ネパールの奥地でパツキン女性の夢は見れるか

西 悠貴

人は失敗し、学び、成長する

 今から15年ほど前に定年退職をした上司・A氏の話をしよう。

 あれは500円玉硬貨が誕生した頃の話。

 A氏は10人家族の大黒柱であった。嫁と食べ盛りの子を4人、黄泉の国に片足突っ込みかけている両親に、行き遅れた妹と、子どもが拾ってきた飼い犬を養うと、収支は常に真っ赤っか。「これでは生活が出来ない」と当時の上司に泣きついたところ、丁度、会社の事業が初の海外進出するとのことで、決起隊の隊長として破格の給与と引き換えに海外に単身赴任を打診されたのだ。

 首を縦に振ったが最後、いきなりヒラ社員から所長にカーストアップ。つまり給料は二階級特進どころじゃないワープ。さらに海外に住所を置くことになるので、日本の住民税・所得税は免除……つまり、非課税世帯になり、NHKの受信料やなんやら残された家族の生活も安心!

 良いところ(?)だけ聞くならば希望者が殺到しそうな待遇であるが、全く名乗り出る者が出ず、貧乏くじ扱いだったのはズバリ赴任先にある。


 ネパールの首都・カトマンズのはるか離れたそのまた向こうの一色町を通りになれて、ファム&イーリーですら探検に行くことを拒否してしまいそうなほどの秘境。電話はあっても天候に左右される無線電話か、通話料が目をひんむくほど高い衛星電話。テレビはあるにはあるが、アンテナを伸ばして電波を拾っても映るのは、聞くだけで毒素が発生するローカル演歌のカラオケ大会。

 そもそも国自体の電力が足りないものだから、年がら年中停電中。テレビが付いているだけで、その日の幸運を使い果たしたといっても過言ではない、YUーNOですら恋を歌えなくなるほどのこの世の果て。

 休みの日に街に行って買い物しようにも、商店のある一番近くの街まで山道を車で 2 時間半。商店というと聞こえはいいが、実際には地面にビニールを敷いて、ゴミなのかガラクタなのか判別不能のものを並べてるだけの露天商のバザール。もちろん、道路には外灯などないので、日没後には危なくて走ることができず、もれなく麓の街で一泊を強いられる。最初は物珍しげに街に降りていたが、だんだん億劫になってしまい、結局のところ、自室に引きこもりがちになってしまう。

 

 そんな娯楽もへったくれもないその山奥で、A氏ほか駐在員は何をして休日を過ごすのかというと、だいたい日本から持ってきた本を読み、母国語の飢えを補っていたという。

 そして野郎であれば一番重要な事柄が・・・・・・それは性処理である。

 現地に鉄砲玉として日本から送り出された人員は皆、若手社員。高校生ではないにしろ、周期としては24時間ごとにムラムラくることもある。周囲の村に売春宿もなく、日本から持ってきたエロ本は回し読みしすぎて手垢で真っ黒。紙はカピカピ。もはや、部下の不満が爆発寸前!  助けて!  ドラえもん~! と叫びたくなったときに、それはやってきた。


 同時期にアフリカ・中近東にも進出した我が社は、フランスにも駐在員がいた。彼らは日本に一時帰国するついでに、現場を視察しにきたのだ。泥水をすすって生きる現場の状況を理解している同志として、お土産におフランス製のエロビデオを携えて!

 煤けたパッケージにはパツキンのボインボインのおねえちゃんが惜しげもなく髪を振り乱す姿が、なんと無修正!

 パッケージだけでも一ヶ月は暮らせそうなその差し入れに、皆、万歳三唱。嗚咽をもらし、むせび泣きながら、彼からビデオを拝受し、その晩、さっそく全駐在員が夜中の食堂に集合。上映会をすることとなった。

 ちなみに夜はもちろん停電するので、発電機に貴重な燃料を発電機に投入。少しでも無駄な燃料を使わないように照明はオフ。

 闇の中、テレビの灯りだけを頼りに震える手でビデオデッキにテープを入れ、期待を高ならせながら再生ボタンを押すと、まだ何も始まっていないのに感極まって拍手が沸き起こる。

 耐えがたきを耐え忍び難きを忍ぶ日々の清涼剤。さあパツキン美女がご開帳!

大股開きで……

大股開きが・・・・・

大股開きは・・・・・・

 いつまでたっても開かなかった。

 待てど暮らせど何も映らない。業を煮やして、早送りボタンを押すも、何も映らないまま、テープは終了。

 まさか、これはどっきりカメラの撮影・・・…?

  周囲を見渡すも『ドッキリ大成功』の看板を持った人物はいない。何という無慈悲!

 絶望の淵へと突き落とされた一同。怒りは、携えてきたフランス在駐員の彼に矛先が向くのは当然のこと。まさに打ち首獄門。万死に値する行為。ムラムラが怒りに変わり、もはや奴のクビをとらねば! マジで暴動が起きる五秒前。誰かが学生運動で習得した火炎瓶を作ろうと、コカコーラの空き瓶を漁りだしたとき、機械に詳しいメガネくんが叫んだ。


「このビデオ、『PAL』ですよ!」


 ジーザス・・・・・・!


  いにしえのおっさんであえればもうお分かりだろうが、何こっちゃわからない若造、またパンピーのために超簡単に解説しておくと・・・・・・。

 『PAL』というのは主に欧州を中心に採用されている映像方式。『PAL方式のビデオテープ』は『PAL方式のビデオデッキ』でしか再生できない。

かたや、日本を含むアジア諸国・米国が採用していたのは『NTSC』とされる映像方式。もちろん『NTSC方式のビデオテープ』は『NTSC方式のビデオデッキ』でしか再生できない。

 当然、ネパールはアジアであり、テレビの映像方式は『NTSC』

 つ・ま・り、おフランス製の『PAL方式のエロビデオ』をアジアの『NTSC方式のビデオデッキ』に入れたところで、神の力をもってしても再生できないのである。


 神は、神はなぜ見捨てたもうたのか!

 一同、理由が判明したところで、誰一人、犯罪者も負傷者もでることなく、上映会は中止。その日は涙を飲んで、就寝したという・・・・・・。

 

 その件以降、現場の娯楽室には『PAL』と『NTSC』両方の再生機を用意し、現地駐在員の福利厚生を充実をはかったのはいうまでもない。

 

 また、時代がVHSビデオテープからDVDに移っても、必ず現地予算の中にリージョンフリーのDVDプレイヤーの購入費を潜り込ませ、後任たちに同じ轍を踏ませないように配慮。

 また自身が現場を離れ、本社勤めの管理職になっても、現場に赴き、定期的なオカズ(DVD)を供給しに、全世界の部下たちに安らぎを提供し、厚い信頼を得ていたという。


『人は(エロをみたくて)失敗し、学び、成長する』


 送別会の席で酔っ払ってもないのにそう豪語したA氏は、最終出勤日、後身のためにと、両手に大量のエロDVDを置いて会社を去って行ったのだった。


(終)

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