第17話
本日の天候は相変わらず雲一つない快晴だった。
そんな晴れ晴れとした天候と同じように、雷志の心も年甲斐もなく踊っていた。
なぜならば今日、彼ははじめての給料日を迎えたのである。
汗水を流し、苦労した末に手にした資金とだけあってその喜びも大きい。
余談ではあるが、新人であるにも関わらず雷志の給料はそれよりもずっと多い。
基本給に加え、能力によって個人差はどうしても生じてしまう。
(ゲストで招かれたあの配信が、まさかこんなにも影響するなんてな……)
休日を利用して赴いた商店街は、いつになく大賑わいである。
特にこれといった予定は雷志にはなかった。
だが、社宅でジッとすごすのもそれは時間がもったいないというもの。
ちょっとした散歩もかねて、商店街の方へと雷志は赴いた次第である。
強いていうなれば、再びストリートファイトに招かれることを望んでもいた。
そのため彼の進行方向は常に人気にない路地裏などが主に選ばれる。
強い者はどこにいるのだろうか……。
そうして、ついに記念すべき最初の声が背後よりかかった。
「あ、ライちゃんじゃん!」
「お前は……アカネ、だったか」
「うん、某だよ。こんなところで会うなんて偶然だね」
「そう、だな」
普段着物姿であるアカネだが、お出かけとあってか洋服姿である。
白いワンピースと黒のブーツがとてもよく似合う。
鬼娘である彼女だが、その容姿は誰が見てもかわいいとこう口をそろえよう。
現に道行く人々の視線は等しく、彼女に釘付けとなっていた。
そんな中で雷志だけは、いつもと変わらない態度でアカネに接する。
いかに美少女であろうと、アカネはアイドルなのだ。
生きている世界がまるで違うし、そもそも立場も違う。
付け加えるならば、見た目はおろか言動さえも子供っぽい。
(子供の世話だけはごめんだな……)
本当に71年もの歳月を生きたのだろうか、と雷志はすこぶる本気でそう思った。
それはさておき。
「……どうして俺についてくるんだ?」
町中にばったり会っただけにすぎなかった。
互いに用はこれと言ってなく、後は各々やるべきことをするだけだった。
とことこと隣を歩くアカネは、すこぶる上機嫌な様子である。
ふんふんと鼻歌まで歌う彼女の足取りは非常に軽やかなものであった。
「え? 某はライちゃんといっしょに買い物がしたいだけだぞ?」
「今日は収録も配信も休みだろう。わざわざ俺についてくる必要はないんだぞ?」
「だってぇ。カエデもフウカも今日は配信があるし、後輩もみんな忙しそうだから暇なんだもん~!」
「そんなことを俺に言われてもだな……」
「ねぇねぇ退屈退屈! 某はとっても退屈だぞ! だからライちゃんは某のスタッフだからきちんと相手にしなきゃダメなんだからな~!」
「おい、こんなところで駄々をこねるな――はぁ、わかったから落ち着け」
「え? ホントか!? 仕方ないなぁ、それじゃあ今日は特別に某の買い物に付き合わせてやるぞ!」
深いため息と共に、雷志はアカネと行動を共にすることにした。
(ずいぶんと機嫌がよさそうだな……)
彼女……アカネを横目に雷志はふと思う。
もう何度も通い、飽きさえもあるだろう。
そのはずが、アカネの機嫌は終始好調だった。
むしろ事務所内では目にしたことがない、とそう雷志が思ってしまうぐらい。
また、買い物と口にしておきながら実際、アカネは未だこれと言って何も買っていなかった。
時間だけがただゆったりと穏やかに、静かにどんどん流れていく。
他愛もない会話を交えながらも、町中を共にするこの状況に――
「こ、これってさぁ? なんだか、その……デートみたいだね」
と、自らそう口にして気恥ずかしさからか。アカネの頬がほんのりと赤らんだ。
