第22話
ライブの準備が着々と進められる中で、雷志もまた忙しなく事務所内を徘徊する。
相変わらずやるべき業務は多く、中でも特に忙しいのは各タレントの下へ行き最終打ち合わせだった。
雷志は、各タレントの配信すべてに参加するという異例の状況にある。
あくまでも彼の役職は一介のスタッフにすぎないのだが、もはや準レギュラーといっても過言ではない。
自分一人が抜けたところで業務が滞る、などという慢心を雷志は抱いていない。
ここには歴戦の猛者たちが揃っている。特にマコトの存在は極めて重要だ。
彼女が在籍する限り、ドリームライブプロダクションが崩れることは決してないだろう。
そんなことさえも思えてしまうぐらい、雷志はマコトを強く信頼していた。
だからこそ――別に配信にいっても問題ない、とこうもあっさりと言われた際には思わず肩をがくり落としてしまったが。
とにもかくにも、配信として出る以上はそれ相応の責任がある。
下手な発言はもちろん、行動さえも細心の注意を払わねばならない。
どうして自分がここまでしなければならないのだろう、と雷志はすこぶる本気でそう思った。
各期生との打ち合わせも順調に進み、いよいよ第一期生との打ち合わせとなったその時である。
「――、ん?」
不意にそれは、雷志の心をひどくざわめかせた。
(なんだ、この異様なまでの禍々しい気は……)
事務所内という、比較的平穏な場所にはあまりにもその邪気は不相応極まりなく。
周囲を一瞥する雷志であったが、怪しい人物は特になし。
他のスタッフも、この邪気にまったく気付いていないのか。いつもと変わらない様子ですごしている。
(俺の気のせい……なのか?)
はて、と小首をひねりながら雷志は先を急いだ。
ライブが始まろうとしている現在は、1秒であろうとも時間を無駄にはできない。
「――、すまない。少し遅れてしまった」
「あ、雷志さんお疲れ様です!」
「ウチらも今、レッスンが終わったところなんで大丈夫ですよ」
「おーそーいーよーライちゃん! 某ずっと待ってたんだからなぁ」
「……とりあえず、次のライブについての最終打ち合わせをするぞ」
トレーニングウェア姿のカエデ達と共に、雷志は打ち合わせに入る。
彼女達――【
そのため、調理器具や材料などが当然必要不可欠となる。
加えて調理時間も考慮しなければ、後がつっかえる恐れが非常に高い。
それだけのリスクがあることを一番最初にするのだから、綿密な打ち合わせは必須である。
あまり凝ったものではなく、あっという間に作れる料理が主軸となるであろう。
そう思いつつ、話し合いの場で持っていく雷志にフウカがふっと、口を開いた。
「――、そう言えば雷志さん。雷志さんは何をするか決まったんですか?」
「何をだ?」
「え? だって今回のライブ、司会進行はまこっちゃんだけど。一番最初に行うのは雷志さんですよ?」
「…………」
そのような話は何一つ聞いていないのだが、と雷志はほとほと呆れた。
「俺が一番最初だと?」
「うん、そだよ。まこっちゃんもその方が盛り上がるだろうしって」
「……一度あの人ともきちんと話し合った方がよさそうだな」
「あはは……。でも、雷志さん本当にどうするんですか? もうあんまり時間内ですよ?」
「そう、だな……」
ライブまでもう残り一カ月もない。
その短い期間の間でリハーサル、機材のチェックなどやるべきことは多々ある。
そこから自分だけの時間を割いて、何をすべきか考えなければならなくなったのだ。
幸いなことに、雷志の脳裏にはそれなりのネタがあった。
もはや需要があるかどうかはさておき、やるということに関しては問題はない。
「――、俺ができることと言えば。せいぜいが演武か、あるいは岩砕きぐらいだが……」
「いやいやいやいや、十分凄い特技があるじゃないですか!」
「それ、インパクトありすぎるんですけど……」
「えー! 某見たい見たーい!」
「……それじゃあ、それでいいか」
あっさりと演目も決まり、その後の打ち合わせも滞ることなくすんなりと終わった。
ひとまず、これですべての企画案は大丈夫だろう。
ホッと安堵の息を吐いたのも束の間。雷志は休むことなく、次の行動に移った。
彼が向かった先は事務所内にある裁縫室だった。
ドリームライブプロダクションには、専属の衣装作成を担当するスタッフがいる。
すでに次回のライブ用の衣装も手掛けており、手持ち無沙汰にしていたのを雷志はふと思い出したのだ。
