(2)

 (4)


 ドォオオオン、とド派手に地面をぶち割る音をさせて、ボクサーがつけるようなグローブを地面に叩きつける。金色のヒーロースーツ、ガタイの良さを裏切らない活躍の仕方でゴールドは敵を消し飛ばしていた。

 それで数十匹のエイリアンがぴいいいと鳴きながらバラバラになった。壊し損ねた数匹が迫ってくるのを、蹴り飛ばして黙らせる。何匹かがこちらが蹴り飛ばす前にレーザーを飛ばし、物理的に頭を狙ってきたがそれも避けて顔面のカメラアイの部分を殴りつけて壊した。


 グローブをみる。残り使用回数は、一回。この武器ももうダメか。


「ミドリ!新しい武器を出せ」

「……はい……何にいたしましょう……?」

「なんでもいいんだよ!早く持ってこい!」

「は、はいっ……ゴールドさま」


 後ろに控えてろくに戦っていないミドリはちょっと怯えた声を出して、それから着物の裾を翻し基地の中から棘の生えたバットを持ち出してきた。ゴールドが使いやすい近接武器だ。

 この拠点にあった武器は、グローブや巨大な鉄パイプ等近接戦闘が得意なゴールドが持ちやすそうなものと、長い刀や薙刀などミドリが使いやすいものの2パターンだった。しかしミドリは──”こういった”戦闘が好きではないことをゴールドは知っていた。


 だから積極的に前に出て敵を潰していったのだが、そろそろ武器を使い切る勢いだった。


「──おい、残りの武器はどれくらいある」

「はい……ゴールドさま用と思われるものはあと三つでございます。残りはすべて……」

「オマエのってわけだ。いざとなったら戦えよ、ミドリ」

「わたくしは……”こういったもの”は、あまり……」

「ごっちゃごちゃ言うなよ!」


 どん、とエイリアンを力任せに蹴り飛ばす。機械のエイリアンたちは単体であれば、ゴールドにとってはそこまで強くない。

 ただし物量で押してくる。瞳のところのカメラアイを壊してしまえば敵はほぼ動けないが、その前にその手足の触手に攻撃を受けることがある。力だけは異様に強いので、下手をすればその剛力で手足を折られるだろう。

 カメラアイを的確に破壊できるのは、ゴールドが単純に反射神経が良くリアルでも運動慣れしているからに過ぎない。何せ、休日にはジムとサウナに通うし、VRのフィットネス系ゲーム──運動用のゲーム全般──も死ぬほどやりこんでいるし。


 ──だが、流石に。

 物量で押し切られそうにはなっていた。


 一対一なら、多分使用回数を使わずにゴールドは戦えただろう。鉄パイプなどのリーチの長いもので、敵のカメラアイを破壊し続ければいいからだ。

 だがこうも敵が多いと、一撃で広範囲を消しとばす攻撃に頼らざるを得ない。そこから逃げたエイリアンを物理で締め上げる程度が限界だ。

 

「……っはぁっ……」


 大分息が乱れてきていた。金色のヒーロースーツを纏っていたって、疲れるものは疲れる。

 実際はボクシングと運動が趣味の、ただのジムインストラクターだし。

 ふわり、と良い香りをさせてそばにミドリが寄り添ってきた。平安美人みたいな長い黒髪がさらさらと月の重力に靡いている。


「……ゴールドさま、だいじょうぶでございますか……?」

「はん、そんな事言うならオマエが戦えよ!」

「……それは、その……」


 嫌そうな顔をするミドリに、ゴールドはため息を吐いた。

 わがままお嬢様がよという気持ちになる。

 この女、儚げに見えて嫌なものは嫌だという態度がまあまあ徹底している。

 現実でも、VRでもそうだ。

  

