第25話

 わずかな時間でありながらも、三名の料理はきちんと完成した状態で食卓に並んでいる。

 手際の良さはもちろん、食欲をそそる見た目は正しく完ぺきだった。

 さて、いよいよ肝心の味見へと移る雷志だったが、ここでカエデが不意に口火を切った。

「雷志さん、カエデがあーんしてあげますね!」

「いや、いらない。自分で食べるからいいぞ」

「なんでじゃい! カエデのあーんやぞ!?」

「馬鹿なこと言ってないで、味の審査をさせてもらってもいいか?」

 頬をムッと膨らませて不満をこれでもかと露わにするカエデを他所に、雷志は改めて三者の料理を見やった。

(カエデは焼きそば……フウカは肉じゃが……そしてアカネはハンバーグか)

 見た目、匂いは三人ともまったくの互角。

 文句の付け所が一切なく、雷志はいよいよ味の方を見ることにした。

 一口ずつ、ゆっくりと咀嚼しては嚥下する。

 それをしばらく繰り返していき、しばらくして雷志は静かに吐息をもらした。

 結論は、思いの他あっさりと出た。

「――、はい。それではすべての料理を試食したということで、雷志さん。今回のお料理対決、一番おいしかったのは誰ですか!?」

「――、フウカだ」

「えっ!? ウチ!? やったぁぁぁぁぁ! やったと風民ふうみんのみんなぁぁぁぁ!」

「な、ななな……なあんですとぉ―ー!!」

「異議あり! 某は異議を申し立てるぞ!」

「なんと、雷志さんあっさりとフウカさんの料理を選ばれました! やはり、決め手はなんだったんでしょうか!?」

「……確かに三人ともおいしかった。カエデの焼きそばも、アカネのハンバーグもな」

「じゃあ……!」

「それでも俺がフウカの肉じゃがを選んだのは、そうだな……強いて言うなら懐かしい味がしたからだろう」

 奇しくもフウカの肉じゃがは、雷志の脳裏の奥底にある記憶をたちまち呼び覚ました。

 いったいなぜ、こんなにも暖かい過去を自分は忘れてしまっていたのだろう。

 そう自らに問い、叱責する雷志の脳裏には、一人の女性の姿があった。

 その者は太陽のように明るい笑みが特徴的で、誰にでも分け隔てなく接する心優しき人だった。

 今はもう、この世には存在していない。

 遥か昔に、自分だけを残して先に逝ってしまった。

 その時の心境は、果たしてどのようなものだったのだろうか、と雷志はふと自問する。

 結果論にすぎないが、きっと自分はさぞ最悪な親不孝者だ。

「……母さんが作ってくれたような、そんな懐かしい味がした」

「――、ッ。なるほど……いわゆるおふくろの味というやつですね!」

 一瞬の沈黙は、リスナーには気付きもしないだろう。

 大型ライブという大変すばらしい日に、このような話はするものではない。

 事情を知るマコトだからこそ、彼女の表情がわずかにくもった。

 しかし、マコトも入社したばかりの新人ではない。

 不測の事態について、その対処法を彼女は熟知している。

 周囲に察せられぬよう、至って普通に場の流れへと戻す。

 それは正しくプロの業であると断言しても、なんら違和感はなかろう。

「それでは改めて、今回の料理対決は風見フウカさんの勝利です! フウカさん、今のお気持ちをどうぞ!」

「雷志さんの胃袋を管理したいそう思いました」

「フウカさん!?」

「カエデももっとがんばって雷志さんの胃袋を掴みたいと思います」

「某は胃を握ってひねって、それから引っ張れるようにもっとがんばるぞ!」

「カエデさんまで!? っていうかアカネさん、それじゃあ雷志さんが死んじゃいますから!」

 終始ドタバタとした料理対決は、無事に何事もなく幕を下ろした。

 次の企画へゲスト参加するべく、すぐに移動を始める雷志。

 そこにフウカたちがぱたぱたと駆け寄ってきた。

 彼女たちの表情は一様にして、どこか憂いを帯びている。

 何故そんな顔をするのだろうか、と雷志は内心ではて、と小首を軽くひねった。

「どうしたんだ? お前達……」

「雷志さん。ウチがまた肉じゃが作ってあげるから」

「カエデもがんばっておふくろの味、作れるようにしますからお話たくさんしてくださいね?」

「某に任せておけ! きっとライちゃんが喜ぶ料理を作ってやるからな!」

「……いちいち俺に気を遣わなくていい」

 すべてが滅んだ――その事実に、心身共に雷志は未だに実感が湧かなかった。

 だからと言って、くよくよしていたところで事態が好転するはずもなし。

 待っていても道先案内人は現れない。

 ならば結局は、自分の足で立ち、ひたすら可能な限りまで前に進む他ないのだ。

 ここで立ち止まってはいられない。雷志は拳をわずかに握りしめた後で、三人の頭をそっと撫でた。

 各々、撫でる度に指の間をさらりと流れる髪の質感がとても心地良い。

 これはあくまでもセクハラではなく、大人が子供にするいわばスキンシップである。

(今更だが、アイドルにお触りは厳禁だったな……まぁ、こいつらだからいいか)

 軽く撫でた後で、雷志はその場を急いで後にする。

 次の配信までもう残り時間はなく、そして雷志にはこれからも忙しない移動が待っている。

「本当に俺だけ多忙な気がしてきたぞ……!」

 そう口にする雷志だが、彼の口元はわずかに緩んでいた。


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