とは言え、雷志はそのスタッフに依頼することに若干のためらいがあった。
(事務所内だから無料で引き受けてくれるだろうが……)
彼は悪い人間ではない、むしろ模倣すべきぐらいよくできた人間だった。
誰にでも優しく気配りができる、そのような人物のいったいどこにためらいを抱くのか。
何も知らない人間であれば、こう思っても致し方なかろう。
「――、すまない。一つ頼みたいことがあるんだがいいだろうか」
「あんら雷志ちゃん。どうしたの?」
「……手間をかけさせてすまないが、アンタの腕が一番頼りになると思ってここにきた――次のライブに向けて、俺の衣装も作ってほしい」
「あらいいじゃない! 雷志ちゃん、かわいいだけじゃなくてすっごくかっこいいし、すんごいの作ってあげる」
「あ、あぁ。助かるよ。だけど今回はこんな風にしてほしんだ……」
彼――福嶋ハリオは、とにもかくにもかわいさをとことん追求する男だった。
かわいいを追求する、その熱い心意気はこれまでにもタレント達に大きく貢献した。
誰の目からしてもかわいい衣装だ、とそう口にさせるのだから彼の腕前は確かだろう。
ただし、かわいさをまったく要求しない者にとっては地獄としか言いようがない。
わざわざ、釘を刺しておいたにも関わらずいざ仕上がってみればやはりかわいさが滲み出る。
今回、雷志が発注依頼する衣装も正しくそうで、だからこそこの男に頼むことに一抹の不安がどうしても拭えずにいた。
「ハリオ、知っているだろうが俺も今回の大型ライブに何故か出演することになった」
「もちろん知ってるわよぉ。雷志ちゃん、まだ新人スタッフさんなのにすんごい人気っぷりね。あたしも雷志ちゃんのファンクラブ、入ってるわよ」
「ファンクラブ? そんなものがあるのか?」
「あら知らないの? もう10000人以上もいるぐらいなんだから。そこで上がってくる雷志ちゃんのファイト姿、正に雷神の名に相応しいぐらいに痺れちゃうわねぇ」
「……いつの間にそんなものが――それよりも、今回俺がお願いしたいのはこれなんだが」
「あら? これって、もしかして道着?」
「あぁ、俺のベースとなっている武術の道着だ。その道着をモチーフにした衣装……どう言えばいいか難しいが、要するにこれで外を出歩いたとしても違和感がないようにというか。洋服としても着れるようにというか……」
「なるほどなるほど。雷志ちゃん、見た目はすんごくいいのに、恰好は結構地味だからねぇ」
「それは……まぁ、認める」
雷志の衣服のセンスは、お世辞にもあまりいいとは言い難い。
服は着れさえすれば特に問題はない、が彼の基本スタンスでそのためジャージ姿でいることがほとんど多い。
以前にもアカネからも「ライちゃんも新しい服買ったら?」と、こう言われてしまう始末であった。
(でも、これと言ってほしいと思える服がないんだが……)
その点、個性的なハリオならばきっとよい服を仕上げてくれるに違いない。
雷志が手渡した資料をまじまじと見やり、早速ぶつぶつと呪詛のように呟き始めるハリオ。
一見すれば不気味な光景だが、彼がイメージを膨らませている際の行動だと知っていれば差して怖くはない。
ほどなくして、ハリオが大きな柏手を一つした。どうやらイメージが彼の脳裏でまとまったらしい。
「オッケーよ! まかせて雷志ちゃん。今すっごくいいイメージが浮かんだから!」
「そ、そうか。よろしく頼む……。あくまでも、武道家として相応しいやつで頼む。かわいさは特に求めてないからな?」
「そこは任せてちょうだいよ。腕によりをかけて雷志ちゃんをよりかっこよく、そしてかわいくする衣装作ってあげるわね」
「いや、だからかわいさは本当にいらないんだ」
一抹の不安を拭えぬまま、しかしひとまず問題は解決できたとして雷志は事務所を後にする。
スタッフとしての仕事はもちろんあるが、演者としても彼は表舞台に立たなければならない。
そのための練習を……もとい、トレーニングを雷志もする必要があった。
もっとも、彼がするのはダンスや歌の練習などではない。それはタレント達がすべきことだ。
(とりあえず、身体を動かしておくか……。それと、後で岩石もなんとかして用意しないと)
事務所のすぐ隣にあるちょっとした森の中で、雷志は静かに拳を構えた。
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