第30話
どうして、と雷志がまず最初に抱いた感情は疑問だった。
視界には、森の中でもなければ向かってくる
どこかの屋敷だった。そこは広々とした中庭もあって、外観も立派の一言に尽きよう。
その縁側に一組の親子が腰をかけていた。
一人は腰まで届く鮮やかな
片やそんな女性に甘えているのは、幼き子供だった。まだ齢十にも満たないだろう。
(あれは……子供の時の俺だ)
雷志は、幼き日の己を目にするという事態に巻き込まれていた。
これは本来ならば絶対にありえない事象である。
しかし現在、彼の瞳には実際幼き頃の雷志がありありと映っていた。
厳密には、今はもう亡き母――和泉京子の姿まである。
雷志はこれを、走馬灯の類だろうか。そんなことを、ふと考えた。
人は死に際に過去の出来事を振り返るという。
その見え方は様々で、あるものは映画館にぽつんと一人で過去の見ていたという事例もある。
これはおそらく、きっとそういうことなのだろう。
雷志がそう思う傍らで、かつての記憶が静かに再生される。
『ねぇ雷志。どうしていつもお父さんの技ばかり使ってるの?』
『だって、かっこよくないんだもん』
『かっこよくない?』
幼い子供特有の感覚に女性がはて、と小首をひねった。
『だってお父さんは、こう……バババーッって感じで攻めてかっこいいんだもん。だけど、お母さんのはなんだかふわふわって感じがして……なんかやだもん』
『ふわふわ……独特な表現ね――いい? 雷志。たしかにお父さんの技はとってもかっこよくて強いわ。でもね、世の中はただ強いだけじゃ駄目なの』
『どうしてだめなの?』
『今の雷志には難しいと思うけど……行き過ぎた力は時に残酷な結果を生むわ。他者は恐れ、そして自分の心さえも犠牲にしてやがては鬼に落ちる。お母さんの
『誰かを……守るため?』
『そうよ、雷志。人はなにか守るべきものがある時、一番強いの。あなたにもきっと、心から誰かを守りたい……そう強く思えるものができるわ。その時にこそお母さんの彩月流があることを忘れないで』
『う~ん、よくわかんないけど……わかった。じゃあボクがお母さんを守ってあげるよ』
『ふふっ、ありがとう雷志』
雷志はハッとした顔を浮かべた。
再び構える雷志だったが、その動きはひどく緩慢でまるで焦りがない。
もうすぐ接地するというのにも関わらず、雷志は痛く冷静だった。
そして構え自体についても、さっきまでのソレとはまるで異なる。
これまでの雷志の拳が剛であったとすれば、今の彼は対極である柔の構えである。
両手はそっと開かれ、構えそのものもおよそ格闘技らしくない。
事実、その構えはまるで茶道のように湯呑を持つようだ、とこう揶揄された経験があった。
そのためか、彩月流では逆に輸入してこう名称した――
「……ずっと使わなかった」
雷志の独白は、まるで罪を告白する罪人であるかのよう。
「俺には守るべき者は何もなかった。いや、自ら作ろうとさえしなかった」
その動きは非常に滑らかかつ柔らかくて、それでいて隙がまるでない。
「親父の拳の方がかっこよくて、それでいて俺の性に合ってた。目の前の敵をただ倒す、これに特化した技はないと」
受け流し、それと同時に転じた雷志の反撃が
明らかにさっきまでとは異なっていて、雷志の攻撃が効いている。
「だが、ようやく今……母さんがあの時言った言葉の意味が、ようやく理解することができた気がする」
怒涛のラッシュが雷志へと強襲する。
だが、彼はそれに怯む様子もなくすべてを受け流し、逆に反撃を的確に加えていく。
もちろん、彼の戦法は受け流すだけではない。
これまで彼の主力として共にあった
柔と剛、異なる性質を備えた雷志の拳――
和泉家は代々、武術家の娘と結婚するという仕来りがあった。
すべては和泉の血を絶やさぬため、新たな血を取り入れることでより強者となるため。
その過去最高傑作だと謳われたのが、彼――
あれほど苦戦していた戦いも、いよいよ佳境へと入った。
互いに満身創痍であり、特に
今や、ただの塵として消えつつある敵手に雷志は静かに口火を切った。
「――、龍翔。いや、龍翔の思念だけを受け継いだ
「雷志さん……」
「……じゃあな。二度と迷ってくるなよ――でりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
雷志の渾身の正拳突きが、
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