「ミドリよぉ、オマエが言うにはこのゲームは”リソースの奪い合い”なンだろ?」

「……はい。おそらくそろそろ、それに気がついた他所の基地の方が、攻撃を仕掛けてくる頃かと……思います。わたくしたちの武器を奪おうと……」

「武器に使用制限なんてつけやがって──とにかくだ!敵がきたらテメエが出ろ、いいな」

「……はい、ゴールドさま」


 目の底が光って見えた。

 怯えて弱そうな様子が一変、口元に抑え切れぬ笑みが滲んでいる。

 怖い。


「………おい」

「はい」

「オレはバカだから分かんねえけどよ……」

「……その口上をリアルタイムで言う方を、わたくし……初めてみました……」

「分かんねえけどよ!!!……本当に殺るのか、他の奴らを」

「ええ」

 

 麗しの黒髪に、緑に鶴の柄の着物。リアルで彼女だから贔屓目というわけではないが、アバターもかぐや姫みたいな美しさだとゴールドは思う。

 麗しのかぐや姫は、儚げな声でふふ、うふふふ、と笑った。

 怖い。なんで自分はこの女と付き合ってるんだ?とたまに思う。


「………ゴールド様だってお分かりでしょう?わたくし、『そのためにここにいる』のですから……」


 美しさの中に、狂気が垣間見えた。

 

 ──その時だった。

 

 フワンフワンフワン、と特徴的な浮遊音がした。

 予想外の音だった。

 各基地に備え付けられている、脱出用UFO。それがこの基地の上に浮いていた。


「──は!?」


 UFOの広めのへりに、真っ白に滑らかな生地と水色のフリルをあしらった黒髪の魔法少女が立っている。片手には──巨大な剣を構えていた。

 その横にはピンクフリルの塊がおもしろそうに座って足を組んでいた。それからがばっと両手を広げて芝居がかった口調で言う。


「やあゴールドくん、ミドリくん!よければ──交渉をさせてくれないかい?とってもとっても面白いことを思いついたんだ!!きっとこれは最高のショーになるに違いない!!!!!」

「……、……それじゃ何も伝わらないと思うんだけど」

「ああ、そうかそうか、僕のワトソンくんは優秀だね!つまり──」


 その時だった。

 ゆらり、と。

 ゆらり、とミドリの体が動き、彼女は胸元に仕込んでいたクナイを躊躇わずにピンクフリルの少女の心臓に向かって放った。

 それが届く前に、隣にいた大剣を持った少女の巨大な剣が僅かにずれてそれを弾き飛ばした。


「……はあ。だから言ったでしょ、攻撃されないなんてことはないって」

「武器を捨てて身一つでいけば警戒されないと思ったのだがね?助かったよ、セイギくん!」

「私なら絶対警戒する、あなたみたいなのがゲームの最中に、しかも武器の奪い合いが起こりそうなタイミングで話しかけてきたら……」

「だが!!!これは愛と正義の物語だ!!!僕らは簡単に死にはしないさ!!!」

「私がいなかったら死んでた……もっと警戒して、怒るよ」

「……ごめんなさい……」


 UFOの上で言葉を交わす魔法少女二人に、ミドリは焦れたような表情になり長ものを手に取った。

 リーチの長い薙刀だ。

 まずい、とゴールドは反射で思った。

 ミドリに二人が切り刻まれる。


 ここは月面、ジャンプをすればかなりの高さまで届くのだ。


 ミドリは地面を蹴って跳ね上がる。ふわりと緑色の着物が宙を舞う。

 薙刀が思い切り少女たちに向かって振りかぶられる。

 ──その首を狙う。銀色の一閃、勢いよく舞い踊る緑の着物。


 それより一瞬前に、ピンクフリルがふわりと揺れ、愛野魔法──アイが笑った。魔法少女らしからぬ素早さで、ロッドが的確に緑の鳩尾を突いた。重力の軽さでミドリは空中へ吹き飛ぶ。空中で身を捻って投げたクナイを今度はセイギが上手く剣を使って叩き通した。

 攻撃が一切通らなかったミドリが悔しげに呻いて、落ちてくる。地面に叩きつけられる前にゴールドは走り、彼女を抱き止めた。


「う、っ……ごほ、げほ……っ」

「ミドリ、大丈夫か」

「……ええ、ええ……わたくし、このために生きていますもの……」


 頬が紅潮し、瞳は熱で揺らぎ、その表情は完全に戦闘狂の性を晒している。

 

