第24話

 開幕から早々に盛り上がりを見せた雷志は、次の企画でもリスナーから絶大的な支持を得る。

 同時に、一介の新人がこうも求められるとは異常という他ないと、すこぶる本気で思った。

 あくまでもこのライブの目玉はタレント達であって、スタッフではないのだから。

 とはいえ、スタッフの中にもアイドルに転身すれば可能性がある者も決して少なくはない。

 自分なんかよりも、むしろ彼女たちをもっと全面的に出演させるべきではないだろうか。

 そんなことを脳の片隅で思いながら、雷志は意気揚々とした一期生を見やった。

「こんくず~! 第一期生の葛葉カエデでーす! そして!」

「みんなこんぷ~! 風見フウカだよー! さらにさらに!」

「某は今日も最強! 茨木アカネだぞ!」

「――、はい! というわけで今日、このドリプロ10周年記念ライブということで我々は何をしますかというと……お料理対決です!」

「思えばウチらって、そういうの一度もやったことがなかったよね」

「某はどんな企画だろうと最強だから楽勝だぞ! 二人とも某の腕のうまさに恐れおののけー!」

「何おう! カエデだってできるわい!」

 三人によるトークで、リスナーたちの反応は極めて良好である。

 彼女たち自身が口にしたように、これまでの配信において料理配信をしたことが一度もない。

 そのため、リスナーたちが大いに関心を寄せるのは至極当然の反応だと言えよう。

 すでにコメント欄では、誰が一番料理上手であるか、その予測が繰り広げられていた。


――これはカエデちゃんが勝つんじゃね?――

――フウたんが勝つに一票! おまいらも入れろ!――

――アカネ様に決まってんだろ!――

――全員メシマズでwww――


 思いの他、予測は三人ともほぼ均衡を保つ形となった。

 この中で果たして誰が料理がうまいのか。

 リスナーならば胸に期待を膨らませて楽しむだろうが、背後から見守る雷志の表情はどこか険しい。

 彼女たちは一様に料理がうまい……その事実を誰よりも先に知る彼だからこそ、彼はひどく頭を悩ませた。

(こんなことなら、俺も作る側に回りたかった……)

 今回、雷志がゲストとして招かれたのは審査員という重要な役目を担うためだった。

 結局のところ、見た目こそ甲乙つけがたいと前回は判定したものの。今回は味も重要な審査要素となる。

 見た目があぁもおいしそうだったのだから、きっと味だっていいに決まっている。

 そう確信があるからこそ、誰か一人だけを選ばねばならないという現実に雷志はほとほと参っていた。

 誰か選ぼうものならば、確実に争いへと発展する。

 しかし引き分けと判定した場合、せっかくの大舞台が一気に盛り下がってしまう恐れがある。

 ドリームライブプロダクション創立10周年という大変めでたい今日という日。

 さしもの雷志も、己のせいですべてが台無しになるのだけは是が非でも回避したい。

(やるしかないのか……!)

 雷志は覚悟を決めた。

 例えどのような結果となろうとも、すべて受け止める。

 それほどの気概をもって、雷志はこの企画へと挑んだ。

 たかが誰の料理が上手であるかを決めるだけなのに、彼の面持ちはさながら試合に挑むかのよう。

 その闘気に満ちた彼からは近寄りがたい雰囲気をひしひしと発して、更に青紫の稲妻までもがばちばちと激しく放電する。

 そうして審査員席についた雷志の目前で、三人は己の腕を思う存分に振るう。

「――、さぁて始まりました! 第一回一期生による料理対決! 三人とも家事うので前はかなりのものだ、とこう豪語していますが果たしてどうなんでしょうか? 解説の雷志さん」

 いつの間にか、マコトが隣に座っていた。

 マイク片手に熱の入った実況をする彼女に、雷志も思わず怪訝な眼差しを送る。

(というか、この人はいつの間に俺の隣にいたんだ……?)

