元デスゲームプランナー愛野魔法による完全ハッピーエンド戦略

海月崎まつり

Game-0 ファンタジーRPG


 白亜の城の窓から下を見ると、じわじわと緑の霧が迫り上がってくるのが見えた。

 なんなら、部屋の外の螺旋階段の下にも、真っ白な階段を緑の霧が蝕むように侵食してきていた。

 荘厳なるきらめくシャンデリアの部屋には、僧服の青年、剣士の姿の男、魔女帽子を被った少女等の──言うなれば、”RPGのキャラクターのような”服装をした人間たちが5人いて、舞台の上に立つ少女を見つめていた。


 すんごい女だった。いや、少女だった。


 ピンクフリルとレースの塊みたいな、お姫様みたいな格好をした女だった。

 アニメでしか見ないようなピンク髪縦ロール。ヘッドドレスにはハートの飾り。

 両手にはめたレースの手袋の手首部分にもハートが飾られている。おそらくそういう『デコレーション』をアバターに施しているのだろう。


 ピンクのハート女はこほんと咳払いした。そしてばっと両手を広げた。

 彼女がこのゲームで与えられたロールは『姫君』だった。それらしい振る舞いだった。


 「聞きたまえ。僕たちが協力すれば、きっとここから出られる!起動すべき装置が3つ、僕たちは5人。3人が装置の元へ向かい、レバーを同時に下げれば、この緑の毒の霧は迫り上がるのをやめる、実に単純な計算だ!」


『王族』っぽくないな……とその場にいた『騎士』の少女は思った。

 どちらかというと口調は探偵だ。これでもかというぐらいこてこてのRPGのお姫様、あるいは魔法少女みたいな格好をしているのに。口調は探偵。なんともアンバランスな女だった。


「全員でこのデスゲームをクリアしよう!僕らはこのゲームで勝てば、一人200万ミラーの報酬を平等に手に入れることができる!200万を手にいれて美味しい肉を食べよう!!!」


 淡いピンクの、アニメでしか見ないみたいな縦ロールの髪をふわふわと揺らして片手を胸に当て、オペラみたいな調子で喋る彼女は大変な熱の入りようだったし、実際その理論は正しかった。

 生還者は全員が200万ミラー。それがこのゲームの『生還報酬』だ。

 しかし──参加者たちの反応は思わしくなかった。

 部屋にいた男の一人が声を上げた。『戦士』だ。顔は狼のような獣人で、がばりとでかい口が開く。


「──だが、誰かがレバーを下げなければどうなる?」


『姫君』が答えた。

 

「僕らは、人数に二人の余剰がある。レバーを下げる三人のうち、二人には見張りをつけ裏切りを防止すればいい」

「では、残った一人がレバーを下げなかったとしよう。その犯人だけが生き残ったのなら?」


『戦士』は追求の手を緩めなかった。

『姫君』はうんうんと嬉しそうに頷いてから何故か──本当に何故か──嬉々として続けた。

 

「うん、そうなれば犯人は追加報酬として死んだ4人×50万を加え──総じて400万を受け取るだろうね!人間性が剥き出しになるって素晴らしいよね!首尾よく裏切りを成功させたら僕らが普通に受け取れる額の二倍を裏切り者は手に入れられるわけだ!」

「なんで姫様はそんな……うれしそうなんですか……?」

「ひゃーっはっはっは、こいつがクレイジーな女だからに決まってんだろォ?『僧侶』くんよぉ?」

「『アサシン』──」


 静かに、との圧を受けて、『アサシン』は黙った。

 

「はいよ、『騎士』のレディ」


 一通り皆が喋り終えたのを確認してから、『戦士』が再び口を開いた。

 

「……レバーを下げる人間は4人。誰も裏切らなければ全員に200万、誰かが裏切れば犯人以外は犬死にというわけか」

「狼顔だけに犬死になのかい?」


 フリルとレースにまみれたピンク女につっつかれて狼顔は黙った。地雷であったらしかった。

 ピンクのドレスの少女は一拍置いて、引き続き演説を続けた。


「──僕はね、皆と一緒に、愛と正義と信頼と勇気でこのゲームを勝ち抜きたい。

 この数日で培ったパーティの皆への愛。

 裏切りというカードを使わないという形での正義。

 メンバーを信じ切るという信頼。

 そして──裏切れば高い報酬を得られるという誘惑を捨てられる──勇気。

 ここまで僕らは一人の犠牲者も出さなかっただろう?だから最後までそうでありたい。全員で勝ちを収めるデスゲームがあってもいいじゃないか!」


 ──そうかもしれない、という空気が漂った。

 