 ──そう、ミドリは──人と戦いたいがために、このゲームに参加している。

 人間を斬るため、強い相手と戦いたいがために、このゲームに参加し続けているのだ。


 今の世には世にも珍しい武家娘で、武道家の跡取り娘。強い相手とは戦い尽くし、VRの体の使い方はまだ知らぬとこの世界に飛び込んで、数々のデスゲームを『戦うため』に渡ってきた女だ。

 今回ゴールドがペアでいるのは、ただこのゲームが『ペア参加』を義務付けていたから故だ。


 ──ゴールドはただのおまけで、本当の戦闘力はミドリの方だ。


「そのミドリをああもあっさり……」


 今回は場所は月面であり、しかも相手は位置的に有利な上空におり、明らかにミドリが不利な条件でもこうも軽くいなされたのは見たことがなかった。


「……ねえ、降りてきてくださいまし。わたくし、あなたたちともっと戦ってみたい……!」

「はあはあ息を荒げてる音がここまで聞こえてくるんだけど……あの、あなた、大丈夫ですか……?」

「セイギさん、問題ありませんわ……わたくし、人と戦うためにここにいるのです。人と戦いたくてここにいるのです……」

「ふむ──じゃあ戦って勝ったら、僕らに協力してくれるのかい?」


 大上段から降ってきた声に、ミドリは滲むような笑みを見せた。


「敗者が強者に従うのは、当たり前ですわ……わたくし、なんでもいたします……」


 ゴールドは頭を抱えそうになった。

 これがミドリの悪いところで、今までリアルでも道場破りに来た男たちみんなにこれを言って回っていたらしい。結婚を申し込んできた奴にもこう言って受けていたのだから彼氏としては気が気じゃない。だからいつもは強く威圧して止めているのだが──こうなってしまっては──……


「っ、おいミドリ!これはテメエの大好きなゲームなんだろうが、もしこいつに負けて、ここで自害してゲームの参加権を永久に破棄しろとか言われたらどうすんだ!戦うのをやめろ!!」

「……それでも……構いません……」


 うっそりと笑うミドリに、ゴールドはもう一度ため息を吐く。

 自分がバカだからわからないのだが、こいつ多分世間的な基準じゃ普通じゃないよな。

 普段淑やかで可愛くて、あと戦う以外なんもできなくて、お嬢様ゆえに日常的に世間とのズレを恐れていちいち日々びくびくしているのが可愛いのでつい好きになってしまった。

 好きにならない方が良かった気がする。


 ゴールドの気持ちも知らず、話は勝手に進行していた。

  

「ふうん、どんな手を使っても構わないかい?」

「ええ………」

「怒ったりしないね?」

「はい、勿論………わたくしと戦ってくださるのなら………」


 では、と愛野魔法は頷いた。


 



 目にも止まらぬ戦いだった。

 緑の着物が舞い散る。ピンクのフリルが切り裂かれる。

 一進一退。薙刀をさばく女の手は鋭く、それを魔法少女みたいなロッドを使って捌き切る少女は護身術でも習っているのかうまく急所を外し、時折こめかみ、時折鳩尾、と的確に急所を狙って杖を繰り出す。突かれる度に的確にミドリにダメージが溜まっていく。ミドリが使う正統派の武術とは違い、愛野が使うのは護身用の杖術のようだった。