 雷志ははて、と小首をひねった。

 音もなく、気配さえ感じさせない。

 彼女の方こそがアラヒトガミの類なのではないだろうか。

 雷志がそう訝し気に見やる横で、マコトの実況は更にヒートアップしていく。

「おっと、カエデ選手ここでニンジンを手に取った! それをピーラーで早速剥いてい……ってあぁ! な、なんとキス! ニンジンに向かってそっと甘く優しいキスをしたぁぁぁぁぁ! これは世の男達もメロメロか!? いかがでしょう雷志さん!」

「衛生面的に言えばあまりよろしくないな。まぁ、しっかりと水で洗ってピーラーで剥けば大丈夫だろう」

「なんでじゃ! カエデのキッスやぞ! 少しは照れたりしてくださいよ!」

「雷志さん相手がアイドルであろうとなかろうと一切の容赦なし! これにはさすがの私もびっくりです!」

 あっけらかんと事実を述べた雷志だったが、当の本人に悪びれた様子はまったくない。

 何故ならば事実を口にしただけだ、と彼自身がこう思っていた。

 他者にふるまうのだから、衛生面に気遣うのは至極当然の配慮だと断言できよう。

 例えそれがアイドルによるものであったとしても、その程度で雷志はなびく男ではない。

 しかしせっかくのサービスをしたカエデは、そんな雷志をじろりと睨んだ。

 鋭い眼光を向ける彼女だが、頬をムッと膨らませてはせっかくの怒りも半減してしまう。

 そうなれば当然、雷志がひるむわけもなく。涼しい顔のまま、残る二人に視線をやった。

「おおっと、こちらフウカ選手! 見事な手さばきで調理していく! これは……肉じゃがでしょうか?」

「肉じゃがと言ったら、古代から存在した伝統料理! はじめてこのレシピを作った時、ウチすっごく衝撃だったもん。だからそれを雷志さんにも食べてほしいなって……」

「なんという健気さ! さすがはお嫁に欲しいアイドルナンバー1保持者! こうして世の健全な男子たちは彼女に魅了されていくのでしょう! どう思いますか雷志さん! ちなみに雷志さんの好きな異性のタイプはどんな感じなんですか?」

「フウカは確かに手際がいいな、それは素人の俺から見てもよくわかる。あと……その質問は絶対に今答えないとだめなのか?」

「もちろんです」

 あっけらかんと答えたマコト。

 対する雷志は、それを盛大な溜息で返した。

 それはさておき。

(好きな異性のタイプについて、か……)

 この手の質問について、雷志はこれまでにも数多く受けた経験があった。

 格闘大会の世界チャンピオンになった男を、もっとよく知りたい。

 そう思う輩は決して少なくはなく、特に女性達からの支持率が異様なぐらい彼は高かった。

 とはいえ、肝心な質問について雷志はまじめに回答をしたことがない。

 決して彼がふざけているわけではなく、いざ尋ねられてもいまいちピンとこなかった。

「……特にこれといってないな。俺自身、どんな女性が好きなのかよくわかっていないというか」

「意外ですね。雷志さんって結構モテそうなイメージがあったんですけど」

「いや、特にそんなことはなかったぞ?」

 マコトの言い分について、雷志があっさりと否定した。

(あれをモテていた、とは言えないだろうな……)

 雷志の周囲にはいつも女性がいた。

 いたというだけであって、別段なにか進展があるわけでもなし。

 ただ、そこにいるだけ。

 今となっても、結局彼女たちが何をしたかったのか。雷志もよくわかっていなかった。

「――、ねぇちょっとぉ! 某のこともちゃんとレポートしてよぉぉぉぉ!」

「あ、忘れていました。それでは、改めて――こほん。アカネ選手、鬼ならではの怪力をふんだんに使って食材を見事に粉砕していく! そのあまりにも大胆、豪快すぎる作り方でいったいどんな料理が仕上がるのでしょうか!?」

「とりあえず、手をちゃんと洗っているのなら特に俺からいうことはなにもないな」

「ちょっと! 某の手が汚いっていうの!?」

「料理を作る以上清潔を保つのは常識だろう」

 異を唱えるアカネに、雷志は言及した。

 一部の人間にとっては、大変すばらしいご褒美となろう。

 例えそれで食中毒を起こしたとしても、彼らならば喜んでそれさえも受けいれよう。

 あいにくと、雷志にそのような趣味嗜好は一切ない。

 口にするのだから、清潔にしてほしいと願うのは人間として当然の感情だった。


――スタッフさんアイドルを前にしてもこのメンタル……すごい漢だ――

――ドリプロで働くスタッフはこうじゃないとだめなのか……――

――俺だったら汚れててもうれしいけどね――

――というか、俺がアカネ様の手をぺろぺろするわwww――


 コメント欄も相変わらずの賑わいようである。

 そうこうしている内に、制限時間が訪れた



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