第21話
どこもかしこも、頻度に差はあれど必ずと言っていいほど
そして一様に出演することが確定している――言うまでもなく、雷志は一度として受諾した記憶はない。
「……とりあえず、一度報告だけは入れておくか」
雷志がこれを異常事態であると捉えるのは至極当然で、未だ明かり灯る事務所にすぐさま雷志が急行した先は社長室だった。
「社長、少し話したいことがある」
「雷志さん。どうかされましたか?」
「緊急事態だ。全員じゃないが、所属しているタレントが自分の配信で次回のライブに俺も出るように風潮している」
「そんなことが?」
「どうする社長。このままだと、最悪炎上騒ぎにもなりかねないぞ」
「う~ん……」
一介のスタッフがタレント達と同じように表舞台に立つ。
あまりよろしくはないが、節度さえ保てば辛うじてそれも許されよう。
あくまでも主役はタレント達であって、裏方ではないのだ。
しかし雷志が危惧したのは、女ばかりの舞台に男が一人紛れ込む。
この事実についてだけがどうしても、とんでもない火種となるのではないかと雷志は危惧していた。
配信にはいろんなリスナーがくる。善良なる者はもちろん、今日はじめてやってくる者も然り。
そうした中に迷惑に部類される輩たちがいる――俗に言うガチ恋勢だ。
決して成就せぬ恋であることをすっかり忘れ、あたかも恋人のように振舞う。
これがこじれることでストーカーや、果ては殺人といった事件にもなりかねないのだ。
雷志の本来の仕事は、そうした輩からタレントを守ることにあった。
勘違いし襲ってきた不届き者を徹底的に叩きのめす。
自分にぴったりな仕事と最初こそ意気込んでいたものの、では実際の活動はどうなのかとなると実はまだ一度としてまっとうしたことがない。
単純に現場に居合わせなかったからではなく、襲おうとする輩がまるで現れないのだ。
これには長年、頭をずっと悩ませていたタイゾウでさえも小首をひねるほどの事態であった。
『――、これはあくまでも憶測の域を脱しませんけど。雷志さんに勝てないとわかったからじゃないでしょうか?』
かつて、タイゾウがそう口にしたことがある。
雷志がストリートファイトしている動画は、今や数多く存在する。
すでに各地で拡散され、その知名度は一気に爆上がりした。
そんな人物がドリームライブプロダクションのスタッフとして働いているのだ。
今や最強の守護者としても認知されている彼を倒すのは、至難の業と断言できよう。
「――、僕個人の意見を言わせてもらえるのなら。別に構わない、とそう思っていますけどね」
「なんだと?」
タイゾウの言葉は予想外のもので、さしもの雷志も唖然とせざるを得ない。
全タレントの安全を守る責務がある、その立場にありながらあまりにも軽率すぎる発言だ。
(自分で言うのもなんだが、本当にわかっているのか?)
雷志がそう怪訝な眼差しを送ると、タイゾウが静かに口を開いた。
相変わらず、彼が示すその表情は柔らかくて優しい。
紡がれる言葉の非常に穏やかなもので、耳にする者の心に不思議と安心感を与える。
「僕は雷志さんだったら大丈夫だ、とそう信じているからですよ」
「それは、いくらなんでも俺のことを買い被りすぎじゃないのか? 俺はまだここにきて半年も経っていない男だぞ?」
「そのわずかな期間で、第一期生の子たちはもうすっかり雷志さんに懐いているじゃないですか」
「それはたまたまだと思うが……」
「たまたまで、自分からコラボに誘ったりするでしょうか?」
タイゾウにそう言われて、雷志は反論できずにいた。
彼の言い分については、一理ある。
真に信頼をおける、とそう判断したからこそ新入りであるにも関わらずコラボに誘った。
でなければ、今頃はあぁして共にゲームをしたりすることもきっとなかっただろう。
「俺自身としては、別段何かをやったつもりはないんだがな……」
「そうでしょうか? 他のスタッフも言っていましたけど、さりげない気配りとかきちんとできているし、それに声も聞いていて落ち着くって評判なんですよ?」
「そうなのか? 自分じゃ、よくわからないな」
「自分と他人とでは聞こえ方も違いますからね。それに、ほら。事務所当てにいっぱいお便りがきていますよ」
「誰へのお便りだ?」
「もちろん、すべて雷志さんですよ」
「なんだって?」
ドリームライブプロダクションにはいつも、数多くのお便りがくる。