 ゴールドと凛は隣に並び合ってそれをただ眺めるだけだった。

 なぜ……と凛は思う。

 協力しにきたのに戦ってるし。あとこっちの拠点は武器だけ持ち出してとうに捨ててしまったので、普通に賞金は下がっている。


「──なあ、アンタ」


 暇になったのかゴールドが話しかけてきた。

 くそっ、陽キャめ。こっちは話すのがあんまり得意じゃないのに。雑談も得意じゃない、面白いことを言えないから。


「なんですか」

「今回からだよな、愛野魔法とパートナー組んでンの」

「ええ……なに、私たちそんなに有名なんですか」


 上空で緑とピンクが切り結ぶのを見ながら、ぼんやりそんな会話をする。

 さっきから敵が押し寄せてはいるのだが、二人分のビーム武器があると撃ち漏らしがなく、ほぼ一瞬で型がついているので単純作業みたいになっていた。


 運営からの連絡によると、壊れた拠点は現在二つ。

 愛野と凛が放棄した拠点以外も、そろそろどこかが押し切られたらしい。

 それをちらと確認してから、ゴールドは言った。


「──白亜の塔の生き残り、愛野がプレイヤーとしてのデビューを飾った作品の中で一緒に生き残って……次出てきたらペア組ンでんだから。嫌でも印象が強いわ。なに?親友とかなの?実は」

「いえ全然。数日前に会ったばっかりですよ」

「数日前に会ったやつとデスゲーム出るのかよ、やべぇな」

「わたしも……そう思います……」


 ゴールド、案外常識的である。

 金髪褐色肌チャラ男のくせに。

 

「アイのことは……私、よくわからないんです、何考えてるかもさっぱりで」

「今回早々に拠点捨ててこっち来た理由とかも聞いてねえのか?」

「それは………聞いてますけど、なんだか……」

「なんだか?」

「夢物語でも聞いてるみたいだったので、あんまり現実味がないなって思ってます。だから何考えてるか実質よくわかってません」


 オレもだわ、とゴールドは笑った。


「ミドリはさ、戦うのが好きでここにいンだよ。それこそガキのアニメに出てくる戦闘狂みたいな理由だろ?付き合っちゃいるけど、オレより戦う方が好きなんだと思うわ、あいつはさ。オレの事そう好きじゃないんじゃないかね?何考えてるかさっぱりだわ」

 

 ──笑った、ところで。


 凛はちらっと腕につけた時計を見た。

 戦い始めて、10分が経過していた。

 そして、さっきからちらちらと愛野からの目線を感じる。めっちゃウインクしてくる。やれ!!という合図だ。すごい合図されてる。

 本当にやりたくない。彼女が言うには『これは全員を助けるため』との指示だったが、本当に本当にやりたくない。嫌すぎる。

 だが。全員が助かるために、と愛野魔法は言った。時間だって、リソースだからと。

 

 凛はゴールドに頭を下げた。


「──すみません……本当にすみません」

「……え?」


 凛は、──ゴールドに。まだ使用回数の残っている大剣を、向けた。

 

 ゴールドは目を見開いて固まる。ゴールドの喉が、ひゅ、と鳴った。

 この至近距離でなら、どれだけ体格的に不利だろうが、どれだけゴールドが運動神経に優れようが、どれだけミドリが武術の達人だろうが、凛がスイッチを推して二人を消し炭にする方が早い。


「そこまでです!ミドリさん。戦うのをやめてください」

「………あら……まあ……」


 ミドリは、手を止めた。

 冷めた色が、その表情を染めていた。


「……人質だなんて。……まさかあなたがたがこんな戦法を取ってくるだなんて、思いもしませんでしたわ……」

「ナイスタイミングだ!!!素晴らしいね!!!」


 冷めているミドリとは対照的に、愛野魔法は嬉しそうだった。


「一回他人を人質に取ってみたかったんだ!!」

「……早く話を進めて」


 怒るよ、と言うまでもなく怒気が伝わったのだろう、彼女はこほん!と咳払いをした。

 

「わ、わかったよ……。さて──ミドリくんはゴールドくんを消し飛ばされたくなければ──そしてゴールドくんは死にたくなければ、話を聞いてもらおうか?」

「わたくしが……ゴールドさまなんてどうでも良いと言ったら?」

「いいや、言わないさ」


 愛野魔法は晴々と言う。そのピンクフリルの魔法少女のような服でくるりとターンをキメてみせ、ぱっと花咲くような笑顔を見せた。


「君は言わない。──君はゴールドくんがすごく好きだろう?とってもとっても、ものすごーーく好きなんじゃないかい?」


 ゴールドはそんなわけないだろとおもったが、ミドリが真っ赤になったのでちょっと戸惑った。

 なんだその顔。彼氏のオレでもそんな見たことないけど!


