第12話

 青白い炎……それはこの世に現存しない炎である。

 非科学的すぎる色をした炎だから、まるで一級の芸術品のごとく大変美しい。

 そしてそれは、怪物を退けるという偉業をも成した。

 苛烈な攻めを見せていた怪物が、青白い炎を前にじりじりと後退している。

「なんだ……この炎は」

「――、いやぁ、まさかこんな町中でいきなり禍鬼まがつきが現れるなんてどうなってるの!?」

「お前は……!」

「あ、どもども~第一期生の葛葉カエデです~!」

 予想外極まりない人物の登場に、雷志は大いに驚愕した。

 アイドルである彼女に、この殺伐とした空間はあまりにも相応しくない。

 どうしてここにカエデがいるのかは、さておき。

「おい! 何をしている、危ないからさっさと逃げろ!」

「いやいや、そういうわけにもいきませんよ。なんて言ったってカエデは、葛葉神社のカミ様ですからね」

「どういうことだ?」

「って、そんなことよりも雷志さん! 来ますよ!」

 蒼白い炎を越えて、どかどかと地を蹴り突進してくる怪物を雷志は鋭く見据えた。

 さっきのダメージが蓄積されているのだろう。

 最初の頃と比較してその動きにキレがほとんどない。

 敵は死に体だ――そう理解した雷志の行動は極めて迅速なものだった。

 電光石火のごとき踏み込みで瞬時に肉薄すると、己という武器を叩きつける。

 鉄をも容赦なく砕く彼の拳は、例えそれが怪物であろうとも一切関係ない。

 目前にいる敵を破壊するだけなのだから。

「おぉ~わかってましたけど、さすがは雷志さんですねぇ。カエデも負けてはいませんよぉ!」

「おい! 前に出すぎるな!」

「大丈夫――葛葉式祓魔術くずのはしきふつまじゅつ顕現エンチャント――キツネノヌボコ!」

 突如、何もない空間より出現したそれは、一条の槍だった。

 朱色の柄の先端で黄金の穂先がぎらり、と美しくも神々しく輝く。

 奇しくもそれは、カエデの尻尾を彷彿とするデザインをしていた。

 その槍が豪快にごうっ、と大気を唸らせれば怪物の身体をばっさりと裂いた。

 血らしきものはなく、裂傷から黒く小さな粒子となって空へと消失していく。

 程なくして怪物は、跡形もなく雷志達の前から姿を消した。

 あたかも最初から、そこになにも存在していなかった、とこう言わんばかりに――。

 ようやく再来した静寂の中、雷志はカエデに問い質す。

「――、聞きたいことが山のようにある。だが、それよりもまずは……あの怪物はいったいなんだったんだ?」

「あれはですねぇ、禍鬼まがつきっていうんですよ」

禍鬼まがつき……」

 それは、彼ら……新人類が誕生して数百年の歳月が経過した頃のこと。

 ヤマトは、未知なる怪物によって絶滅の危機に瀕していた。

 怪物は高い知恵と強大な力を有し、そして生きる者に対する執着心がとても強い。

 時が経ち、やがてそれらはヒトの心の内より生まれし存在……禍鬼まがつきと呼称されるようになった。

 禍鬼とは、人の負の感情――荒魂あらたまより生まれ出でしモノである。

 そしてそれを代々祓ってきたのが祓魔士だった。

 カエデ……もとい、葛葉一族はその中でも特に秀でた一族であった。

 以上までの説明について、雷志の表情は未だにひどく強張っている。

「……まさか、この世界にはそんな怪物までもいるのか」

「いつの時代も、ヒトの心は真に豊かにはならないということですよ――で、ドリームライブプロダクションとか娯楽は、今はとても重要視されているんです。カエデ達の役目は、少しでも多くのヒトが笑顔で毎日楽しくすごせるようにすること。心が荒んだ時、そこに荒魂あらみたまが生じちゃいますから」

「……何故、あの時お前はその力を使わなかったんだ?」

 雷志の疑問は、むしろこれこそが本題と言っても過言ではなかった。

 無人島にて相対した怪物程度ならば、カエデでも十分に可能だったはずだからだ。

 それをあえて力を使わなかった理由について、雷志はどうしてもわからない。

 彼からの質問に、カエデが返した反応は赤面だった。

 頬をほんのりと赤らめるだけでなく、耳まで真っ赤にして視線をふいとそらす。

 彼女が照れ隠しをしていると察するのはとても容易なことだ。

「――、最初雷志さんを見た時、カエデこれでも見惚れてたんですよ?」

「え?」

「最初は、撮影を邪魔されたって思ったけど……でも、あの時危険を顧みずにカエデ達の前にサッと現れて守ってくれた。その時の雷志さん、すっごくかっこよくて、頼りになるなぁって心から思ったんです。だからその……力を使うのを忘れてちゃいました!」

「…………」

 てへっ、とかわいらしく舌をちろりと出したカエデに雷志は小さな溜息で返した。

 理由としてはいかがなものだろうか、と彼がこう思ってしまうのも無理はない。

 それはさておき。

(まさか、ドリームライブプロダクションにそんな役目があったなんてな……)

 単なる色物集団が集うアイドルグループではなかった。

 信じ難い事実を目前に雷志は、ふと脳裏に浮上した疑問をカエデへと投げる。

「――、ドリームライブプロダクションに所属しているタレントは、もしかして全員そうなのか?」

「あ、それは違いますよ。中には至って普通の、学校に通いながら活動している子もいますから。カエデが中でも特に力あるって感じですかねぇ」

「なるほど。ドリームライブプロダクション、か……知れば知るほど、面白いところだ」

「でしょう? さぁてと、それじゃあそろそろカエデは帰りますね! あ、間違ってもカエデがかわいいからって、こっそり後をつけるような真似は――」

「じゃあなカエデ。気を付けて帰れよ」

「ちょ、仮にもこの超絶美少女人気アイドルの葛葉カエデに向かってそんな態度を取るなんて……! いくらなんでもひどすぎやしないですかねぇ!」

「自分でそこまで言うか、普通……」

「うぅ……ひどいです雷志さん。カエデの純情をこうも弄ぶなんて……」

「無駄口を叩けるぐらい元気だから大丈夫そうだな」

「もう! 雷志さんは本当に女の子の扱い方ってもんがわかっとらんのですよ!」

 公園から立ち去る直前、雷志は気を失った男の方へちらりと横目をやった。

 禍鬼まがつき……もとい、その根源たる荒魂あらたまによって正気を失った男に罪はない。

 ないが、とりあえずこのまま放置というわけにもいくまい。

 雷志はナイフを正拳突きでへし折り、男はベンチへと寝かせた。

 元が凶悪犯であれば、然るべき機関へと通報するべきだが、男は至って普通の一般人だった。

 憑き物が取れたかのような現在の顔は、とても穏やかで温厚な印象を与える優しい顔をしていた。

 わざわざ通報までする必要はないだろう。雷志はそう判断した。

「ちょっと! 今からカエデの家で説教しますよ!」

「お前こそ、一度拳骨を喰らいたいらしいな?」

「すいません許してください調子に乗りました」

「切り替えが恐ろしいぐらい速いな……」

 深々と頭を下げたカエデに、雷志はやれやれとかぶりを振った。



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