Game-1 月面都市アウロラルーン防衛戦(1)
一章-game1:月面都市『アウロラルーン』防衛戦
(1)アウロラルーン防衛戦・前日譚
VRDG。世にもわかりやすい、ヴァーチャル・リアリティ・デス・ゲームの略称だ。
VR技術が過度に発達した2000年代。
その50年後の2073年に、人類は完全に意識をVRに落とし込む技術をついに発明した。
その後様々な簡易ゲームがVRで発売されるようになり、MMO等が流行り尽くした後出てきたのが──VRDG、ヴァーチャル・リアリティ・デス・ゲームであった。
倫理観の破綻した話である。
しかし、社会的に許された明確な『大義名分』がくっついていたので、赦された歴史がある。
ゲームにより、貧困層を救済する。
それが最初に作られたVRDGの方向性だった。
VRDGを最初に行った会社『ノア』はエレガ・ジャーニーという一人の金持ちの道楽で作られた。
リアルに死を感じるようなバーチャル・デスゲームに参加して生き残りさえすれば、多額の電子マネーを与えることを確約。
そのインパクトあるスタイルでまずは海外全域で人気を極め、それからゲームは日本にやってきた。
VRの中で一回勝ては50万、100万の世界。他人を殺して一人勝ちすれば数百万だって手に入る。
それは、世界中に増えすぎた貧困層への刺激的な救済措置であった。今ではプロ・デスゲーマーなんてものもいるんだからすごい。
脳に流れる電気信号自体は本物に近い。配信される死の恐怖は本物だ。
それを見たい層がいる。それに身を投じたい層もいる。需要と供給によりゲームは発展した。
その後、本格的に日本の『エンマ』という会社がこのゲームを専門開発。
そこに集まった数々のゲームプランナーによりあらゆる種類のデスゲームが生み出され──VRDGはエンマ社を中心に、ムーブメントとなり、日本のVRゲーム業界を支配し──となるのだがその後は割愛する。
「その中心になったのが僕さ!!!天才プランナー、愛野魔法だよ!!!!」
だんっ!と目の前でポーズを決められて、正義凛は「はあ」と適当に相槌を打ちながらお茶を飲んだ。
「名前だけは知ってる。当時十四歳だっけ」
「そう!3年くらい前のことだ、今の僕は麗しの女子高生だからね。当時は麗しの天才女子中学生だったわけさ!」
そのムーブメントの中心となったのが、ハデス社所属の天才ゲームプランナー、愛野魔法だった。
ネットに疎い凛でも存在を認知していたくらいである。
彼女は彗星のようにどこからか現れ、14歳からあらゆるプランを考え、あらゆるデスゲームのシナリオとギミックを考えた。
その考えた形式が悉く『当たった』。
愛野魔法の演出する物語は、彼女の名前のように美しかったのだ。裏切りと疑心暗鬼を誘いながらも、最後は愛や友情、小さじ一杯の信頼が勝つような。
恐怖で身を竦ませて動けなくなってしまった仲間を命懸けで助ける、その行動こそが勝利への鍵となるような。
喧嘩別れしてしまった別の人々が助けを求めた時、躊躇いなく手を差し伸べた人間が勝つような人間讃歌。それが彼女のスタイルだった。
デスゲームという裏切りが跋扈する世界で、そのスタイルは特異的に目立ち称賛され、彼女が演出した物語はあらゆる所でプレイヤーに遊ばれた。しかし──。
「数ヶ月前僕は大炎上してしまった!!!」
「………」
当事者から炎上を目の前で宣言されるとなんて言ったらいいかわからないものである。
凛はもぐ……と饅頭を食べるのに徹した。
ぴちちちち……と鳥が外で鳴いている。穏やかな和風家屋の畳の部屋で、ピンクフリルが熱弁しているのを見守った。
あの後、「全部話してくれ」と言って茶を出したら愛野はお茶を飲み飲みVRDGの歴史をあらいざらい語ってくれ、ここまでくるのに一時間かかった。もしかしておしゃべりが大好きな年頃なのかも。
「──どうして炎上したの」
聞いてみると、ちょっとピンクフリルはおずおずっとした。ちょっとかわいいかも。
「そのぅ……君ってニュースとか見ないのかい?」
「見ない。私、自分の友達数人と繋がってるREXと、短い動画見られるSS流し見と、WeTubeぐらいしか見てないし」