「さっきの戦闘は、君の娯楽に付き合うためだけにやったわけじゃない!ゴールドくんの人質としての価値を確かめていたのさ。君にとってのゴールドくんの価値が軽ければこの作戦は取らなかった」

「……………」

「君は僕の攻撃や、僕の放っていた飛び道具が少しでもゴールドくんの方へ行きそうになるとすぐに軌道を変えさせていたね。それどころか戦場を少しずつそちらへ寄せようとしても頑固に押し戻してもいた!過保護なんじゃないかい?彼成人男性だよ?」


 愛野に指摘されて、ぽっ……とミドリは頬を染めた。

 

「……ゴールドさまは……好意が顔に出やすくて、ちょっとおばかで、圧を強くしたら誰でも言うことを聞くと思っていて、でもわたくしのことが普通に大好きで、料理がお上手で、とてもかわいいので……傷つけたくなくて……」

「そんなに好きなのになんでデスゲームに連れてきたんだ……」

「怯えたお顔も見たかったからですわ……」


 ドドドサディスト。

 もしかしたらDV彼氏とその彼女じゃなくて、DV彼女とその彼氏だったかもしれない。


「ですから、そんなゴールドさまを人質に取られてしまったら、わたくしもお話を聞くしかありません……アイ様、あなたが充分に強いことも、わかりましたし。久々に愉しませていただきましたわ……」


 うふふ、と笑ってから、彼女はすたすたと凛のそばにやってくる。

 凛は警戒してスイッチに指をかけたが、ミドリは少し離れたところで立ち止まった。


「話を聞きましょう」

「──ありがとうございます」


 凛は暫く黙っていたが、そばへやってきて後ろからくっついている愛野が何も言わないので顔を顰めた。ぐりぐりと凛の背中に額を押し付けている。疲れているようだ。


「……説明は?」

「僕はさっきいっぱい戦って疲れた!なでなでしてほしい!甘やかしてほしい!説明は全部やってほしい!!!」

「…………」


 前者二つはカメラの前では普通にやりたくないし、なんなら距離近いし。

 愛野を引き剥がしてから、ちょっと咳払いをする。


「──全てのメンバーに、拠点を捨てさせる手伝いをしてほしいんです」

「……は?」


 凛はもう一度繰り返した。


「それが最も勝率が高い方法なんです。……ゴールドさん、ミドリさん。拠点を捨て、残った武器を持って、私たちと一緒に来てください。残りのプレイヤー全員を、”アウロラルーン”の中に呼び集めて──都市本体を全員で防衛したいんです、私たち」

「……おいおいおい……けど、運営は拠点を守れっつってたぞ」

「拠点は、守れたら賞金が高くなるもの──に過ぎません。そして、この拠点を他人の武器を奪わず守り切るのは、武器の使用回数制限制度から不可能です。拠点は、戦いを起こさせるためのフェイクの防衛対象にすぎません」

「どうしても戦いが発生する……けれどセイギさん、忘れていませんか?これは、殺し合いのエンターテイメント、なのです………」


 後ろからくっついていた愛野がぴょこっと顔を出した。


「違うよ!!!」

「違う?」

「ああ、違うさ!」

 

「拠点を捨て全員が協力する、それこそが”最も多くの人間が生き残れる方法”──であり、このゲームの理想的な結末なんじゃないかい?武器の奪い合いなんていらない、全てのリソースを一つにして、都市を防衛する!このゲームのタイトルを忘れたかい?」


 ミドリは。

 ゴールドは。

 このゲームの名前を思い出した。


 ──月面都市、” アウロラルーン”防衛戦。


 


 ──遠くから、ヒーローたちの声が聞こえる。

 このゲームに参加したプレイヤーたちの戦う音が。

 エイリアンを消しとばし、あるいは隣の拠点から強奪しようと戦いを挑んで。声が聞こえる。


 それに向かって、二機の脱出ポッドは飛び立った。片方は人は乗っていない、このポッド、便利なことにラジコンで動かせるので無人操縦である。一つのポッドに全員がしっかり乗り込んで相互監視していても二台を連れて行ける便利仕様であった。