 出会って三日ほど共にゲームに興じた仲だが、このパーティは決して仲が悪くはなかった。ピンクのドレスの『姫君』はいつだって明るく元気に皆を励まし、時に謎解きをして誰も死なないように努力をしてきた。

 狼顔の『戦士』は魔物が出れば前に迷わず立って皆を守り、『僧侶』の少年は傷を負ったものが出れば率先してヒールをした。

 あちこちジャラジャラ鎖をつけた『アサシン』は鍵開けをしてあちこちの宝箱から鍵を見つけ出し、それを隠そうとしたり独り占めにしようとしたのをみんなに横から引ったくられまくった。最終的にはそれがお約束になるまでには打ち解けた。

『騎士』の少女は狼顔の男が前に出れば後に、彼が後ろを守れば前に動いて挟撃を何度も上手く立ち退けて見せた。彼女が敵の接近を黙ってさえいればパーティが壊滅したであろう瞬間も何度かあったが、彼女はそれを選択しなかった。


 ……彼らは、いいパーティだったのだ。


 ──そんな彼らに課せられた最後の試練が、これだった。


 真っ白な白亜の塔の下から迫り上がってきた、毒の霧。それを散らす浄化装置のレバーを、全員がばらばらになって下げること。

 そして、下げなかった人間がいた場合は数十秒以内に毒の霧が上まで競り上がり、レバーに触れなかった人間だけが生き残る──そういったシステム。”裏切り者がいれば、全員が死ぬシステム”だ。ここまで信頼を積み上げさせたパーティを欲で揺さぶる、底意地の悪い試練だった。

 レバーの数が3つなのは、ここまでくれば最低二人は死ぬであろうと運営側に予期されていたからだろう。逆に言えば、それが運営側にとっての理想的な死亡人数だったのだろう。


 ──だが、ここに生き残っているのは5人だった。全員だった。

 パーティの相性、全員の能力が噛み合い、奇跡的に犠牲者の出ないデスゲームが成立していた。

 ムードメーカーがいてこそ機能する話だった。

 中心になった『姫君』が、基本的に協力体制をごりっごりに初期からゴリ押したので、皆が協力せざるを得ない状況になったのである。


 当の『姫君』は少し考えてから、えへんと胸を張った。

 

「僕はみんなを愛している!それに信じてもいる!!!!」

「三日前に出会ったばっかだろォ〜オレたち〜!」

「愛は時間じゃない!!!わかるね?」


 圧が強い。『僧侶』の少年がちょっと笑った。小柄でフード、小動物みたいな可愛い顔ではにかむ。その横でやばい刺青の『アサシン』がナイフをペロペロした。きたねえ。

 

「……ぼ、ぼくもそうおもいます」 

「ひゃっひゃっひゃ、裏切りの味を知らないあまちゃんどもがよぉ……裏切りの味ってやつを教えてやろうか!ポン酢ぐらい美味い」

「あなた、裏切ろうとして五、六回『戦士』さんに阻止されてましたよね?」

「『騎士』のレディ……」

「おい、もう時間がないんだ、黙れ」


『戦士』が圧をかけたので、皆は黙り込んだ。

 『姫君』は咳払いをした。

 

「僕は皆を心から信じるし、皆が虹は八色だと言うならちょっと一瞬信じるかもしれないくらいには──信頼している!!故に、全員がレバーを下げる、裏切りのない結末を信じている………こんなことを言う僕が信頼できないと言うなら、レバーは3つだけのことだし、僕のことは信用しなくたっていい。僕をレバー担当から外したまえ!僕は付き添いに回ろう!」