「え、ゲームは?やらない派かい?」
「……VRゲームはあんまり。ゲームセンターにいって、UFOキャッチャーとかならやるけど」
「UFOキャッチャー!?超アナログゲーじゃないか、生きてる化石と呼ばれてるゲームだよもう!REXでもアナログマニアタグで検索して出てくるレベルじゃないか!!」
「いや、最近はラジコンで動くタイプのAR版も出て………。いいから話続けて」
凛は渋い顔をした。
REXとは、超巨大SNSの名前だ。恐竜のように大きくなるようにという意味でREXと名付けられたらしいが、最近は恐竜を通り越して世界中をネットワークで覆い尽くしたSNSと化している。ただし、大体皆そこで大人数と交流しているので、凛のように少人数で固まってしゃべるしかしていない人種は珍しいの極みだろう。
「とにかく、私はそういうニュースはあんまり知らなかった」
「このインターネット社会で、秘境に籠った仙人みたいな生活をしてるんだな……凛くん……インターネット独居仙人と呼んでやろう……」
「怒るよ」
出してあげたお茶請けの饅頭を取り上げようとすると、それは僕のまんじゅうなのに……とぴぃぴぃと抗議された。ちょっと饅頭の皿を下げかけてから、恨めしそうにこちらを見ている彼女の前にすっと出してやると、ぱっと表情が輝く。うーん、動物みたいにわかりやすい。
「こほん。では!最近のニュースをあんまり見ない仙人凛くんにこの僕が教えてあげよう!天才プランナー愛野魔法がなぜ炎上したのかを!」
彼女は立ち上がり、決めポーズをした。
「全員が全員を信頼しない場合!!!!一人でも裏切ったら全滅するゲームを組んだら燃えたのさ!!!!しかもめちゃくちゃ燃えた!!!!」
「…………」
「その後でREXでめちゃくちゃリプライが来て、『愛野魔法でも脱落者ゼロのデスゲームなんてやりすぎ』とか『人死なせたくないならギャルゲーでも作ってろ』とか『デスゲームで全員に信頼を強いるのは信頼ハラスメントじゃないですか?』とか言われて『なんでもハラスメントにするのが好きなのかい?』と聞いたらもっと燃えた」
最悪の対応をしている。
凛はお茶を飲んで喉を潤した。
「これは私の記憶違いかもしれないんだけど」
「ああ」
「今のVRDGの界隈って……デスゲームらしい、裏切った奴が勝つとか、一人で全員を出し抜いて勝ち抜けとか、そういうタイプのギミックやストーリーがすごい人気だよね。だからかな……あなたの名前、最近あんまり聞かないというか……前はトレンドとかにすごくいた気がするんだけど」
「その通り!!!!僕は一年ほど前から時代遅れだと叩かれまくっているからね!!」
「それがわかってるのに、なんで真逆みたいなことしたの……?」
「面白そうだったからに決まってるだろう!!!!!!」
コメントを控えた。反射的に呆れとかなんか諸々が出そうになったが、そこでそれを見せるのは失礼だと思ったのでお茶と一緒に飲み下した。
……天才と狂人は紙一重というが、享楽趣味とばかも紙一重なのかもしれない……。
「それでだ、凛くん」
「うん」
「僕は絶対に愛と正義が世界を救うと証明したいんだ。僕のクリエイター魂に賭けて!!!」
「なるほど、アナログなあなたのスタイルで勝ちたいんだね」
さっき散々好きなゲームを古いと言われたのでちょっとだけ言葉に毒を含ませてみた、のだが。
「そうとも!!!」
愛野魔法はぱっと笑顔になった。皮肉が効かねえタイプだこれ。
もう参加するゲームは考えてあるんだ、といそいそと魔法少女の変身アイテムみたいなものを取り出した。ハート型の石がはまったコンパクトだ。なにこれ。
「ああ、これが僕のARデバイスだよ、最高にキュートだろう?」
にこにこしながら愛野魔法はコンパクトをさっと操作する。
さっと左手をコンパクトの前で振ると──半透明のポスターみたいなものが現れた。
公式サイトだ。
『月面都市・アウロラルーン防衛戦』
『月面都市は今や、数百の宇宙人に包囲された!!君の最強のパートナーと一緒にアウロラルーンの各拠点を防衛し、生存してアウロラルーンを守り切ろう!!』