 二機のポッドは飛んでいく。

 オーロラ色の星空を突っ切って、ゲームの結末を変えるために、飛んでいく。

 


 (6)

 

 端的に言うと──大体の説得は”成功”した。

 武器の使用上限、どこかを潰して自分のところのリソースを増やさなければ拠点を守りきれないこと。それなら全員でアウロラルーン本体を守ろうと。

 大体ミドリとゴールドにやったのと同じようなやり方で、説得し、脅し、宥めすかして愛野と凛はプレイヤーたちをアウロラルーンの唯一の侵入口──巨大な入り口の門の後へと集めた。


 遊園地の門のようなこの場所以外、アウロラルーンは無敵の透明なドームで守られている。侵入口はここだけ。


 アナウンスが聞こえてくる。


『第5拠点がロストしました。死者はゼロです』

『第9拠点がロストしました。死者はゼロです』

『第12拠点がロストしました。死者はゼロです』

『アウロラルーン周辺の拠点が、──全ロストしました。死者はゼロです』


 淡々と破壊されていく拠点のアナウンス。増えない死者数。

 破壊された全ての拠点に押し寄せていたエイリアンたちが──アウロラルーンに攻めてくる。


「はわわわ、守ってくださいぴょん!ヒーローさまたち!」


 慌てるNPCの声を遮って、愛野は真っ先にロッドを掲げる。

 空から降り注ぐ流れ星のメテオ。敵が次々に消し飛ぶ。それでもまだ、12の拠点に押し寄せるはずだった物量が全て門へとやってくるのだ、殺しきれない。凛が、ミドリが、ゴールドが、そしてツルギやアクマが前へ出る。


 一回、二回、三回。四回。


 四回分の武器のリソースで──波を全て防ぎ切り、室内に安堵が満ちた。

 本来なら十二の拠点に押し寄せたこれは、十二回分の武器の使用回数を使わなければ防ぎきれなかったものだ。それを、四回で消しとばした。八回分の節約ができた。


「……使用回数の節約ができる!素晴らしいであります、アイ殿、セイギ殿!これで誰も死ぬことなく防衛をしきれることでしょう!」


 ツルギは、騎士の姿に似合う感激っぷりを見せていた。横で他のプレイヤーたちも、本当だ、これで賞金も確約じゃないか、と嬉しそうにしている。

 アクマがうんうんと横で頷く。


「まさか本当に全員集めちゃうなんてさあ〜……どんな”魔法”を使ったの?アイちゃん?」

「僕らは『愛』と『正義』を持ってして彼らにこのゲームの欠陥を説いただけさ!」

「『理詰め』と『暴力』の間違いじゃねーかァ……?」


 横でつぶやいたゴールドに、ミドリが口元を着物の袖で隠してくすくすと笑う。

 あれから一緒に行動していたので全ての”説得”を二人は見ていたのだ。愛野と凛からすると、一緒に武力で脅したり、リソースの足りなさを強調して見せたりとしてくれた頼もしき協力者であった。

 

 そこからは、もう無双だった。

 オーロラ色の輝く都市の中、入り口に押し寄せる職種のついたレトロなエイリアン。それを次々に消しとばす光の波。大剣で、巨大な銃で、対人用ライフルで、魔法のロッドで、光の大弓で、爆弾の嵐で、ヒーローたちに敵の軍隊が一掃されていく。

 一騎当千とはこのことだ。まるで無双ゲームのようだった。快感、爽快。


 ──だけれども。


 ある程度を御し切ったところで──。

 酷く耳障りな、警告音が都市中に鳴り響いた。


 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ。


 今までゆめかわ幻想色だった都市全体が、赤い光で点滅している。


「……こういうゲームが雑魚戦だけで終わるわけないもんねぇ〜?」


 少年魔王がけたけたと面白そうに笑って、月面の水平線の向こうを見る。

 剣の騎士が厳しい顔をして、手持ちの剣を構えた。


 馬鹿でかいクラゲみたいなものがずずずず……とこちらに向かってきていた。

 その体は今までの雑魚たちと同じ、金属をツギハギしたような見た目をしている。無数にその巨大な頭の下から出ている細い職種の先端は鋭く、あれに貫かれれば死ぬだろう。金色のサーチライトを放つような丸い瞳。多分あそこからビームが出る。

