まーぶる
椿屋 蒐
一話完結。
私は充電不足のロボットだ。ギリギリの電力で、使用者の指示に辛うじて従って動いている。そんな彼女が充電、もとい休息を欲するのは必然である。彼女は帰宅後食事を摂り、最低限身体を洗う。どこにそのような充電が残っていたのか、緊急時のバッテリーを駆動させたのか。帰宅後みごとにこれらの充電作業をこなした彼女は既にベッドの中である。暖冬とはいえど暖房なしでは冷たい自室の空気から逃れるように床に就いたのだ。
早く充電しないと。そう思うのに、彼女の体は端子が違う器具を組み合わせたときのようにを布団の温かさを享受できない。体はたしかに温かさを感じるのに、体の内側で再生されるのは"あの日"のコンクリートの冷たさである。彼女は初めて自身の足の肉から直にコンクリートに触れた日のことを思い返していた。"あの日"は月が綺麗だった。そう思って目を開ければ、月の代わりに見えたのは荒れた部屋に浮かぶちっぽけな常夜灯だった。耳からは大好きな曲たちが流れている。しかし彼女に聞こえるのはそれらではなく、部屋に広がっている静けさの音だった。
きもちわるいな。「そこにある」ものと私の内側が混ざり合って、いや決して混ざり合うことのないそれらが私の中で混ぜられているから、こんなにきもちがわるいのだ。ああ、このきもちわるさから逃れたい。ミキサーを停止しなければ。停止、しようか。私はそれを望んでいる。なのに、ああ、どうして私はこの停止ボタンですら押せないのか?
ーーそうだ、私は自分で停止ボタンなんて押せやしないのだ。なぜなら、ーー私の存在が停止ボタンを押させまいとする意思の体現なのだから。
"あの日"私は存在することを望まれた。そうでなければ、今私はここにいない。私自身が私の意思の反証だなんて、なんて皮肉だ。結局はミキサーを回し続けて、電力を使い続けて、充電不足で日々をやり過ごすしかないのである。
いつか充電ができなくなって、ミキサーが止まって、混ぜても混ぜても混ざり合わなかった中身だけが残るときが来るのだろうか。それとも、中身が混ざり合って、出来上がったものを誰かと共に楽しめるときがくるのだろうか。
また馬鹿げたことを、と思い彼女は部屋にある陳腐な月を隠し、目を閉じる。
今日も夜通し、ミキサーは回り続ける。
まーぶる 椿屋 蒐 @Sell_Camellia
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