対する雷志は、彼女のそんな発言に対して内心ではあるものの、鼻で一笑に伏した。
(俺からすればデートじゃなくて子守りなんだがな……)
とにもかくにも、アカネは非常に落ち着きがない鬼娘だった。
少しでも彼女の関心を引こうものがあれば、そちらへふらふらと向かう始末である。
もちろん、アカネとてもう見守りが必要なぐらい幼い子供ではない。
ないのだが、自ら勝手に行動しておきながら視界に雷志の姿がなければひどく怒った。
それでも、と雷志は自嘲気味に小さく笑う。
(ついつい、許してしまえるのがこいつの魅力なんだろうな……)
大抵のものであれば匙を投げてしまおう、アカネの自由奔放さだが、それでも雷志は行動を共にし続けた。
ドリームライブプロダクションに所属するタレントはみな個性的であり、また魅力的だ。
改めて実感する中、アカネ曰くデートもいよいよ終盤を迎える。
時刻は午後5時過ぎ。青かった空も今や、美しい茜色に染まっている。
「――、そろそろお開きにするか。アカネ、そろそろ俺は帰るぞ」
「えぇ~!? せっかくなんだからもっと某はライちゃんと遊びたいぞ!」
「……俺達はタレントとスタッフだ。ただでさえこうして二人でいることにリスクがあるんだぞ?」
「某はそんなのいちいち気にしないもん。ライちゃんといっしょに遊ぶ……それさえできればいいもんねぇ」
「少しは自分が置かれている立場について
「うぅ~! やだやだやだぁぁぁぁっ! 某はもっとライちゃんと遊ぶもん!」
「まったく……どうしてそこまでして、俺と遊びたいだなんて思ったんだ?」
「だって……楽しんだもん」
雷志の素朴な疑問に、アカネがぼそぼそと呟くように口火を切った。
(楽しい……? 俺と、こうしていることがか?)
アカネが出したその回答について、雷志ははて、と小首をひねった。
というのも、雷志は己がつまらない男であることを誰よりも理解していた。
ずっと格闘技に人生を捧げてきた。
同じ年の頃の友人が彼女を作って青春を謳歌する中で、雷志は修練の日々を費やした。
むろん彼にも恋の訪れが決してなかった、というわけではない。
実際に彼へ告白をしてきた者も少なからずいて、しかし雷志はそれらすべてをやんわりと断った。
己を主とする人生だったから、いざ交流があった際にどのように接すればよいかが彼にはわからない。
いつも相手のペースに合わせることで難を乗り越えてきたが、言い換えれば率先性が皆無であるということ。
故に――
「某はとっても楽しいぞ!」
「そう、か……」
「む? ライちゃんは某といっしょにいて楽しくないの!?」
「そうは言っていないだろうに……」
「じゃあいいじゃん。ほらほらライちゃん、今日は某に付き合ってもらうからな!」
「はぁ……仕方がないな」
口調こそ呆れている彼だが、その表情は先程よりもはるかに柔らかいものだった。
茜色から漆黒へ。
ぽっかりと浮かぶ金色の月が美しく輝く。
そんなほのかに優しく照らされた街並みを雷志はアカネと肩を並べて歩いた。
時刻はもうすぐ午後8時を迎えようとしている。
互いに本日は休みではあるが、明日からはまた普通に仕事がある。
アカネに至っては収録も重なっているので、万全の状態であることが必須だ。
そろそろお開きだろう。雷志はそう判断した。
「アカネ、途中まで送っていってやる。だから今日はこのまままっすぐと帰るんだ、いいな?」
「え~某まだ遊び足りないよ~」
「わがままが許される年頃じゃないだろうに……」
「ぶぅ~某は子供じゃありませぇ~ん」
「そういう発言をしている時点で子供なんだ、お前は……」
夜の静寂を賑やかさで切り裂く彼らの表情は、終始穏やかなものだった。
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