 殺意の塊みたいな見た目だった。

 そして──あまりにも巨大だ。


 凛は息を呑んでいた。

 前回の白亜の塔は、『裏切りさえなければ』平和に終わるゲームだった。

 けれど、このゲームは違う。

 全員が力を合わせても。あるいはどこかの拠点が、リソースを奪い生き残っても。

 死の塊みたいなものが、こうして最後にやってくる──。


 ──そして、その一瞬の隙を突いて。


 死神が。

 今までずっと、息を潜めていた死神が。鎌を、振るった。



 (7)


 不意打ちだった。

 凛は何かをその時、反射で感じ取った。

 振り向こうとした瞬間、後ろから──ぐさり、と。

 凛は熱を差し込まれるのを感じた。背中から投げられた何かが、片腕に刺さったのを感じた。ひどい痛みが身を焼いた。かひゅ、と声が唇から漏れ、それから──


「──っ、あああああああ”!!!!!」

「凛くん!?」


 平和で士気が満ちていたはずの室内に突如響いた悲鳴に、全員が硬直した。

 真っ先に硬直が解けたのは愛野だった。

 愛野が目を見開いて駆け寄ってくる。抱きとめられる。彼女は位置を素早く確認し、小さく囁いた。


「大丈夫だ、いい場所に刺さったね。ここならまず死なない、安心するといい」

「──っ、いたい、……っ」

「当たり前だ。……ここは現実と同じ痛みが身をやく世界なんだからね」

「だれが………こんな」


 痛い、痛い。

 目の前が涙で滲む。

 直後に、何かが爆発する。対人用手榴弾だとすぐにわかった。周りから悲鳴が聞こえる。愛野の腕がぎゅっと凛を抱きしめた。

 迫り来る敵を前にして、ヒーローたちの半分くらいが怪我をしていた。

 その真ん中で、──けたけたと笑うものが一人。


 黒いマントの少年。魔王のような格好をした、少年。

 彼は悪戯な手つきで爆弾を投げる。小爆弾が爆発し、何人かが吹っ飛んで悲鳴が上がった。

 手足が。散らばる。VR世界の中特有の血の色があたりに広がる。一瞬にして、床が──カラフルな虹色のペンキまみれのような様子になった。

 VRは、グロさを抑えるためにそれぞれの血の色がランダムな虹色に置き換えられるようになっている。惨劇の現場こそが、いつだってデスゲームの中で一番鮮やかだ。


「──アクマ!!!!」


 怒号が飛んだ。

 ツルギが目を釣り上げて、アクマの前に立つ。ペアを組んでいた片割れがこんなことをした理由も、内情も彼は知らないのだと一瞬でわかる程の、焼け付くような怒りがその目に見えた。


「お前……!!!!」

「やぁだなあ、怒らないでよ、ツルギ。ボクはゲームをちょっと面白くしただけだよ?」

「はあ……!?」


 びゅん、とツルギの持っているレイピアがアクマの喉元に伸びた。

 殺す気の、本気の一撃だった。けれどアクマはふわりと身を翻してそれを躱した。

 

「──っ、何のつもりなんだよぉ小僧……!」

「そうだよ、俺たちここまでいい感じだったのになんで、」

「どうして私たちの邪魔するの!?」


 周りの他のプレイヤーからも轟々と非難を受けて、それでも黒いマントの少年はけたけたと笑っていた。


「面白いと思ってぇ〜」

「……なに、いってるの、あなた」


 辛うじて声を絞り出した凛の前に、愛野が立ち塞がって庇うようにしてくれる。

 片手には細い剣。そのスカートは破れて揺れている。

 彼女は豪快にスカートを破いて、凛の止血をしてくれた後だった。


「この惨劇が……おもしろいの?あなたにとっては?」

「そうだよ?セイギちゃん!」


 彼はくるくると動く大きな目でぱっと無邪気に笑った。


「だぁってつまんないじゃん!予定調和でみんなで力を合わせてボスを倒しました〜!なんてさ!

