第26話
大型ライブも、いよいよ終盤に入りつつあった。
各期生ごとの企画配信が終われば、いよいよ全員でのダンスと歌が始まる。
ステージでは大人数のタレントが、かわいい衣装をまとい華麗な歌声とダンスを披露する。
その動きは一切の乱れもなく、また歌声は耳にするだけで心を自然と癒す。
コメント欄も合いの手や、絵文字が絶え間なく流れもはや非表示にしなければ肝心の配信が見れないほどだった。
それだけ、このライブを心から楽しんでくれている者達がたくさんいる。
同時接続数100万という膨大な数字を見やり、雷志はふっと静かに笑った。
「……この時代、この世界においてドリームライブプロダクションの力はすごいな。だからこそ、
人の負の感情……
しかし、人の心を陽で満たすことでこれらは未然に防ぐことができる。
ドリームライブプロダクションの活動があってこそなのかもしれない。
彼女らがいなければ、世界はもっと闘争と殺戮で満ちていたのではないか。
そんなことを、ふと脳の片隅にて思う傍らで雷志はライブの様子を静観していた。
スタッフという立場だからこそ、誰よりもより近くで彼女達を見ることができる。
そう言う意味合いとしては、企業のスタッフという業種はなかなか待遇がよいとも言える。
リスナー達からすれば、雷志のいる立ち位置は喉から手が出るぐらいほしいはずだ。
その立ち位置にいながらも、雷志は静観するばかりでとても落ち着いていた。
すごいな、とは月並みな言葉であることは彼も重々理解している。
だが生憎と、下手に着飾る言葉よりも思ったままの言葉の方がより綺麗なのも確かだ。
「……本当にすごいな」
雷志はすこぶる本気で、そうもそりと口にした。
終始最高潮を保つライブだったが、しかし。
何事にも始まりがあれば必ず終わりがやってくるもの。
最後の一曲も何事もなく無事に終了し、カエデを代表として閉会式の挨拶が行われる。
「え~、皆さん。今回のライブは楽しんでいただけましたでしょうか~? これからも私達、ドリームライブプロダクションは皆さんに楽しい時間を提供できるよう、誠心誠意をもって頑張っていきたいと思いますので、これからもぜひ! カエデのことを推してくれるとうれしいなぁ!」
たちまち、さりげなく自分を宣伝するなというツッコミの声があちこちで上がった。
もっとも、その抗議の様子でさえも大変
とにもかくにも、無事にライブが終わった。
閉会式も終わろうとした――ステージ内に響き渡るその轟音は突然極まりないものだった。
「な、なに……!?」
「あれは……!」
天井を突き破り、大量の砂煙を巻き上げる張本人がゆらりと立ち上がる。
それはヒトの形をした怪物だった。
おどろおどろしい姿は異形という言葉を除いて、相応しいものはなく。
紅い瞳をぎらぎらと不気味に輝かせ、荒々しい呼気はさながら猛獣のよう。
この不測すぎる事態には、その手のプロであるカエデでさえもぎょっと目を丸くする始末である。
ステージ内は瞬く間に騒然と化し、しかしカメラを回すその姿勢はさしもの雷志も驚愕してしまう。
もはやあれは一種の職業病だ、などと思いつつも雷志は
タレント達の身の安全を確保するのも、スタッフとして大事な役目だ。
例え、カエデのような力ある者であろうと例外に漏れることはない。
71歳であろうと、雷志からすればまだまだ多感な年頃の少女にすぎないのだから。
とは言え――彼のその真意は、己が欲を満たすためである。
(ようやく出会えたぞ、
雷志は不敵な笑みを一つ浮かべると、拳を静かに構えた。
ここ最近の雷志は、いつも退屈を憶えていた。
特にライブの準備があまりに多忙すぎることも相まって、ストリートファイトさえも満足にできていない。
そう言う意味として、この予期せぬ乱入は雷志に新鮮な刺激と化した。
「お前達は先に逃げろ。ここは俺がなんとかする」
「で、でも……!」
「自分達の立場を弁えろ。こういう荒事は、俺の出番だ」
雷志は地を蹴った。
敵の実力が未知数である以上、近付くのは得策ではない。
普通の人間ならば、そう判断して距離を取って戦うだろうが雷志は違う。
いかなる策を用いられようとも、そのすべてをことごとく拳で破壊するまで。
これまでもずっとそうしてきたように、彼がするべきことは変わらない。
力強い踏み込みはステージの床を踏み抜き、そこから繰り出された正拳突きが
並大抵の相手ならば、今の一撃で勝敗が決していただろう。
一撃必殺を文字通り体現した彼のパンチは、凄まじい破壊力を有する。
しかし、相手は
しっかりとクロスガードで防御した挙句、その衝撃を利用して後方へとふわりと飛んだ。
逃がすまい、と雷志は更なる追撃ちを仕掛けた。
(……なんだ、こいつは?)