 話し合いの結果、『戦士』『騎士』『僧侶』の三人がレバーを下げることになった。

 散々裏切ろうとして失敗しまくっていたアサシンは、『戦士』の付き添いに。

 そして、メンバー最年少で体も小さい『僧侶』に『姫君』が護衛でつくことになった。


「まあ、協力をでかい声で呼びかけるやつは裏切りやすいってェ法則はあるからねェ〜……ごめんな姫さん」

「構わないさ!僕は僧侶の彼がレバーを下げるのを手伝うからね!愛の共同作業というわけだ!おねショタだ」

「あ、ぼく……おねショタとかは……ちょっといいです」


 おねショタ否定派のショタだったらしい。

 姫君はきゃらきゃらと面白そうに笑ってから、こちらを静かに見ている黒髪の『騎士』を振り返る。


「──というわけで、残りの一つは──『騎士』。どうか、頼んだよ!君には監視の目はつかない。僕らの信頼を裏切らないでくれたまえ、君の手に僕らの運命は全て委ねられたも同然!君こそが運命の女神というわけだね!」

「……大袈裟なんですけど」


『騎士』はちょっと肩をすくめてみせた。

『騎士』は今までの戦績を評価されていた。

 彼女であれば、この少女であれば……絶対に一人でもレバーを下げてくれるだろうと皆からの信頼を満場一致で受け──彼らはそれぞれのレバーが置かれている三つの塔へと、空中回廊を渡って解散した。



 しかし。

 信頼というのは、裏切りの兆しが見えるのが常である。

 

 ──『騎士』は。

 一人になった騎士は、胸がイヤな感じに高鳴るのを感じていた。

 少女は俯き、胸の前でぎゅっと拳を握った。黒髪がさらさらと、その綺麗な横顔を隠した。

 

 絶対の信頼を受けた。皆から信頼を託された。けれど。

 

 『騎士』が──……否、騎士というロールを現在割り当てられた少女、デスゲームプレイヤー正義凛が、このゲームに参加したのは、お金が欲しかったからだった。

 彼女には、『お金のために裏切る』という選択肢が、胸の中に少しだけ──ずっと──あった。


 家族が作った借金をなんとかしたかった。病気の父のために母が借りた数千万。

 父が少しずつ治っても、返さなければならないお金はまだそこに雪だるまのように太って残っていた。400万、それだけあっても借金を返し切るには足りない。足りないけれど、足りないけれども、──でも、確実に自由には近くなる。


 騎士のロールをこなしてきた正義凛は、黒髪の少女だった。ボブヘアにカットしたさらさらの髪と、髪につけた青いヘアピンだけが彼女の唯一のおしゃれ。騎士装束はそっけなく、『デコレーション』のないデフォルトの衣装だった。

 彼女は歯を食いしばって目の前のレバーを見た。

 これを下げたら、200万が手にはいる。皆の信頼を裏切らずに済む。

 けれども、これを下げなければ──400万。倍額だ。自由が、近くなる。

 父は病院、母は出て行ってしまったボロ屋で独りで暮らして、借金とりの怖い声に震えて、学校に行くのも嫌だなと思う日々が、遠くなるだろう。暫しの──長めの安寧を得られるだろう。


 凛の口から、はっ、と嫌な息がこぼれた。


 ゴーンゴーン、と遠くで鐘が鳴る。誰かがレバーを下げたのだろう。

 暫しして、また鐘がなる。二回目の鐘。二つ目のレバーが下がったのだろう。

 ──、三回目は、………。


『騎士』は、目を上げた。

 前に、一歩踏み出そうとした。


「おや、よかった」


 不意に声がして、レバーに触れる前に弾かれたように少女は振り返った。

 後ろにピンクフリルの塊が立っていた。いや何度見てもすんごい派手だ、なんだそのヴィクトリア調のドレスと魔法少女を合体させたみたいな衣装は。もし職人に依頼するなら数十〜百万はかかりそうな『デコレーション』の服。

 アニメみたいな縦ロールを颯爽と靡かせて、彼女は言った。


「レバーを下げてくれる気になったのかい?」


『気になったのかい』。

 その言い方から、『騎士』は己の迷いが見透かされていたことを察した。

 

