第2話 承
セイカさんの生まれ故郷は【陸奥乃村】という場所で、小さな漁村だという。砂浜が美しく、そこで村人たちはよくムツゴロウを捕って食べるそうだ。
陸奥乃村の住民は閉鎖的で、昔から変わった習慣を守っている。それは、葬儀に関するもので彼らは村人の死体を火葬するのではなく、砂浜の近くにある共同墓地へと土葬するのだという。
現在の日本で土葬は禁止されているはずだ。だが、その村では確かに今も土葬の文化が続いているのだ。そして、奇妙なことに埋められた死体はその日のうちに消えてなくなるそうだ。
死体が消えてなくなるとはどういうことか。それを僕はセイカさんに尋ねた。彼女は困ったような顔をして「そのままの意味よ」と答えた。
「私の村で亡くなった人は綺麗に消えてなくなってしまうのよ」
「そりゃあ、土の中に死体があればいつかは分解されるだろうけど、その日のうちには、消えてなくなるわけがない」
「いいえ、消えてなくなるのよ。全て、ムツ様に変わってしまうのよ」
「ムツ様?」
訊き返した僕に彼女は「間抜けな名前でしょう」と言って薄く笑った。
「私の故郷では、砂浜で捕れるムツゴロウのことをムツ様と呼ぶのよ」
「ムツゴロウを?」
「ええ、可笑しいでしょう?」
そう言って彼女は心の底から可笑しそうに笑っていたが、僕には何も可笑しくは感じることができなかった。ひょっとして、僕の方がおかしいのだろうか。
「陸奥乃村の人はね。ずっとムツ様を食べて生きてきた。そうして死んだ村人はムツ様へ姿を変えて、村の人たちが飢えないようにするの。そういうライフサイクルがあの場所では成り立っているのよ」
「なかなか信じるのが難しい話だけれど」
「信じなくてもいいのよ。私は、あなたの意見を聞いてみたかっただけだから」
「信じないとは言ってません」
「ふふ……そうね」
微笑む彼女に、なんだか僕はからかわれているような気持ちになった。しかし、彼女の腕には明らかな異常が起きていて、わざわざ僕のような高校生をからかうために父の元を尋ねたりするようなことはないだろう。なら、僕は彼女の話を信じようと思った。
「……他に、ムツ様について知っていることはあるんですか?」
「知っていること?」
「教えてもらえれば、僕なりに何か意見を出せるかもしれませんから」
彼女はしばらく僕を眺めていた。そのうち彼女は頷き「じゃあ」と言って話を続ける。
「ムツ様を食べたものは、死後、ムツ様に生まれ変わる。それは人間だけじゃないのよ」
「と、いうことは鳥なんかも?」
「ええ、鳥も、他の動物も、ムツ様を食べれば、その死後はムツ様に変わってしまうわ」
「なるほど……それは……」
なんとなく思いついたことがあった。でもそれは、なんだか馬鹿らしい考えのようにも思え、同時に、確定しない情報を口にすべきか迷った。そんな僕の目を見てセイカさんは訊いてくる。
「シン君。何か思いついたことがあるの?」
「いえ……思いついたというか……なんとなく」
「言って。どんな意見でも、私は必要としているから」
「なんとなく、なんとなくですよ。思ったんです」
僕はセイカさんの目を見ながら、なるべく真剣に聞こえるように頑張って話す。
「植物みたいだなって」
その言葉を聞いてセイカさんは驚いている。というよりは頭に疑問が浮かんでいるように見えた。
「植物みたいだって、どういうことかしら?」
「えっとですね」
僕の頭に浮かんだ考えを、なるべく分かりやすく伝えようと、頭の中で組み立ててみる。ううん、上手く伝わるだろうか。
「例えばですね。ある種の植物は美味しい実をつけて、それを動物に食べてもらうじゃないですか。そうして、植物を食べた動物はどこかで排泄をして、その時に種も排出される」
「そうね」
「だから、ええっと……ムツ様も、一時的に人間や動物に食べられて、それがどこかで亡くなると、そのタイミングで外に出て来る。それはなんだか……植物に似てるなって」
と、言ってみたのだが。
「そうかしら、その例えなら、植物よりももっとうまい例えがあるように思えるけど……寄生虫とか」
「僕は……僕なりの考えを言ってみただけです」
「ふふ……そうね」
やはり僕はこのお姉さんにからかわれているのではないだろうか。そう思ってしまう。だが、彼女は嘘を言っている風でもないのだ。僕は昔から、なんとなく、相手が嘘を言っているのかどうかが分かる。一種の才能とでも呼ぶべきかもしれない。
「あなたの話、面白かったわ。何かの参考になるかもしれない」
「何かの参考になると良いですけど」
「そうなって欲しいわね」
それは彼女の切実な思いのように感じられた。
その時、玄関の扉が開く音がした。ほどなくして「ただいま」という声が聞こえてくる。父が帰って来たのだ。
「父が帰ったようです。すぐに案内しますね」
「ありがとう」
その夏、セイカさんは僕の住む寺をよくたずねるようになった。日に日に、少しずつ、穢れが溜まっていくように、汚れていきながら。
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