第14話
三奈は何も答えず、ただ金瀬を見返す。どう反応するべきだろうか。話しかけられてしまったのだから無視するのはさすがにどうかと思う。しかし気軽に会話をするような相手でもない。会話をしたいとも思わない。
じっと金瀬を見つめていると彼女は「あの……」と気まずそうに視線を俯かせた。
「すみません。つい話しかけてしまって」
「――あんたさ、私服だと別人すぎない?」
彼女の言葉を無視して、気づけばそんな言葉が口から出ていた。金瀬は驚いたように目を見開くと「すみません」となぜか謝った。三奈はため息を吐いて「中身は変わらないみたいだけど」と眉を寄せる。金瀬は何か言おうとしたが、すぐに口を閉じて迷うように視線を泳がせた。
「あんた、この辺りに住んでんの?」
「いえ。今日はちょっと買い物に」
「へえ。買い物の邪魔はしないから。じゃあね」
「あの!」
さっさと別れてしまおう。そう思って三奈が立ち去ろうとすると金瀬は勢いよく口を開いた。三奈は眉を寄せて「なに?」と彼女を見る。
「……えっと、高知さんは今からどこかに?」
「わたしがどこに行こうとあんたには関係ないと思うんだけど」
「それは、そうですね」
彼女は頷きながらなぜかじっと三奈を見てきた。
「……なに」
「いえ。その、高知さんは学校とあまり変わらないですね」
「当たり前でしょ。あんたが変なんだよ」
「それは、そうですね」
彼女は納得したようにさっきと同じ返事をする。三奈は深くため息を吐いた。
――ほんと調子が狂う。
目の前の彼女は学校でも人気が出そうな程よく派手さもある良い感じの見た目をしている。それなのに中身はいつもの学校での彼女のまま。見た目とのギャップから、いつも以上にやりづらさを感じてしまう。しかし――。
「……あんたさ、学校でもそんな感じの方がいいんじゃない?」
「そんな感じ?」
「綺麗にメイクしてんじゃん。服だって良い感じだしさ。そっちのがみんなも接しやすいと思うんだけど。その性格を無視しても普通に人気出そう」
「高知さんみたいに?」
「は?」
「……いえ、すみません。なんでもないです」
「それがなければもっと接しやすいと思うけど。ても、そっか。あんた友達はいらないんだっけ」
三奈が言うと彼女は「――そうですね。わたしは一人がいいです」と無表情に答えた。
「一人なら誰にも迷惑をかけませんし」
しかし、そう言った彼女の目には何かの感情が一瞬だけ見えた気がする。
――ウソで自分が傷つくってバカじゃん。
彼女はすぐにウソをつく。そしてそれが全部自分に返ってきている。自分を守らないウソに何の意味があるのか、三奈にはまったく理解ができない。
「あの、高知さん」
「なに」
つい強い口調で返してしまった。金瀬は「あ、いえ……」と俯いて口を閉ざす。
――言いたいことがあるのなら言えばいいのに。
さらに苛つきが増してしまう。三奈は深くため息を吐くと「じゃ、わたし行くから」と軽く手を振って彼女から離れて改札に向かう。
これ以上は構っていられない。苛つきが増すばかりだ。そう思ったのだが、チラっと振り返るとなぜか金瀬も後ろをついてくる。よく考えたら彼女は駅に来たのだ。だとしたら彼女もまた電車に乗るのではないか。
そう気づいた三奈は改札の直前で立ち止まり、方向転換して駅ビルへと向かう。これで金瀬とは離れられるだろう。そう思ったのだが、後ろから聞こえる靴音に気づき、三奈は何度目ともわからないため息を吐いた。
「あのさぁ」
仕方なく立ち止まって振り返る。金瀬は驚いたのかビクッとして立ち止まった。
「何でついてくるの?」
「お茶でもどうですか」
「は?」
「もし嫌でなければ……。その、わたし奢ります」
「なんで? あんたに奢られる筋合いないんだけど」
「さっき褒めてくれたから」
彼女はそう言って控えめに微笑んだ。三奈は眉を寄せる。
「褒めた? 誰が?」
「高知さん」
「何を?」
「わたしのメイクとか服を」
「あー……」
あれはただ思ったことを言っただけで別に褒めたつもりは一切なかったのだが、彼女にとっては違ったらしい。控えめに、しかし嬉しそうに微笑んでいる。
――そういう反応もできるんじゃん。
今までとは違う金瀬の反応にそんなことを思いながら、三奈は「あれ、別に褒めたつもりないんだけど」と言った。
「え?」
「もしそうだったとしても、それであんたがわたしにお茶を奢るのはおかしくない?」
「……でも嬉しかったからお礼をしたくて。もちろん嫌だったら断ってください。不快に思われたのなら謝りますから」
彼女はそう言って頭を下げた。その様子を通りがかりの人がチラチラと見ていく。
「わざとやってんの? それ」
「え?」
金瀬は目を丸くして顔を上げる。
「うざ」
「すみません」
条件反射のように金瀬は謝って俯いた。そんな彼女の下ろした両手が強く握られている。そして微かに震えているように見える。
――なんなの。
怯えているというわけではないだろう。緊張しているのだろうか。しかし何に対して緊張なんてしているのか。三奈と話すことに今さら緊張するとも思えない。
考えながら視線を周囲に向けると、やはり通りがかりの人たちがこちらをチラ見している。その視線から三奈が金瀬に絡んでいると思われている気がしてならない。
「あー……」
三奈は軽く頭を掻きながら「わかった。わかったから」とため息をはきながら言った。
「いいよ。一杯くらいなら付き合う」
「ほんとですか?」
パッと明るい口調で答えた彼女は学校での彼女とは別人のように表情が明るい。三奈は「ただし」と続けた。
「奢るのはなし。自分の分は自分で払うから」
「え、でもそれじゃお礼にならないですし」
「褒めてないんだからお礼はいらないでしょ」
「でも――」
「いいから、さっさと行くよ」
「あ、はい」
三奈が歩き出すと慌てて金瀬もついてくる。しかし隣に並んでは来ない。彼女は三奈の一歩後ろを近づきすぎず、遠すぎずの距離感でついてきていた。
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