第15話

 いつになく賑やかで、かつ多忙なドリームライブプロダクションの事務所にて。

 意気揚々と歩く雷志に他スタッフから送られる視線はどれもが怪訝なものだった。

 不敵な笑みを常とし、通路の中央を堂々と歩く様はとても力強い。

 その身より発する覇気は王者としての風格をも備え、偶然にも居合わせた者は自ら道を開ける。

 今から試合でもするかのようだ、と一人のスタッフがもそりとそう口にした。

 彼女の言い分に皆がうんうんと首肯する中を、雷志はある場所を目指して歩き続ける。

(今回の配信は、俺も確かに興味がある)

 あれほど表舞台には立たない。そう自ら断言しておきながら、雷志はあろうことかその表舞台に立とうとしている。

 第一期生の面々よりコラボの誘いがあった。

 普段の雷志であれば、すぐさま一蹴していたであろう。

 今回の内容は、彼――格闘家として大いに好奇心を刺激した。

 それならばぜひとも、と自らこう口にするぐらい現在の雷志は幼子のように胸をわくわくと躍らせていた。

「まさか、こんなに早くその機会が訪れるとはな……でも」

 不安が決してないわけではない。

 むしろ不安しかなく、終わった後は炎上するのではないか。

 道中そんなことばかりを考えて、雷志は目的地に足を踏み入れた。

 広々とした空間の撮影現場には、すでに本日の主役が集まっている。

 彼女達の本日のコンディションは、至って良好。むしろいつも以上と言っても過言ではない。

 中でも特に、カエデ、アカネ、フウカ……この三名については誰よりも好調だった。

「あ、きたきた! 雷志さん待ってましたよー!」

「今日はありがとうございます! 雷志さん!」

「ふっふっふ。今こそ某の強さを見せる時……!」

「今日はよろしく頼む」

「……ライさん、めっちゃやる気満々じゃないッスか」

 そう、どこか呆れた様子さえも感じさせる少女が苦笑いを小さく浮かべた。

 蒼と白のトレーニングウェアを纏う、蒼のショートヘアが似合う彼女だが、へそ出しとその恰好はとても艶めかしい。

 加えて、三名にはない立派な双子山の所有者でもある。

 同性ならば誰しもが羨み、異性ならば一度は見ずにはいられない。

 第二期生――天内ギンガ。人間である彼女は、至って普通の現役高校生である。

 彼女の配信スタイルは、とにもかくにも活気あふれる元気が最大のウリだった。

 彼女自身、運動部に所属していてとてもさわやかな印象が強い。

 どうして人外ばかりの中で彼女だけ人間なのか。

 雷志がそのことにはて、と内心で小首をひねる傍らでギンガがカメラの前に立った。

「――、ギンガのように美しく華麗に! ドリームライブプロダクション第二期生の天内ギンガっす! そして!」

「こんくずー! 同じく一期生のカエデですよろしくお願いしま~す!」

「最強の某、参上! 茨木アカネだぞー!」

「みんなこんぷ~! 今日もウチのかわいさコンプしてね? 風見フウカですよろしくお願いしますー!」

「さて、今日は久しぶりの一期生、二期生コラボということで大型企画をやっていきたいと思います! 先輩方、今日は何をするかご存じですか?」

「え~何やるんだろう。なんにも聞かされてないんだけど……」

 トークの滑り出しは快調で、コメント欄は大いな盛り上がりを見せる。


――待ってました!――

――ギンガちゃん今日もかわいいッス!ーー

――アカネ様うるわしゅう――

――こんぷ~!!――

 