戦いの最中、雷志の胸中に浮かんだ感情は疑問……そして、得体の知れぬ懐かしさだった。
いうまでもなく、雷志は目前にいる
今日はじめて顔を合わせ、拳を交える。
だからこそ懐古の情を抱くというのは、これはありえないのだ。
しかし雷志はどうしても、気のせいである、と断言できずにいた。
自分は、何故かこの
「――、駄目もとで一つ尋ねる。お前は、何者だ?」
雷志のこの問い掛けに、
案の定と言える反応に雷志は鼻で一笑に伏した。
(まぁ、こうなることはわかっていたがな)
殺戮と破壊……本能がままに人を襲う怪物、それが彼らである。
そのような相手にコミュニケーションなど成り立つはずもなし。
強いて言うなれば、唯一の方法は互いの拳を交えるのみだろう。
両者の拳が幾度となく交差する。
拳が交わる度に青紫の稲妻がはげしくほとばしり、鋭く重々しい音が奏でられれば、その余波で周囲の空気がびりびりと震撼する。
彼らの周囲には、小規模を嵐が生じているような状況である。
室内という限定された空間に突如として発生した自然災害に誰も立ち向かえるものはおらず。
ただ遠巻きから両者が激しく戦う様を、静観することしかできずにいた。
(こいつ、やはりどこかで……!)
拳を交える中で、雷志の胸中にあった疑問はやがて確信へと変わりつつあった。
はじめて、ではない。
自分はこの敵手について知っている。
だが、肝心の記憶は霞がかかったようにひどく朧気だ。
今の雷志の心境は、例えるならば魚の小骨が喉に引っかかったような感覚。
後少しで何か、大事なことを思い出せそうな気がする。
その答えを得るためはやはり、こうして
電光石火のごときその歩法は、縮地という。
究極の歩法である縮地は、極めれば千里離れていようとたった一歩で到達できるという。
あくまでもこれは伝説であって、実際にそれだけの偉業を成した武術家を、雷志は知らない。
だが、稲妻のごとき迅速さで間合いへと肉薄する。
これが相手にとってどれだけ脅威であるかは明白だ。
「疾ッ!」
天穿つほどのジャンピングアッパーカットが
彼ほどの実力者が繰り出す一撃は、顎を打ち抜くだけに留まらない。
肉体を宙に浮かせるというとんでもない偉業を雷志はあっさりとやってみせた。
そこに追撃の跳び蹴りが、深々と水月に突き刺さる。
ゲームや創作物であれば、技名はその者の心を魅了するのに必要な要素だろう。
特に叫びながら繰り出せば尚よし。
しかしそれはあくまでも創作物の中だからであって、現実でいちいち叫ぶような輩は実在しない。
強いて言うのであれば、雷志がかつて拳を交えた相手の中に該当する者が一人だけいた。
格闘ゲームの世界に魅了された、という理由だけで強者となった恐るべきその男はいわゆるオタクである。
先程の技名も、そのオタクがつけた代物だった。
「どうだ!」
数多の敵を、雷志はその手で倒してきた。
どれだけ強者であろうと、苦戦を強いられようと、果ては生死の境を彷徨おうとも。
いずれも等しく、彼は勝利を我が物にしてきた。
それが
マジか、と雷志は不敵な笑みを浮かべつつもその頬に一筋の冷や汗を流した。
「今のを受けて、けろりとするか……やはり、お前達は真の怪物だな」
ダメージは確かにあった。
最初に対峙した時となんら変わらぬ様子のまま、今度は雷志へと攻撃を仕掛けた。
とん、と軽やかに跳躍しただけで彼は雷志よりも頭上3mの地点にいた。
驚くべきは圧倒的その滞空時間である。
重力に抗い、ふわりと羽のように軽やかに跳躍した
彼が地上へと再び降り立つまでに、12回もの蹴りが雷志へと強襲した。
「なっ……そんな、馬鹿な」
雷志の脳内で、一つの記憶が爆発的に蘇る。
(覚えがあって当然だ。こいつは……!)
それは決して忘れてはならない相手だった。
彼が拳を交えたのはもうずっと前のことで、その時は雷志の圧勝で終わっている。
またお互いに強くなり、そしていつか再戦しよう。
彼らが交わした誓いは、ついぞ叶うことはなかった。
それが2000年以上もの時を越えて、一巡した世界にてついに果たされた。
「まさか……龍翔、なのか?」
雷志の問い掛けに、
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