オーロラ色に輝く尖塔が連なる都市が月面にでんと聳えている。
その周りには、まるで古いエイリアン映画で見るような火星人みたいな謎のロボットたちが都市を取り囲んでいるのが見える。都市の周りで戦うヒーローや、魔法少女のようなキャラクターたちは二人一組でエイリアンロボを撃退しているイラストだ。
アニメチックなわかりやすい演出である。
「これに、僕と一緒に出てもらいたい」
「…………」
愛野魔法に言われて、凛は少し考える。
考えるべきことを。
家族の病気のこと。今月払わねばならない電気代、水道代、学費のこと。
アルバイトだけでは到底賄いきれない借金のこと。いろんなことを。
凛は色々と考えた末に一つだけ聞いた。
「VRDGのことを、私はよく知らないの。前回一度参加したのは、あのままじゃ家を売却しなきゃいけないレベルだったから必死で、あんまりVRDGの事を調べてなかった。私は次で二回目の素人でしかない。
ねえ、愛野さん、──ゲーム内で死んだらどうなる?」
愛野魔法は言った。
「二度とVRDGに参加できなくなる、プレイヤーとして完全に『死ぬ』」
「……それだけ?」
「ああ、それだけさ」
得るものは大きく、失うものは少ない。
何よりも、こっちにはかつて天才ゲームクリエイターと言われた存在もいる。勝ちの目は大きい。
彼女は冷静だった。彼女は片手を愛野魔法に差し出した。
正義凛は、決断をした。
「──わかった。……貴女と一緒にこのゲームに出る。でも、私は初めてだから……死んだらごめん」
「大丈夫さ!」
愛野魔法はぱっと笑顔になった。
金髪の髪と、ピンクのフリルが畳の部屋に鮮やかに映えていた。
「『愛』と『正義』の物語が、そう簡単に終わるはずがないんだからね!」
(2)
数日後。
──虹色の都市が、ゆっくりと眼下で回っている。
尖塔を連ねた虹色の都市にはあちこちに小さな銀色のUFOが飛び回っていて、自分たちと同じように集められた参加者たちが『防衛箇所』に連れてこられているのだろうと正義凛は思った。
服装は、水色と白のサイバースーツ。体にぴったりと添うような真っ白で光沢のあるスーツだが、腰元の所からぶわりとネオン色に裾が輝く水色のフリルが後に広がっている。
水色の輝くリボンに編み上げられたショートパンツにガーターベルト、薄い青にきらめくサイバーゴーグル、ピカピカと輝くヘッドホンから伸びたアンテナはちょっとレトロだ。
「SF世界に迷い込んだ魔法少女」──みたいな形容が正しい格好だ。
「実によく似合う、かわいいよ!僕のあげたデコレーションが似合っていて何よりだ」
「……ありがとう」
さっきから凛が可愛いというだけで個人的な『投げ銭』がすごく飛んでくる。
全員生存のゲーム、『白亜の塔』でともに生き残った二人がペアを組んでいるという話題性もあるのだろうが……。
隣には、済ました顔をして同じような白光沢生地のピンクフリルドレスに身を包んだ女が足を組んで座っている。どうやらSNSの反応を確かめているようで、彼女の前には半透明のピンクのウィンドウがこれでもかと開いて情報がざーーーっと流れていた。
「──反応は上々のようだ。やっぱり大型ヴァーチャル・リアリティ・デスゲームは盛り上がるね」
「VRDGって呼ばないの?」
「おや、君がそう呼ぶなら甘んじて僕もそう呼ぼう!久々のVRDGは心が躍るね!」
「……時代遅れの遺物が来たってSNSで言われてるみたいだけど」
「クラシックが新時代を作る瞬間を見せてやるさ!」
横から鼻で笑う声がした。
「はん、クラシックが時代を作る、たあ……大言壮語だなあ」
凛は横を見た。
金髪で肌が浅黒く、いかついプレイヤーが円形のUFOの中の離れた座席に座っている。アメリカ人のボクサーといった風情の外見で、黒と金色のヒーロースーツに身を包んでいる。
横には気が弱そうな緑色の和服の美女を侍らせていた。DV男とその彼女みたいな二人だ。
「ゴールドだ」
「アイだよ」
「……セイギです」
「はん、少年漫画のスローガンかあ?デスゲームに出てくる名前じゃあねえよ。なあ、愛野魔法さん?」