 彼女達のトークはとてもすらすらと滑らかで、まったく滞りがない。

 一見すれば単なる女子同士の会話だが、耳にして自然と楽しい気持ちへと誘う。

 リスナーもそうした彼女達との会話を心から楽しんでいた。

 そうしていよいよ、企画の説明へと入る。

 それを雷志は内心で魂を高揚させながら静かに傾聴した。

 まだ、自分が出る番ではない。

「――、それじゃあ今日の企画を説明するッスね。今日は今話題の体感型ゲーム『Final Fist』で対戦をやっていこうと思います!」

 『Final Fist』……プレイヤーの動きがそっくりそのままゲーム内に反映される。

 今年発売された新作で、PVが出た時から凄まじい反響を呼んだ。

 今回はそのゲームの実況に、雷志がゲストとして招かれたのである。

 要するに、これよりカエデ達と本気の仕合をするのであった。

 あくまでもゲーム内なので実際に拳を交えるわけではない。

 もし、本当にやろうものならば放送事故確定で雷志へのパッシングは避けられない。

 ドリームライブプロダクションの所属も不可能となろう。

「――、そして! 対戦と言ったらやっぱりこの人は外せない! ということで、本日三回目の登場となります――ライさんこと、スタッフの和泉雷志いずみらいしさんッス!」

「…………」

「……あの、ライさん? なんか一言お願いしてもいいッスか?」

「……とりあえず、どうしてまた俺が呼ばれたのか小一時間ぐらい問い質してもいいか?」

「それは駄目ッスから! お願いだからリアルでの拳は控えてくださいッスよ!?」

「……とりあえず、今日はよろしく頼む」


――もはや準レギュラーだwww――

――新人なのにもう3回目の出演……こりゃあ大物になるで――

――とりあえず、カエデちゃん傷付けたらマジで怒るから――

――↑圧倒的に無理で草――


 口では呆れつつも、雷志の内心はいつになく意気揚々としていた。

 当然ながらその事実を知らない彼女達は、いつもの彼だと誤認して話を進行していく。

 簡単な説明の後、いよいよプレイするとなった時だ。

「――、それじゃあ最初は誰が行くッスか?」

「そんなの決まってるじゃないですかぁ。一番手はもちろんこのカエデですよぉ」

「ウ、ウチが一番で……!」

「某が一番に決まっているだろうに!」

「俺はいつでも構わないが……」

「……え?」「……あれ?」「……ん?」

 三人の声がきれいに重なった。

「カエデが一番だよね?」

「いやいや、某が一番だから」

「え……ウチが一番……」

 自分が一番であると主張し、そして誰一人として譲る気配が微塵もない。

 この事態にいち早く動いたのがギンガであった。

 先輩を咎めるのではなく、やんわりとした口調ながらもキレのあるツッコミを彼女は披露する。

「いや、全員そこは譲り合いの精神見せてくださいッスよ!」

「公平にじゃんけんでいいだろうに」

「それじゃあ雷志さんと対戦できないじゃないですか!」

「俺は後で構わないぞ。先に三人が交代しながら実況すればいい」

「うぅ~こうなったら仕方がない。先に勝った人が雷志さんと対戦できるってことで!」

「その話乗った! まぁ某が勝つけど~?」

「ウ、ウチだって負けないんだから!」

「なんとか話がまとまってくれたみたいでホッとしたッス……それじゃあ、まずは――」

 どれだけライバル視しようとも、彼女達の絆は強く深い。

 いざゲームが始まってしまえば、後は大変微笑ましい光景だった。

 特にコメントの多くが、てぇてぇ、というものが圧倒的な数を占める。

 一方で雷志は、顔にこそ出さなかったものの、その内心ではほんのわずかに不満を抱いた。

 勝手なイメージでこそあるものの、彼の中では『Final Fist』は格闘ゲームという認識が色濃くあった。

 そのため、コラボ配信を誘われたその日から修練を欠かさずにいた。

 たかがゲームであるのに無意味だ、とこう人は揶揄してくるかもしれない。

 実際、そう言った心もないコメントをする輩は少なからず存在する。

 いつの時代になろうとも、俗に言うアンチがいるらしい――雷志は小さな溜息を一つして、改めて巨大スクリーンの方を見やる。

 画面上では二人のかわいいキャラが忙しなく動いている。

 金狐と赤鬼……それらが誰を現すかは、もはや語る必要もなかろう。

(それにしても……)

 やはりすごいな、と雷志の視線は絶えず彼女達を追った。

 二人の動きはとてもアクロバティックで、目まぐるしい速さでテニスをしている。

 それこそ、漫画のような動きをカエデ達はいとも簡単に実行できてしまうのだ。

 超人的な身体能力を披露すれば、画面内のキャラクターも同様に動く。

 明らかに一般人の視認速度を凌駕していようはずなのに、それをしっかりと再現するゲームもまたすごいと言えよう。

 だが雷志が中でも特に怪訝な眼差しをやったのは、彼女達のその動きがあまりにも激しすぎることにあった。

「このっ! 負けませんよ!」

「ふん! 一期生の中で最強なのは某だ!」

「おいおい……」

「ちょ、先輩らパンツ! パンツ見えてるッスから!」

 もはやパンチラ……などという生半可なものではない。

 ピンクと白……異なるデザインは個性的ではあるものの、乙女としての恥じらいが二人にはまるでない。

 とにもかくにも、ただ目の前の相手に勝ちたい。その一心であるカエデとアカネに、外野の声は一切届いていなかった。

 時同じくして、コメントもパンツについてのものばかりが大量に画面上に流れる始末である。


――カエデちゃんのパンツきたー!――

――ありがたやぁ……!――

――アカネたんのパンツ……(*´Д`)――

――フウカちゃんのパンツもはよ――

――↑通報しますた――


 放送事故なのは明白で、しかし誰一人として注意しない現場に雷志は唖然とする。

 仮にもアイドルのパンツを公に公開して、事務所的に問題はないのだろうか。

 彼がそう思うのも無理はなく、とは言えマコトでさえも涼しい顔で静観していた。

 もしかするとドリームライブプロダクションでは、これが日常茶飯事なのかもしれない。

「……いいのか、本当にこれで」

「まぁ、パンツ見られたぐらいで恥ずかしがってるようじゃ生きていけないッスよ」

「……それでいいのか?」

「もう慣れちゃったッスね」

 ははは、と乾いた笑い声をもらすギンガ。

 彼女のその視線は明後日の方角へと向いていた。



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