律義に手書きで、果ては手作りとリスナーからの支持率は極めて高い。
これまでの傾向ならばタレントへの向けたものだったが、つい最近になって新たな流れが生じた。
その流れというのが雷志であり、数多くの女性ファンが現れるようになった。
今でも彼専用の配信はないのか、という希望の声が多々上がる始末である。
それらの証拠を目の当たりにした雷志は、開いた口が塞がらなかった。
よもや自分にファンができるなど、思っていなかったのだから当然の反応だった。
「――、これは……本当にすべて俺宛てなのか?」
「そうですよ。だから実は――雷志さんには黙っていたんですけど、ドリームライブプロダクションにも男性を中心としたグループを作ろうかなと思ってまして」
「男性中心だと?」
「えぇ。だからその第一人者として雷志さんが適任ではないかなぁと」
「おいおい、それは勘弁してくれ。社長の命令だから俺はアンタの指示に従う必要があるだろうが……俺には無理だ」
他者に楽しい時間を提供する、いわゆるエンターテイナーとしての才が自分には微塵もない。
コラボのように誰かと一緒ならばまだどうにかなるかもしれないが、単独でなるとたちまち壊滅的なものになる。
それを当人である雷志が一番よく理解しているからこそ、タイゾウの指示をはっきりと否定した。
「う~ん、僕は絶対に雷志さんならいけると思うんですけどねぇ」
「冗談はよしてくれ。とにかく、俺は配信者ではなく一介のスタッフなんだ。俺自身も今の立場が一番しっくりくる」
「……わかりました。ですが、前向きに検討していただけると嬉しいです」
「検討するまでもないがな……」
社長室を後にした雷志は、そのまま屋上へと向かった。
ひんやりとした夜風に頬をそっと撫でられて、夜景をぼんやりと眺める。
(ここから見える景色が一番好きだな……)
しばらくして、雷志の端末が震え出した。
社用であるので、連絡がくる相手は大抵決まっている。
案の定、画面には大変よく知った相手が表示されていた。
「――、とりあえずちゃんと電話をしてきたことだけは偉いぞ」
《うぅ……ごめんなさい雷志さん。つい調子に乗っちゃったんですぅ》
「まったく……今回の大型ライブはお前達が主役だろう。それなのに俺まで表舞台に引っ張り出す必要がどこにある」
《で、でもでも……でも、カエデは雷志さんともっとその、仲良くなれればいいなって思ったから》
「……今でも十分、いや十分すぎるぐらいだと思っているけどな。何故そこまでして俺と関わろうとするんだ?」
素朴な疑問であった。
数多くのスタッフがいるものの、こうも過度にスタッフと接したタレント達を雷志は今まで目にしたことがない。
仲が決して悪い、というわけではなく。事実、打ち合わせの際のコミュニケーションは流れるようにすらすらと運ばれる。
それらを除いて、タレントとスタッフ……両者が仲良くしているところ雷志は知らない。
自分だけが、何故こうも懐かれるのか。雷志は皆目見当もつかなかった。
程なくして、受話器からカエデの声がぼそぼそと届けられる。
《そんなの……雷志さんともっと仲良くなりたいからに決まってるじゃないですか》
「え?」
《カエデは、これからももっと雷志さんのことを知っていきたいんです!》
「俺のことを、知りたい……?」
《雷志さんは、不思議な人です。一緒にいると楽しいですし、それに胸の辺りもポカポカしてきます。声を聴いていたら自然と安心できて、だからついその、甘えてしまうっていうか……なんていうか》
「…………」
捉え方次第では、カエデの発言はある種告白でもあった。
そのため雷志は、誰かに聞かれていないか周囲を激しく警戒する。
幸いなことに、先のやり取りについて目撃者はぽっかりと浮かぶ月ぐらいなものだった。
「――、とにかく。一度あぁ言ってしまった以上は俺も出ないと駄目だろう。今後こういうことだけはやめてくれ」
《はい……ごめんなさい、雷志さん》
「……次からはきちんと俺に事前に言ってくれ」
《え?》
「もっとも、事前に言っても俺が承諾するかどうかはわからないがな」
通話を終え、雷志は一人ぼんやりと夜空を見やる。
「……いつの時代になっても星空はきれいなのだな」
どこまでも広がる満天の空に、雷志はふと頬を緩めた。
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