「なんでここに……。あなた、『僧侶』くんに付き添いにいったはずでしょ……」

「君は、独りでレバーを任された時思い詰めた顔をずっとしていたからね。彼についていくふりをして、すぐに引き返して君のところに来たのさ」


 彼女は、自分を。

 疑っていたのだと、『騎士』は思った。

 なんだかとても……心臓のあたりが、嫌な感じにうずいていた。

 信頼に足る人間であることが、彼女のいつものポリシーだから。日常生活では、決して人を裏切るようなことなんてしないから。

 こんな風に、疑われる対象になることが、彼女はとても苦手で──嫌だった。


「──。スキルセット、心理学でも取ってるの?」

「いいや!ただの勘さ」


『姫君』はにこにこと笑った。笑うとなんだかうさぎみたいに口がきゅっとして愛嬌があった。


「君はそれを下げるか迷っている。皆を裏切るか迷っている。そうだね?」

「……。うん」

「報酬がほしいのかい?」

「──そう。……家族のために」

「うんうん、その顔を見ていればわかるとも!」

「……なんでそんな嬉しそうなの?」

「人が悩んでいるところを見るのが趣味なんだ!」

「趣味悪……」


 ちょっと引いた。

 息を吸って、吐く。


「うち、借金があって、……だから、すぐお金が必要なの」


 でも。

 

「……。みんなが託してくれた信頼を、私、裏切りたくない……」


 振り絞るように、『騎士』は言った。


 ……それが、考えた末の、彼女の結論だった。

 

 今の、本当にこのゲームでしか出会わないであろう、人生でもう一度もすれ違わないであろう人たちが数時間でくれた信頼のために。現実の自分の安寧を捨てる。

 それはとても不釣り合いな天秤だけれど、裏切ろうとした瞬間理性と良心がどうしようもなく、悲鳴を上げた。

 彼女は、そういう性格だった。

 少女は、そういう性質だった。


「……」


 ──部屋の中に。

 ぱん、ぱん、ぱん、と。乾いた──掌を撃ち合わせる音が不意に響いた。

 顔を上げると、ドレスの少女が笑いながら拍手をしていた。その笑顔は何故か──本当に何故か心の底から嬉しそうで、騎士装束の少女は顔を顰めた。


「……なに?」

「いいや!──君は素晴らしい人間だよ、本当に!なんて素敵なんだ!」

「ええ……?」


 裏切ろうとして、でもやっぱりやめた。それだけのことで何でこんなに喜ばれているんだ。

 ドレスの少女は舞い踊るような足取りでそばへやってきて、レバーにかけていた片手にそっと自分の手を添えてきた。


 毒の霧が、下から迫ってきて──世界は今にも、沈み込みそうだった。


「──さあ、このレバーを下げようじゃないか!君の真摯と誠実のままに!」

「……言われなくても、そうするつもり」

「──、でも、本当にいいのかい?一瞬だけすれ違った人の信頼をとって、己の現実の苦しさを長引かせても」

「……いい!!」


 少女は言った。言い切った。


「私、皆を裏切るくらいならその方がずっとずっとマシ!!」


 裏切ったら、一生あの時のあのゲームの人たちを裏切ってしまったと己を責めるだろう。

 夢にまで見るかもしれない。正しくないこと、真摯でないこと、誠実でないことは──奇しくも、彼女にとっては、己のアイデンティティを侵すことと同義だった。

 そしてそれは、隣に立っている『姫君』にとって──否、姫君というロールに当てられたプレイヤーにとって、とてもとても、好ましく愛しく重要なことだったのだが……この時は、それは然程重要ではなかった。

 

 騎士の少女は片手に力をぐっと込めた。

 ドレスの少女も一緒にレバーを下げた。

 二人の手がレバーを下げ切った瞬間、がこん、と低い音がして──世界は真っ白な光に包まれた。


 一気の毒の霧が鮮やかな金色の風に散らされ、世界に花吹雪が舞い散った。


 ごーん、ごーん、ごーん、と鐘の音が鳴り響いた。

 

 真っ白な白亜の塔の周りのどんよりとした景色から重苦しさが消し飛び、青空が覗く。日差しがキラキラと、キラキラと、落ちてくる。


 世界が終わりを迎えかけている。

 それを少女たちは悟る。ゲームは、終わりかけている。


 「──そういえば」


 ゲームクリア付近の会話は、『配信』に載らない。それを知っていたので、凛は隣に立つピンクフリル女をちらと見た。


 「……あなたって、なんてハンドルネームなの。今回はロールで呼ぶ型だったから、名前も知らない」


 世にも珍しい全員生還ゲームの生き残り同士、名前くらい聞いておこうと。

 そう思ったことが、この後の全ての縁を作ることを、彼女はまだ知らなかった。


 『姫君』だった少女は、瞳を細めて『騎士』だった少女を見た。


 「ああ、僕は──」


 愛野魔法という。


 そういって、アニメみたいなふわふわのピンクの巻き毛を揺らして、お姫様みたいなフリルのドレスを靡かせて、少女はにっと笑った。まるで子供みたいな、悪戯な少年みたいなきらきらした笑い方だった。