「ゲーム内で他人の個人情報を言いふらさないでくれないかい?マナー違反すぎるだろう」
「この名前だってどうせ本名じゃねえんだろ」
「いや、戸籍登録もこの名前だよ」
「トンチキすぎる」
ゴールドと名乗った男はぽりぽりと頭をかいてから、はあっと息を吐いてどさりとソファに背を預けた。
「ま、彼の有名なプランナーさんとデスゲームをご一緒できるたあ光栄だな。あんたらを俺が殺しても文句いうなよ、ポキっと折れちまいそうな体しやがって」
「生憎とここはVRだよ、ゴールドくん。VRでものを言うのは筋力でも見た目の強さでもない──」
とんとん、と縦ロールピンク髪美少女は頭を指で叩いてみせた。
「ここと」
それから胸に片手を当てる。
「それからここさ」
「頭と心ってか?どうだかな、あんだけデスゲーム作って人を殺したアンタに心があるってか?」
「残念ながら僕にはないかもしれない。だからこそ!僕にはセイギくんがいるのさ!」
がしっと手を掴まれて、凛はちょっとだけびっくりする。
黒髪に白と水色のフリルのSF風魔法少女と、ピンク髪縦ロールの魔法少女のペアは目にも鮮やかで、さっきから投げ銭がすごい。ふ、二人で寄り添うだけで、お金がすごい勢いで!
「彼女は僕のとっておきで、秘密兵器さ!君たちも彼女の活躍を震えて待つがいい!!!」
「あの、愛野さまの秘密兵器、でございますか……」
か細い声がして、凛は改めて男の後ろにいた女の存在を知覚する。緑の着物に麗しい水仙の柄、お姫様のような格好に刀を佩いている。
おい、と男にこづかれて、彼女は少しだけ怯えた表情をしてから丁寧な挨拶をする。
「わたくし、ミドリ──と申します……ゴールドのパートナーとしての参加ですわ。よろしくお願いいたします……アイ様、セイギ様……」
気弱そうな微かな声。戦えるようにはとても見えない。
彼女と、それから褐色男に不躾に全身を眺め回されて、凛はちょっと挙動不審になりそうになってから愛野の裾をちょっと引いた。
「ん?なんだい?」
「……ねえ、なに、秘密兵器って。私そんなつもりでここにいるんじゃないんだけど!」
「いいんだ、君は君のまま僕のそばにいてくれ、それこそが僕の力になるのだからね。君はいつも通り石橋を叩きまくってくれればいいんだよ!」
ぱちん、とウインクされる。
彼女が開きっぱなしにしているSNSにざーっと情報が流れていく。
愛野魔法のパートナー枠を埋めているあの青い魔法少女は誰だ?とあちこちでコメントがされているのが見えた。こんなに目立ったらリアルを割られてしまうかもしれない。
「……怖い、あとからREX全部鍵垢にしなきゃ……」
「インターネット引きこもり仙人くん……」
「怒るよ」
他愛ないやりとりをする中で、ゆっくりとUFOが降下していく。
いくつかのUFOが降りてくる。あの中にも自分達と同じペアになったプレイヤーがたくさんいるのだろう。
ぷしゅー、と空気が抜けるような音がして、UFOが月面に着陸した。
扉が開く。重力は従来の月に従って軽いらしく、軽く地を蹴るとふわりと体が空中に浮く。
飛び上がって──そして凛は目を見開く。
満点の星空。
大気に邪魔された地球とは違う、VRの満点の宝石箱をひっくり返したような夜空。
その中に聳え立つオーロラ色に輝く美しい尖塔の群れ。
それを取り囲んだいくつかの可愛いドーム型ケーキ見たいな建物。
童話のようだ。
この世界の中で、──これから、デスゲームが始まるのだ。
(3)
『──”ヒーロー”のみなさま!アウロラルーンへようこそぴょん!』
ずらっと並んだウサギ型ロボットに挨拶されて、凛はその可愛さに胸を打たれていた。
か、かわいい。まるっこいフォルム、くりっとした大きな瞳、体はレトロなパーツを組み合わせてネジで止めています感が強いものの、それすらかわいい。
赤、青、黄色など色合いも古いおもちゃみたいでかわいい。
『皆さんもご存知の通り、アウロラルーンは今すごい危機にさらされているぴょん!』
『宇宙人がいっぱい攻めてきて、アウロラルーンの外に作られた防衛線を突破しようとしてるぴょん!』
