるんじゃないのかい!?」

「……魔法。……あのさ、ゲームの中で何度かセイギじゃなくて、凛って呼んだでしょ。身バレフラグなんだけど……」

「あっ、あれは!!!……その……凛くんが血まみれで倒れていて……ちょっと動揺というか……ごめん、すまなかった」


 途端にしおしおと萎れてこっちを上目遣いで見てくる。

 出会って数日の人間をそこまで心配できる彼女の性質が少し不思議だった。ゲームのやり方を見ていると、愛野魔法はそこまで感情的なタイプとは思えないのに。

 ──うーん、それにしても。

 素直にされると怒りにくい。


「……次から気をつけて。」


 結局凛はそれを言うにとどめた。

 

「うん……」

「まあ、その、あなたの方が既にフルネームが轟渡ってて、プライバシーも何もないからあんまり気にならなかったのかもしれないけど……」


 だあん、と愛野はテーブルを叩いた。

 

「それはとてもある!!!なんだいあれは、みんなして愛野さん愛野さんと!!!」

「まあ、リアルアバターとそっくりだし、愛野さ……魔法は」

「凛くんも大分似てないかい?」

「そう?……そうでもないと思う。あなたがくれた衣装のせいで、大分装飾過剰だし」

「僕はここにいる君と結構似せたつもりなんだけれど!君の誠実さ、まっすぐさ、その精神の美しさを表したようなすっきりとした水色や青のフリルを基調に装飾をして──君という個性をより際立たせる衣装作りをしたつもりだよ!?」

「………あり、がとう。でも、やっぱり私はそんなにかわいくないよ」


 言葉に詰まりなが謙遜して、コーヒーを口にする。

 美味しい。チーズケーキも美味しい。少女趣味過剰な店だけど味もいいな……と。

 思っていた、その時だった。


「──そんなことはありません、貴女はとても美しい」


 ……凛はちょっとむせた。

 気配がなかったのだ。

 驚くほどに気配なく、その人物は凛の横に立っていた。


 振り返る。


 きらきらと、きらきらと。

 闇を溶かしたような黒色の髪。黒いのに、青みがかって日の光を透かす。

 瞳は翡翠の緑で、宝石のような外見をしている。

 服はパリッとした──スーツだ。なんか現パロ王子様みたいな人だった。

 しなやかな体。背はかなり高い、170はあるだろう。そして何より──体の線が出る服を着ているのでよくわかる、美しい──女性だった。某歌劇団に所属していそうだ。


「なんてビューティーなんだ、お二方が並んでいると実に絵になる、ビューティーすばらしいですね」


 すごい勢いで褒められた。

 

「………アバターと殆ど同じ外見で、こんなところを二人で彷徨いていたら危ないですよ、アイさん、セイギさん」


 にこりと微笑む瞳の形までもが美の化身のようで、凛はちょっと動揺した。

 ビューティービューティー言ってても許されるわこの見た目なら。

 こんなに顔が綺麗な人を初めて見たかもしれない。いっそ非人間的なほどだ。


「おやおや……VRDGのアイドルの一人、”ブラックジャック”が何の用だい?」


 愛野は丹念に赤い苺を掬い上げながら唇の奥へとそれを運ぶ。

 こんな人がそばにいてもパフェを食べ続けているその神経、普通に図太い。

 凛は流石に食べる手を止めた。


「ビューティーなゲームで、死者ゼロで二連覇をしたそうですね。──でしたら、是非次は私とも同じゲームに同席していただければと──直に打診しにきたのですが」

「…………」


 愛野は面白そうに笑った。それから、パフェに乗っていたブラックチョコレートをこれみよがしにつまみあげ、唇の奥へと落とすようにして食べる。

 淡いピンクの唇がそれを綺麗に食べ切って舌舐めずりをした。


 あ、これ絶対に受ける。

 凛は直感した。

 こんな面白そうな切り出し方をされたら、この女が受けないわけがない。

 何も条件も言われてなくとも、どれくらいの危険度かもわからなくとも絶対に受けるだろう。


「──分かっ……」

「待って」


 不意に凛が割り込んだので、愛野と”ブラックジャック”なる人物は凛へと視線を集めた。

 フリルたっぷりなお人形と、王子様のような二人に見つめられて、凛はちょっと気まずさを感じたがここは言っておかねばなるまい。


「──ゲームの内容を聞いてからにしよう、まほ」

「……ここでその呼び方をするの、君ってずるすぎやしないかい?」


 愛野が笑って、それからブラックジャックを見た。


「僕のパートナーがこう言っているのでね、まずは君の向かいたい”舞踏会”の詳細をお聞かせ願おうか?──”ブラックジャック”?」


 応用に男装の麗人は頷いた。


「ええ。──ミステリア急行殺戮事件。それが私が向かいたい美しい場所の名前ですよ、愛野さん」


 謎に包まれた列車の中、次々に起こる殺人事件。

 それを解き明かす探偵、それ以外の登場人物にも全て”ロール”が付与される。

 刑事、職人、商人、令嬢、裏社会の住人──。

 付与されたロールに応じた能力を使いながらプレイヤーの中にいる殺人犯を見つけ出し、ゲームをクリアに導くのがこのゲームの目的。


「このこのビューティフルなゲームに──”死者ゼロ”を今までに二度達成したアイさんと、セイギさんと共に挑めたら、とても楽しいでしょうと思いまして。是非ご同行を願いたいのですが?」


 凛は眉を寄せた。

 殺人犯が最初からいるゲーム?絶対に人が死ぬ。なんなら一日目で人が死ぬだろう。

 そんなゲームに愛野と凛の二人を招く──無理なゲームを吹っ掛けようとしている、この女。

 彼女が掲げる、愛と正義によって成されるデスゲームという理想を壊しにきたのだ。


 美しすぎる顔で、ブラックジャックは笑っていた。

 麗しい男装なのに、唇に引かれたルージュがやけに赤く、にゅうと吊り上がって笑う。

 明らかに挑発している。その美しい顔で、こちらを罠へと引き込もうと誘導する意図が見える。


「──私は是非、貴女たちと共にゲームがしたい。如何でしょう?」

「…………まほ、」


 やめよう、との意を込めてちらりと愛野を見る。

 愛野はその視線を受けて、こくり、と頷いた。ちゃんと咎めるようなこちらの意図は伝わっているはず。やめよう、こんなゲーム。勝てやしないのだから。彼女が決めたやり方が、初日で破らされるだけだ。死者が出ることが確定しているようなゲームに参加する意味なんて──。


「──分かった!!!!受けよう!!!!!!!」


 ………全然伝わってなかった。


 

 



 ──ところで彼らのこの様子はあっという間に隠し撮りされてREXで拡散されていたのだが、それはまた、別の話だ。

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