 鮮やかなファンファーレと共に『GAME CLEAR!』の文字が目の前で点滅した。


 

 ──デスゲーム、『6人の勇者と白亜の塔』は、一人の犠牲者も出さずに完結した伝説のゲームになった。


 ーーー


 数日後。

 古き良きが極まる日本家屋の中を掃除していた凛は、ぴこんと腕につけたVR・ARデバイスが音を立てたのをちらと流し目で見てから、──スルーした。

 

 最近、めちゃくちゃメールが来るのである。『六人の勇者と白亜の塔』をコミカライズしたいですとか、ドラマにしたいですとか、映画にしたいですとか、とにかく出演者だった凛にめっっちゃ連絡が来るのだ。まあ確かにあれは良いゲームだったけども。それに対して凛は、全て是の解答をAI任せにして送り返すことにしていた。あのゲームの権利元は自分ではないし、それに出演者として頷いておけば微々たる出演料みたいなものも入る。頷かない理由がなかった。


 凛はそう思いながら、古い日本家屋の窓枠を丁寧に濡れたタオルで拭った。

 

 現実の凛と、ゲーム内の凛は、そんなに見た目が変わらない。黒いボブヘアも一緒だし、飾り気がないのもそうだ。ゲーム内のアバターは無課金なのでデフォルトでできる限り可愛く着飾ってはいるが、現実ともなるとなかなか懐の事情もある。

 おしゃれに見えるのは、腕につけているデバイスくらいだ。ちゃんと制服姿でも可愛く見えるような、パウダーブルーのブレスレット状の端末。これだけはちょっと奮発した。

 

 ウィン、と小さな効果音を立てて端末の上の空中に薄緑や薄水色の半透明のウィンドウが乱立する。その中の『メール』のところに、一通の見知らぬアドレスからの連絡が入っていた。

 ……問い合わせメールではなかった。

 件名が変に気さくだった。『騎士へ』である。ファンからのメール?それともいたずら?と思いながら開く。


『やあ、先日はありがとう。とても楽しいゲームができたよ、正義凛くん!よければ君にこの『アバターデコレーション』を贈りたい。役立ててくれ!』


 差出人は、『愛野魔法』。

 この間のデスゲームで一緒だった、参加者の一人だった。

 凛は胡散臭そうに一瞬メールを見てから、添付ファイルを開いてみた。


 中に入っているものを展開──現実で試着。


 あっという間に今ここにいる自分がふりふりひらっひらのショートパンツにガーターベルトの青色魔法少女みたいな姿になったので、凛は目を剥いた。すんごい衣装だった。オーダーメイドをしたら、数百万は飛びそうな──とんでもない繊細さと、華やかさを持った衣装だった。

 これでゲームに出たら、さぞかし投げ銭が飛び交うに違いない。『デスゲーム』は、今は世界全体の娯楽。そこに出ている見目麗しいアバターを纏ったものは、アイドルもかくやという人気を博す世界なのだから──。

 その服装で暫く呆然とし、それから全身を恐る恐るAR鏡で確かめていると、ふいにリンリンリン……と古めかしい玄関のベルが鳴らされる音がした。


 はあい、と声を出す。


 そこで──扉に鍵をかけていなかったことに気がついた。


 勝手に部屋に人が入ってきた。

 礼儀をどこかへ置いてきたらしい闖入者だった。


「やあ!正義凛くん、邪魔するよ!……おや?僕のあげた服!!現実でもとてもよく似合うね!」


 そこに。


 全身ピンクのフリルの塊が立っていた。

 アニメでしかみられないような縦ロール。ただし色はアバターと違ってちょっとだけ金色だ。青い瞳、外国の血を引いているのだろうか?手にはフリルのついた傘。それにつけられたフリルが全て生クリームなら、人間の胃袋を一瞬で圧殺できそうなほどに量があった。