 これってオーバーパワーだよね?レベルMAXの勇者がレベル30の魔王をたおす物語って面白い?

 多分あそこから攻めてくるボスさ、ここにいる全ての武器を使ったら簡単に消し飛んじゃうよね?ここに来るまでに死んでるヒーローがゲーム想定上ではかなりいるはずなんだから!」


 だから代わりに、とうっそりとアクマは笑った。


「ボクが代わりにヒーローたちを殺してあげよう!と思ったんだ!まあ全員手足欠損ぐらいで生きてるみたいだけど──」


 呻く人間の中にはゴールドもいる。片足が虹色に染まっている。さっきの爆発でミドリを庇い、足を怪我したようだった。

 その時。

 息もつかせぬタイミングで。

 ゆらり、とアクマの後ろに人影が立った。


 日本刀の、一閃。


「おっと!」

「──あら、上手くお避けになりましたね」

「普段ツルギの動きを見てるからさ〜、あいつリアルじゃ剣道くっそ強くてねぇ〜。なあにぃ?お嬢さん怒ってるの?大事なパートナーの足をボクが吹っ飛ばしちゃったから?怒らないでよぉ〜、怖いよう〜!」


 きゃらきゃらきゃら、とアクマは笑い転げる。

 ミドリの閃光のような動きを避け切って、アクマは文字通り飛び回る蝙蝠のようだった。

 ──その蝙蝠を。

 中空から落ちてきた流れ星が焼いた。


 アクマは地面に叩きつけられ、武器の山の中に突っ込んで倒れた。


「っはあ”!?」


 愛野だった。

 これには流石に凛も驚いた。

 ここはドームの内部だ。アウロラルーンを壊す可能性がある、他のヒーローに当たる可能性もあるのに。


「愛野、キミばっかじゃないの……!?キミの大事なセイギちゃんに当たったら今のどうしてたわけ!?」

「さあ?当たらなかったからいいじゃないか」

「……これだから気狂い相手にするのって怖いんだよ……」


 当たらなかったし、──君に隙を作れた。

 いいことづくめの手だったな。


 普段からは考えられないような静かな声で愛野が言った直後だった。

 背後から。

 まごうことなく一線で、アクマの片手片足を西洋剣が斬り飛ばした。


 虹色が中空に飛び散る。


「──が、っぁ“……!?ツルギ……」

「アクマ。やりすぎたな。本官は貴様のそれを容認できない。──どうやら、このゲームを赦したのも間違いだったようだ」


 ツルギがアクマの胸にレイピアを向けた。


「殺す。──本官が貴様を殺し、貴様のゲームは終わりだ」

「はは……相棒に殺されるパターンなんて、あるんだぁ〜……ぜぇったい今REXは大盛り上がりだろうねぇ〜……」


 アクマが残った片手をあげる。


「はいはい降参降参──……投降するよ〜。ツルギ〜?許して〜?」

「殺すに決まっているだろう、馬鹿か」

「えぇ〜〜……じゃあ、こうするしかないか!!」


 ぶわり、と。

 アクマの黒いマントが広がり、武器の半数を包み込んだ。

 そのまま彼は中空に浮かび上がろうとして──ツルギの投げた長剣が、その胸を貫いた。それでも少年は笑っていた。

 片手には、自爆用の手榴弾。死ぬよりも、少年が手榴弾のスイッチを入れる方が早かった。


 目を焼くような閃光。爆発。反射で部屋の隅に逃げられたものは多かったが、それでも最悪のものが巻き添えになった──武器だ。

 武器が、巻き添えになった。今まで守ってきたリソースが。


 アクマが消失した部屋の中、虹色の鮮血で染められ上げられた部屋に、赤い光が明滅する。

 警告音、警告音、警告音。


 最大の強敵が近づいてきているのに、──ヒーローたちは、満身創痍だった。

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