第15話
店は駅ビルに入っているカフェを適当に三奈が選び、適当にドリンクを注文した。そしてかれこれ十五分ほど金瀬と向かい合って無言のまま座っている。
――なにこれ。
一緒にお茶をしたいというのならば会話くらい振ってくるのが普通だろう。
いや、違う。三奈が疑問に思うべきはそこではない。疑問に思うべきは、なぜ自分はこうして断ることもせず金瀬と一緒にカフェに入っているのかということだ。断ってしまえばそこで終わったはずだ。
そうは思うものの、断れなかった理由にも思い当たる。三奈は金瀬のことを嫌いになるほど知らないのだ。だから断ることができなかった。理由がなかったから。
――理由なんてウソでもなんでも良かったじゃん。
いつもならスラスラと口をついて出てくるウソがさっきの場では出てこなかった。場の空気に流されてしまったのかもしれない。
――わたしらしくない。
三奈は思いながら椅子の背にもたれて「あんたさ」と眉を寄せた。
「はい?」
「さっきからニヤニヤしてキモい」
「……え。あ、すみません」
彼女は謝りながら両手で頬をさする。しかしその緩んだ表情は元には戻らないようだ。彼女はこうして向かい合って座ってからずっと微笑んでいた。嬉しそうに。
「何が楽しいの? ここに来てからまったく会話もしてないけど」
「すみません。初めてだったので、つい」
「初めて? 何が」
「こっちに来てから、誰かとこうしてお茶したりするのが」
「ああ」
それはそうだろう。金瀬には今のところ友達がいないのだから。だから嬉しくてずっとそんな顔をしているのか。
いや、とても納得はできない。
相手が美桜ならわかる。あるいは他の誰かでも、まあ、わかる。しかし今、彼女の目の前に座っているのは他の誰でもない三奈だ。
「わたしじゃなくて他の誰かと来たらもっと楽しかっただろうにね」
しかし、そんな三奈の言葉を彼女は「いえ、それはないです」と即答で否定した。しかも少しだけ身を乗り出して。
「え、なに。怖いんだけど」
「あ。すみません。つい」
そして再びの沈黙。三奈はカフェラテを飲みながら彼女を見つめる。
なにが、つい、なんだろう。今の反応はまるで他の誰でもない、三奈とお茶をしたかったみたいに聞こえる。
――まさかね。
もしそうだったとしても、彼女が学校では三奈以外とまともに会話をしたことがないからという理由だろう。
どうやら彼女には誰かと一緒にこうして遊びに行きたいという思いはあるようだ。以前の学校ではどうだったのだろう。彼女の雰囲気から前の学校でも友達がいたようには思えないが。
考えながら三奈は「前はどこにいたんだっけ?」と口を開いた。
「前?」
「うちに転校してくる前」
「ああ」
彼女が答えたのは隣県にある街だった。さらに学校を聞いてみると三奈でも知っている有名な進学校。入学の難易度はかなり高かったはずだ。
「なんで転校してきたの? こっからでも通えないことはないよね?」
「……親の都合で」
答えた彼女の顔からは一瞬にして表情がなくなっていた。
「ふうん」
ウソなのだろう。
なんとなくわかってしまう。彼女のウソはわかりやすい。いや、彼女のウソはウソではないのかもしれない。ただ本当のことを言わないだけ。三奈のつくウソとは違う。本当のことを言いたいのに言えない。そんな風に思える。こういう性格のことを何というのだっただろう。
三奈は腕を組んで彼女を見つめながら考える。金瀬は居心地悪そうに身体を揺らすと「あの……?」と三奈を見返してきた。
「――あ、そうだ」
天邪鬼だ。本当のこととは逆の態度を取ってしまう天邪鬼。金瀬はきっとそれだ。だから自分の言動に傷ついたような表情をしたりするのだ。自分で望んでウソをついているわけではないから。
「高知さん?」