「あ、えっ?はあ?あなた……えっ?」

「『正義凛』くん──間違いないね?」

「そ、そうだけど……え?愛野……さん?え?」

「とても可愛いよ!僕の見立てはやっぱり間違ってなかったみたいだ!」


 うんうんうん、と嬉しそうにしてから、勝手にピンクのフリルの塊は上がり込んできて凛のそばまでやってきた。嬉しそうに全身を眺め、上から下から見て、きらきらと表情から喜びを撒き散らす。


「──君のことを、僕はずっと探していた!」


 両手をぎゅっと握りしめられて、青い服のフリルだらけの服を着た黒猫のような少女と、きゅっと口の端を持ち上げたらうさぎみたいな愛嬌があるピンクの少女は向かい合った。

 目がきらきらしていた。ゲームの中と、……それは変わらなかった。

 一緒に全員で脱出するんだと、鼓舞していた時と、変わらなかった。


 日本家屋の、のんびりとした日差しに照らされた午後の部屋の中でも、彼女はなんか……強烈にきらきらしていた。


「僕は愛野魔法、──このデスゲーム界隈を、愛と正義と信頼で蹂躙する者だ!」


 きらきらしながらド過激な口上だった。


「凛くん、どうか、僕のパートナーになってくれないか!君しかいないとあの時に思ったんだ!君の今までの参加ゲームも全て見させてもらった、誠実で真摯な精神!そして大体石橋を叩きすぎるせいでショー映えするタイミングでのぎりぎりすぎる決断!」


 褒められているのだろうか?それとも貶されているのか?


「僕は君がとてもとても気に入った!僕はね、『人の死なないデスゲーム』を目指しているんだ──……愛と正義と信頼と勇気で、人が生き残れるということを。その判断で、人間は生きられるんだということを世界に教えたいのさ!その相方として、君を雇いたい!!!月数回のデスゲーム参加で月給制フルフレックス有給ありで!!!なんなら高級マンションも一室ぐらい贈って同棲しようか!?」


 すごい勢いで口説かれて凛はちょっと引いた。

 

「え、こ、こわ……」

「怖くない!僕は理想のためなら金を惜しまないよ!!!」


 最後のパパ活のパパみたいな発言はなんだ。

 

 なにはともあれ、後半の良すぎる条件を、凛は一旦聞き流すことにした。

 彼女のするその演説に、その姿に、何やら見覚えがあることに気がついたからだった。凛は女子高生だ。女子高生であるということは、ある程度SNSを使っていないとクラスの連中に取り残されるということであり、つまり──時事にまあまあ詳しいという事であり──。


 金髪、碧眼の少女。

 生き生きとした、目の輝き。愛と正義と信頼と勇気とデスゲームとかいうちぐはぐな単語。

 どこかで聞いた。どこかで見た。

 確か──VRデスゲームの、記事で。その大手の会社、ハデスがとあるシナリオのせいで炎上したとかいう記事──担当プランナーが退社したといかいう記事だ。

 

「…………」


 凛は問いかけた。


「雇う雇われるの前に聞きたいんだけど、あなた──……もしかして、ハデスの、元デスゲームプランナー……?」


 愛野魔法はちょっと目を見開いたが、胸を張って頷いた。


「その通り。聞いて驚きたまえ、僕は!」


 超人気元デスゲームプランナー、デスゲーム最大手会社『ハデス』の筆頭主力だった女──。


 元・伝説のデスゲームプランナー、愛野魔法さ!


「……そして今は大炎上して退社している!!!」


 彼女が元気よく言ったので、正義凛は黙って厨房に引っ込んだ。


「え!?なんで置いていくんだい!?なんで!?」


 さっきまでこれでもかと自信満々だったのに突然ぴぃぴぃうるさい。小動物みたいな声を出すやつだなと思いながら、凛は奥から烏龍茶を入れたガラスのコップを二つ出してきて、机の上に置いた。

 そして座る。


「……座って。話、しっかり聞いてから判断する」


 ちちち、と小鳥が外で鳴いていた。


 今思い返すなら──愛と正義の物語は、この古びた日本家屋の一室から、どうしようもなく始まったのだ。

 まるで運命のように。

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