『みなさんには、各地にある”拠点”を二人一組で守り切ってほしいぴょん!中に物資があって、銃や弾丸、対人ライフル……剣や斧なんかの、できる限りの皆さんが戦いやすいような武器を用意しましたぴょん!』
『防衛拠点を守り切った数だけ、皆様にはありがとうのお金を多くお渡しするぴょん!自分の拠点を守れた人にはすごいで賞のお金もお渡しするぴょん!この総合額は決まっていて、最後まで残ってくださったヒーローの方々で山わけぴょん!』
『拠点を守り切れなくても、アウロラルーンさえ無事なら残ったヒーローのみなさんにお礼をお渡しするぴょん!もちろん、復興のためにお金が必要になっちゃうからあんまり多くは渡せなくなっちゃうぴょん……』
最後に、『よろしくお願いするぴょん!』と言ってうさぎたちは頭を下げた。
かわいい。
アウロラルーンの中央部、壁から床まで全て淡いピンクとパープルに揺らめくゆめかわな大広間には、20人前後の人間が集まっていた。前回の白亜の塔は6人が最大上限のゲームだったが、今回の参加者は上限が20人以上だ。案外多い。
ミドリとゴールドもいる。いかつい男も、まだ子供に見える少年少女も、獣人みたいな見た目のアバターもいる。すらりと背の高い真っ白な騎士のような美々しい青年と、某映画の荊の魔女みたいなとげとげ黒マントを羽織った悪役みたいな少年が一緒にいる構図はいかにもアニメ感がある。
それらが皆黙って話を聞いているのだから、それなりに皆経験を積んだゲームプレイヤーなのだろう。このかわいいうさぎたちが『説明役』であることも、このルールをしっかり聞いておけば後の生存率をあげることも、ちゃんとわかっているのだ。
すす、と愛野によっていって、凛は小さな声で囁いた。
「愛野さ……アイさん。……今回のゲームは、殺し合わなくて済みそうだね」
「ほう?セイギくんはどうしてそう思うんだい?」
「それぞれの拠点に別れて、それぞれが役目を果たす。拠点を防衛できればよし、できなければ都市に逃げ込んでそこから攻撃をすればいい──殺しあう余地がないと思う。物理的な距離も離れているし」
「僕もそうであってくれればととても思っているよ!だが、これは……」
愛野はぎゅっと眉を寄せた。ピンクフリルの魔法少女が難しげな顔をしているのはなんとなく似合わなかったが、彼女はこめかみを指でとん、とんと叩く仕草をして暫く考え込んだ。
「──いや、確証に至らない時に憶測を話すのもよくないか」
「なに、それ。ホームズの真似?」
「ふふふん、君には僕がホームズに見えたんだね?では行こうではないかワトソンくん、僕らの守るべき拠点へ!」
くるっとターンして決めポーズをする彼女のテンションを見て、調子に乗らせてしまったなあと凛は思った。まだ知り合って数日だが、わかる。調子に乗るとうるさいのだ、このピンクフリルの塊は。
守るべき拠点は、都市の南側だった。
つまり、正面玄関付近である。一番敵が多そうなところであり、最終防衛ラインになりそうなところだ。
この辺りに配置された『拠点』は三つあった。
つまり三組がこの辺りで共に戦うことになる。
拠点はまるで白いカップケーキみたいな形をしていて、全ての拠点に緊急避難用の脱出用UFOが配備されている。やっぱりこの世界は童話めいている……。
凛がそう思っていた時だった。
「──おや?あなた達は!」
不意に声をかけられて振り返ると、先ほど大広間で見た美々しい騎士様が立っていた。
銀髪碧眼、白い服。腰にはレイピア、笑うと白い歯が眩しい。
「白亜の塔の有名人のお二方ではありませんか!本官、ご一緒できて光栄であります」
「……け、警察?」
「おや、よくお分かりで」
話し方が特徴すぎてすぐわかる。ござる言葉のサムライくらいわかりやすい。
彼の後ろから、ひょこ、と頭が覗く。さっきの黒いマントの少年だ、頭にはヤギの角。まごうことなきモチーフは『魔王』だろう。小さな、少年魔王。
「やっほ〜、かわい子ちゃんたち。この辺りの拠点を一緒に防衛することになるねぇ、よろしくねぇ」
「……よろしく」
「なあにぃ、そっけなくない?もうちょっと笑ってくれてもいいんじゃなぁい?ほらほら〜、ボクかわいいでしょ、ねえねえおねえさーん」