三奈が何も言わないので金瀬は不安そうに首を傾げる。三奈は「いや、なんでも」とカフェラテを一口飲んだ。金瀬はホッとしたような表情でジュースのグラスに手を伸ばした。
こうしていると普通なのに、どうしてわざと人から距離を置かれるような態度を取るのかわからない。性格がそうだからということもあるだろうが、意識的に他人と距離を置いていることは三奈の目から見ても明らかだ。前の学校で何かあったのか。それともただ極度の人見知りなだけなのか。
「……今日は良い日になりました」
ふいに金瀬はそんなことを口にした。三奈は思わず「は?」と眉を寄せる。
「だって、高知さんと偶然会ってこうしてお茶もできたので」
「学校で友達でもつくればいつでもできるんじゃない?」
「そうかもしれませんね」
そう答えた彼女の口調からはまったく友達を作ろうという意志は感じられない。
「もうすぐ修学旅行あるけど、あんたサボるつもり?」
「え、行きますけど」
「え、マジで?」
「ダメですか?」
「ダメとかじゃないけど、ぼっちで行くのさみしくない? 自由行動とかぜったい一人じゃん」
「……大丈夫です」
彼女はなぜか視線を俯かせながらそう言った。三奈は首を傾げながら「まあ、べつにいいけど」と残っていたカフェラテを飲み干す。
「……あのさ、一つ言っとくけど」
「はい」
金瀬は言って視線を三奈に向ける。さっきまでとは違い、どこか不安そうな表情だ。やっぱりなにか三奈に対して期待していたのかもしれない。
「わたし、ウソつきだから」
金瀬は眉を寄せる。
「だからわたしの言うこと、あんま信用しない方がいいよ。さっきのだってウソかもしれないし」
「さっきの?」
「あんた、わたしに褒められたって思ったみたいだけど違うかもしれないじゃん。だからあんま真に受けない方がいいってこと」
「……ウソつきなんですか?」
「そう。もしかして何か勘違いしてるんじゃないかと思ったから一応言っとく。わたし、たぶんあんたが思ってるほど良い奴じゃないよ」
「そうですか」
彼女は神妙な面持ちで頷くとなぜか微笑んだ。三奈は眉を寄せる。
「なんで笑うの」
「いえ。ありがとうございます」
「いやだから、なんで礼なんていうの? 聞いてた? 人の話」
「はい。やっぱり高知さんは優しい人ですね」
「は?」
今の流れでどうしてそうなるのだ。そういえば前もバス停でそんなことを言っていた。わけがわからない。だが、きっとここで食い下がって聞いても彼女はまたよくわからない返答をしてくるのだろう。
三奈は額に手をあてて「あー、もういいや」と呟いて席を立つ。
「わたし帰るから」
「はい。今日はありがとうございました」
「……別に」
答えながら金瀬に視線を向ける。彼女は嬉しそうに微笑んだままだ。
――見た目は良いのに。
きっと元々綺麗な顔をしているのだろう。しかし学校での彼女を思い出してみるといつも俯いている姿しか思い浮かばない。
「どうしました?」
金瀬が首を傾げる。三奈は「友達、なんで作んないの?」と彼女を見つめながら言った。
「え……」
「ああ、いいや。ごめん。ウザかったね」
「いえ、そんなことは」
「ただ、やっぱぼっちで卒業までってしんどくない?」
「そんなことないですよ。わたしは一人が楽ですから」
「ふうん」
金瀬の目を見ながら三奈は「ま、いいけど」と息を吐いた。
「じゃあね」
「はい」
三奈が席を離れると後ろから「また学校で」と控えめな声が聞こえた。
――ほら、やっぱりウソじゃん。
一人が楽ならそんなこと言わない。一人が楽ならクラスメイトに一緒にお茶をしようなんて言い出さない。
「天邪鬼すぎでしょ……」
呟きながら三奈はため息を吐いて店を出た。
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