第16話

 第一期生による対戦は、熾烈を極めるものだった。

 各々の実力は等しく、なかなか決定打が出せぬまま長時間にも及んだ。

 さすがに尺の都合上、途中でルールが改正されたこともあり順調に進んだ配信もようやく終盤へと入る。

 一時間という短い枠組みの中、そのトリを務めるのが己であるのだから雷志としてもいささか緊張した面持ちだった。

 それ以前に、何故自分が最後なのだろうか。若干の疑問を抱きつつも、専用のコントローラーを身体に装着して雷志は対戦相手をジッと見据える。

「ら、雷志さん! よ、よろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。手加減は無用で頼むぞ」

 勝ち残ったフウカもまた、彼と同様に緊張した面持ちだった。

 対するアカネ、カエデから送られる視線はひどく鋭い。

「うぅ~カエデが雷志さんと対戦したかったのにぃ」

「某納得いかないぞ! ノーカン! ノーカン!」

「往生際が悪い奴らだな……」

「あはは……」

 ぎゃあぎゃあと抗議する二人を他所に、雷志は改めて画面を見やるとその口角をわずかに釣りあげた。

(なんだ……やっぱり、あるんじゃないか)

 『Final Fist』の醍醐味――それこそ、彼が欲し求めた対戦格闘ゲームだった。

 ゲーム内なので、実際にダメージを負うことはなく痛みも感じない。

 比較的安全なゲームでこそあるが、対戦であることにはなんら変わりない。

 最悪の場合、これから一方的に女の子を殴る構図ができてしまうのだ。

 これほど最低最悪なショーも早々にないだろうし、明日から雷志は表に立つこともできなくなる。

「――、それじゃあラストはライさんとフウカ先輩。今回は目玉でもある対戦格闘ッス!」

「いけーフウカ! 雷志さんをボコボコにするんだ!」

「某の分まで頼むぞー!」

「さぁさぁ、それじゃあお二人とも準備はいいッスか!? それじゃあ――スタートッス!」

「…………」

 専用のゴーグルが映すその世界は、さながら世界の終焉が訪れたかのような場所だった。

 ざぁざぁと激しく雨が降りしきり、暗雲に覆われた空では雷鳴が絶えずとどろく。

 最後を飾る舞台として、これほど相応しい場所もなかなかないだろう。

 俄然やる気に満ちた雷志とは裏腹に、フウカは未だにおずおずとしていた。

 その言動はこれから戦う者としては不相応極まりなく、雷志も思わず心配してしまう。

「……大丈夫か? これが嫌なら、他のゲームで勝負をしてもいいんだぞ?」

「だ、大丈夫です! これでもウチ、つ、強いんですから!」

「……そうか」

「うぅ~……し、信じてもらえていない」

「それはまぁ、な……」

 フウカはとても優しい少女だった――71歳であるのは、さておき。

 周囲への気配りがしっかりとできて、またとても家庭的である。

 彼女が差し入れとして持参したクッキーは特に美味で、普段菓子を口にしない雷志でさえも思わず舌鼓を打つレベルだ。

 本来ならば、フウカのような少女にこの手のジャンルはさせるべきではない。

 コントローラーならばまだ罪悪感もなく、あくまでも遊びという感覚が強く残ろう。

 実際に動くからこそ、例え本当に殴るわけでなくとも気が引けてしまう。

 やはり、今からでもゲームの内容を変更するべきだ。

 雷志はそう判断して、進言しようとしたのと同時に開戦が告げられた。

 けたたましいゴングの後、雷志は自身を襲った強襲者にぎょっと目を丸くする。

 いつの間にか雷志は、自らの懐に敵手を招いていた。

 そして振り上げられた錫杖が容赦なく顎を打ち抜く。

「なっ……!」

「おぉっと! 初撃を取ったのはフウカ先輩! 容赦ない一撃がライさんの顎にクリーンヒット! これはダメージも大きいぞ!」

「ウチ、これでも強いんだからね」

「……なるほど」

 雷志はフウカに小さく頭を下げた。

 これは彼なりの謝罪であり、また戦う者への礼儀でもある。

 どこか侮っていた自分がいた。フウカのような少女は戦いに不向きである、と。

 そうした驕りが招いた結果が、これなのだから雷志も愚かと自嘲気味に笑う他ない。

 実戦であれば先の一撃でとうに沈んでいた。

(俺もまだまだ甘い奴だな)

 静かに拳を構えた雷志の表情に、笑みが消えた。

 目の前の敵をただ、全力で打ち倒すことだけの意識を集中させる。

 あれだけがやがやと騒がしかった外野も、いつの間にかしんと静まり返っていた。

 ゲーム内のBGMが虚しく奏でられる中、今度は雷志が地を蹴った――あくまでも画面内で、の話である。

「……ハッ! こ、ここでライさんも反撃開始! 得意の格闘術でフウカ先輩を圧倒! 鋭く重い一撃はゲームじゃなかったら即死待ったなしッスか!? これゲームでもやっちゃいけない技でしょ!?」

「本当に面白いなこのゲームは……俺の動きをそっくりそのまま反映してくれる!」

「うわっ! ッとと……ウ、ウチだってまだまだこれからなんだから!」

 二人の戦いは激しさを増す一方で、それに伴ってギンガの実況にも熱が入る。

 観戦していた他の者もいつしか歓声を上げ、撮影現場はちょっとした試合会場と化した。

 そんな楽しい一時も、ついに終わりが訪れる。

「勝者は――フウカ先輩でした! おめでとうございますッス!」

「や、やったー! みんなウチが勝ったよぉ!」

「……俺の負けか。だが、悪い気はしないな」

 時間切れによる判定という結果に、雷志は拳にそっと目線を落とした。

 彼らの仕合は、正しく一進一退の攻防劇だった。

 互いに決定打を与えること叶わず、体力ゲージがより多い者がこの場の勝者となった。

 もし、と――今更後悔したところでなんの意味がなくとも、雷志はifを考えてしまう。

 彼にとっての最大の敗因はやはり、初手を受けてしまったことだった。

 あの一撃が想像以上のダメージを与え、結果紙一重で雷志の敗北となった。

 慢心さえ捨てていればあるいは――と、そこまで考えて、雷志はやがて自嘲気味に小さく笑う。

 敗北したのは紛れもない事実なのだ。いくらあれこれ考えようと一度出た結果は覆せない。

 己への教訓として誡め、そして次回に生かせればそれでよい。

「――、フウカ。今回は俺の負けだ。だが、次もし機会があるのならその時は是非リベンジさせてくれ」

「雷志さん……うん! ウチもまた雷志さんとゲームやりたいから」

 再戦の近いとして、雷志はフウカとそっと拳を合わせた。



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