うるうるっとした目で見つめられて、凛は困った。
こういう相手への対応は苦手だ……。
とおもっていたら、目の前に愛野がさっと割り込んだ。
「うちの秘密兵器セイギくんをからかっていいのは僕だけだよ!ほら、あっちへ行くといい!!!しっしっ」
「え〜、ひどいよぉ!お姉ちゃんがいじめるぅ〜!ツルギ、こいつらボクをいじめるよぅ!」
「彼女は僕のなんだからだめなんだ!」
「なぁにぃその独占欲ぅ、──……かつて、綺麗に人を殺しまくるゲームを死ぬほど組んだ伝説のプランナー、愛野魔法のご執心っぷりとは思えないけど?人をいっぱい殺しちゃったから『人間らしい人間』を愛して守りたくなったの?ねえねえ、その子、白亜の塔の”騎士”だよねえ?今ネットで大人気の」
愛野の表情が固まった。
少年はうっそりと影を纏った気配で笑う。顔を寄せてにんまりと笑ったその表情が──直後頭の上に思い切り落とされたゲンコツによって子供らしい泣き顔になった。
「い”………っ!!!!」
「こいつは中身は前科のあるハッカーで本官の監視対象なので子供扱いする必要はありません!名前もアクマとか名乗っていてセンスも皆無です!」
悪の魅力の美少年の中身、普通に情けないお兄さんだ。
しかも元犯罪者。凛は盛大に警戒した。
アクマは拗ねたように唇を尖らせる。
「………味方から刺されるのが一番やなんだけどぉ……」
ツルギ、と、アクマ。
なんとも特徴的な名前だ。
「ふむ、ではツルギくん、アクマくん。共に健闘し素晴らしい結果を残そうじゃないか!共に防衛を成功させ、アウロラルーンを守り切ろう!我らの力で!」
「はっ、本官たちの力で共に守り切りましょう!おー!」
「……おー」
「ひひっ、王道な口上〜、言ってて恥ずかしくないのぉ?」
「真剣な人間を嗤う奴が一番恥ずかしい精神の持ち主だアクマ!!!ほら!!!行くぞ!!!!」
「ぎゃっ、ツルギちゃーん、痛い痛い、ちょっと〜!VRDG中は痛みが現実と同じレベルなの忘れてない!?ちょっと〜!」
「申し訳ありません、本官の監視対象がご迷惑をおかけしました。共に健闘しましょう!!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐアクマを引っ掴んで、騎士様は数百メートル離れた隣の拠点へと颯爽と去っていった。
嵐のようだった。
もう片方の拠点は、既に拠点の前に巨大ライフルやら、据え置き型の爆弾投擲機やらが持ち出され準備が進められている。目を細めて見てみると、金色のヒーロースーツの男と、和風のお姫様みたいな美人がせっせと準備をしていた。案外二人きりでいる時は関係性が対等なのかもしれない。
アイ、セイギのペア。
ツルギ、アクマのペア。
ゴールド、ミドリのペアでこの辺りを守り切る。それが当面の目的になりそうだった。
──その時だった。
「……なんだこれは!?」
ひと足さきに、と中に入り込んだ愛野──アイが大きな声をあげたので、凛は急いで入り口まで走った。
「何、どうしたの!」
「これを見てくれ!!!」
「何………え」
凛は中に置いてあったものを見て絶句した。
大剣。魔法の杖。ありとあらゆる『ファンタジー系の』アイテムが所狭しと並んでいる。
現実的な武器がひとつもなかった。
そこで凛は思い出す。うさぎが「あなたたちが使いやすい武器を準備した」と言っていたことを。
──前回のゲーム、白亜の塔。それを明らかに踏襲されている。
「……え、待って、銃とか……隣のチームが使ってたみたいな大砲とかは?」
「存在しないね。どうやらこの拠点はファンタジー武器で戦うための拠点のようだ。ほら、魔法少女のステッキらしきものもたくさんある。モーニングスターから王道のトップにハートがついたものまで……」
一つのステッキをとって、くるりと愛野魔法はそれを回した。ピンクフリルの衣装と、縦ロールのピンク髪のせいでものすごく似合っている。似合っている──が……
「……それ、どれくらい火力が出るの」
「さあ?でもここにスイッチがあるし、これを押したら魔法が出るんじゃないかい?ほら、こっちの大剣もスイッチがついている、これを押すと武器の性能もわかりそうだ」
「………うん」
「一旦これを外で使ってみようか!」
凛はとりあえず大剣を手に持って外に出た。重さはそこまで感じない、月の重力が軽いせいだろう。そうでなければこんなでかい剣、持てたものではない。
愛野はというと、巨大なステッキを選んでいた。魔法少女らしいもの──というより、どちらかというとシンデレラのフェアリーゴッドマザーが持つような大きな白いステッキ。
二人して外へ出る。
凛はカチッと剣の根本のスイッチを押した。
剣がぶいーーんと音を立てて。
七色に光り出した。
ゲーミング剣。
「…………えっ?これだけ?」
「あっはははははは!!」
リズミカルに明滅してる。
愛野がそれを見て容赦なく笑い転げた。思わず睨みつけると、ひいひいと笑いながら愛野は隣へやってきてぴったりとくっついてくる。なに。
「ちょ、っと。なに」
「セイギくん、それは剣なんだから振り回してみなきゃだめだろう?ほら、こうして手を添えて──」
振り上げる。
──思い切り、振り下ろす。
ぶおん!と風切り音がして──虹色の閃光が走った。広範囲ビーム。
地面を一直線に、縦型広範囲に光が走る。──数キロ先にあった小さな小山が消し飛んだ。
「………ひえっ」
愛野がちょっと息を呑んだ。
凛も流石に驚いて、己の手の中にあるゲーミング剣を見つめた。
バッテリー表記があるが、今の一撃で一回分減ったようだ。使える回数は10回らしい。
いや、それにしても。チートすぎでは。
月面都市の魔法少女に転生したらチートになっていた件。
「……充電さえちゃんとしておけばいくらでもいけそう」
「ああ。だがこういうゲームには大体そういうものを再充電できる施設は用意されていない──いや、待て」
愛野は不意に何かを思いついた顔をして、拠点のなかへ駆け込んだ。
拠点の中にある大量の武器を一つ一つ改める。魔法の杖、大剣、盗賊が使うような投げナイフ、聖なる細剣、小さなステッキ、おもちゃみたいな宝石のついたロッド──。
「……思ったとおりだ」
愛野はつぶやいた。とんとん、とずっとこめかみを叩く指は動き続ける。
彼女の表情は嫌に真剣で、静かだった。
「……どうしたの」
「ここの武器には全て、”使用回数制限”がある」
「うん」
「そして、僕らの拠点がこうだということは──他の拠点もおそらくそうだ」
「………つまり?」
愛野魔法は目を伏せた。
こめかみを叩く指先は静かに止まっていた。
「つまりこれは──協力して防衛する型のゲームじゃない。いかに他人の武器やリソースを奪い、自分の拠点を守り切るか、という……奪い合いと殺し合いのゲームだ」
凛は静かに息を止め、それから吐き出す。
──それでも。それでも。
「……でも、私はなるべく殺し合いはしたくない……人を殺したくない。みんなで生き残りたい」
「そう、それでこそ君だ!!!石橋を叩いて叩いて叩き壊してくれ!!!!」
思い切り抱きつかれてその場で倒れそうになった。
ピンクのふわふわフリルに圧殺される勢いの抱擁だった。
目をきらめかせて、俄然やる気に満ちた顔をして愛野魔法は言った。
「裏切りと殺し合いを前提に組まれたこのゲームを、いかに愛と正義の物語に変えるのか?それが僕たちの腕の見せ所だ、そうだろう!!!!」
──その時、数百メートル離れたところから爆弾の爆発音がした。
開きっぱなしだった扉の向こうに──機械でできた火星人みたいな、レトロなエイリアンたちが押し寄せてきているのが見えた。
外へ出て左右を見ると、ゴールドが、ミドリが、ツルギが、アクマが、武器を使って防衛を開始している。
「さあ、──上手くやってやろう」
ロッドを振り回し、空から降ってくる流星群で敵を消し飛ばしながら愛野は言う。
オーロラ色の空から次々に流れ落ちる流れ星を背に、振り返って笑う。
ぺろり、と舌なめずりをしたその顔は楽しげだった。
ところでセイギくん。
と愛野魔法は聞いた。
ちら、とその目が後ろの拠点を見る。
バケツリレーは得意かね?
「……はあ?」
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