第2話

 無人島には、役に立つ薬草が大変豊富な場所だ。

 食用としてはもちろん、医療に適したものも多い。

 医者が存在しない以上、治療をするのはもちろん当人しかいない。

 今回、スタッフの治療を担うのはもちろん雷志だ。

 年端もいかぬ少女らにそれを要求するのは、なかなか酷なことだと言えよう。

 なにより慣れない者が扱う薬品ほど、末恐ろしいものはない。

 そう言う意味では雷志も、れっきとした医者というわけではなく。

 やっていることは完全な違法行為だ。

 とはいえ、時刻は夜であるし海も少しばかり荒れている。

 肝心な船の操縦も、スタッフが不在となってしまった以上不可能に近い。

(俺がそれをやってやる必要性もないからな……ところで)

 ちらり、と横目にやった雷志の表情はしごく呆れていた。

 これを不謹慎と言わずして、何といえばよいのだろうか。

 そんな思いで見やる彼の視線の先では、三人の少女が話し合っていた。

「――、いやぁ。一時期はどうなることかと思ったけど、なんとかなったねぇ」

「いや全然よくないからね!? これもう完全に放送事故だから!」

「でも、コメントすっごく盛り上がってたよ?」

「いやいや! いくら盛り上がってても駄目なものはだめだからね!?」

 和気藹々わきあいあいと談笑する彼女達に、もはや恐怖の感情は微塵もなかった。

(見た目に反して、なかなかの精神力の持ち主だな……ただのコスプレイヤーとは違う、ということか)

 ひとまず治療を終えて、雷志は一人のスタッフと会話を交えることにした。

 彼がこの場でできることは、あくまでも応急処置のみ。

 スタッフらの傷口は命に到達するほどのものではないにせよ、けれども受診は必要不可欠である。

 動くことにさえも激痛が走ろう傷は、しかし。スタッフは気丈に振る舞ってみせた。

「……すいません、お世話になってしまいました」

「気にするな。あそこで死体になって転がられている方が夢見が悪くなる」

「……あの、あなたは何者なんですか?」

「俺は……別に、ただここで武者修行をしているだけの格闘家だ。それ以上でも以下でもないよ」

「格闘家……失礼ですけど、さきほどの許可証、もう一度見せてもらってもよろしいですか?」

「……あぁ。構わないぞ」

「――、やっぱり、そうだ……」

「何がだ?」

 スタッフの反応に、雷志ははて、と小首をひねった。

 合点がいった、が到底信じられたものではない。

 彼の挙措はあたかもそう言っているかのようで、当然ながら何故そのような反応を示すのか、雷志には皆目見当もつかない。

 やがてぞろぞろと集った他の面々も、間を置かずして同様の反応を次々と示していく。

(さっきからいったいなんなんだ……?)

 ますます訳がわからなくなってしまった雷志は、ただ怪訝な眼差しを送ることしかできない。

 しばしの沈黙の後、スタッフの一人が静かに口火を切った。

「……失礼ですけど、これはいつ発行されたものですか?」

「日付ならそこに書いてあるだろう」

「えぇ、もし……この日付が真実だとするのなら、我々はとんでもない事態に遭遇している、ということになります」

「……どういうことだ?」

 雷志の問い掛けにスタッフは難色を示した。

「……なんて言えばいいのか。見てのとおり、私達は歴史学者ではありませんが……えっと、とりあえず現時点で言えることは――あなたは、この時代の人間じゃないということです」

「……なんだと?」

 スタッフが語る内容は、彼……雷志にとってはあまりにも衝撃的すぎる内容だった。

 かつて、世界に巨大な隕石が落下した。

 人類の大半が絶滅し、それだけでなくあらゆる生態系のバランスが大きく崩れた。

 旧人類……現代を生きる彼らがそう呼称する存在は、今より2000年以上も前に滅んだ。

 これが事実だとすれば、雷志は2000年以上も昔の世界を生きた唯一の生存者となる。

 そのため彼らがひどく困惑するのは、至極当然の反応だった。

「そんな……ばかな!?」

 到底、信じられる話ではなかった。

 しかしそう語った彼らの目に嘘偽りの感情は一切宿っていない。

(本当……なのか?)

 にわかに信じ難い。

 信じ難いが、受け入れざるを得ない。

 とにもかくにも、この目で何が真実であるか。

 それを是が非でも確かめる必要がある。

 雷志はそう、判断を下した。

「……今はまだ、俺はアンタたちの言葉を信用するわけにはいかない。この目で真実かどうか、確かめにいかなければ……」

「それでしたら、明日。我々の船で戻りましょう」

「大丈夫なのか?」

「これでも一応、免許持ちですので。それにあなたには危ないところを助けていただきましたからね。これぐらいしないと、社長に怒られちゃいますよ」

「……そうか。礼を言う――それじゃあ、とにかくゆっくりと休んでいてくれ。ここは幸い広いし、一応それなりの備蓄もある。明日を迎えるぐらいなら、十分快適だろう」

「なにからなにまで……イツツ」

「無理をするな。むしろ、その程度の傷で済んでよかった」

 スタッフ達を洞窟に残した雷志は、海岸の方へと向かった。

 とっくに眠気などはなく、あるのは胸中にてぐるぐると渦巻く言い様もない感情のみ。

 それは不安、恐怖、困惑……どれでもないし、どれとも言える。

 あるいは、それらすべてが複合したと言ってもなんら違和感はなかろう。

「…………」

 スマホに表示された圏外の二字に、雷志は小さく溜息を吐いた。

 武者修行の間、ずっと使わずにいたから奇跡的にバッテリーはまだ少しだけあった。

 もっとも、人類亡き現代となってはそれも無用の長物にすぎない。

 何故、と雷志はそう自らに尋ねる。

(どうして俺は……俺だけが生き残ったんだ?)

 巨大隕石の衝突――普通ならばわかりそうなものを、雷志はまったく知らずにいた。

 修業は順調で、ざっと一年が経過した。この程度の認識しか彼の中にはなかった。

 だが、いざ蓋を開けてみれば世界は一度崩壊し、そして新たな姿となったという。

 早々信じられるわけもなく、同時にこれからどうするべきか。

 当面向き合うことになろう議題を目前に、雷志は一人沈思した。

「あの……」

「ん?」

 不意にかけられた声に、雷志が振り返れば一人の少女がいた。

 濡羽色ぬればいろのショートボブに、紫という極めて稀有な瞳が特徴的な彼女。

 だが、それよりも一際目立つのは背中より生えた二対の翼だろう。

 身の丈はあろう巨大な翼に加え、白を主とした衣装は修験者のよう。

 以上から雷志はまるで烏天狗のようだ、とこう思った。

「さっきは、その……助けてくれてありがとうございました!」

「……あぁ、そのことなら気にしなくていい」

「でも、あの時あなたが助けてくれてなかったら今頃どうなってたか……」

「たまたまだ。それに俺自身、礼が言ってほしくて助けたわけじゃない」

「それでもです。本当に、ありがとうございました!」

 ぺこり、と頭を下げる少女に雷志はそっと視線をそらした。

(礼を言われるのは、どうも慣れないな……)

 優しい笑みを浮かべる少女を目前に、雷志は気恥しそうに頬をぽりぽりと掻いた。

「――、そういえば」

 不意に少女が、そうもそりと口にした。

「まだ自己紹介してませんでしたよね。ウチはドリームライブプロダクション所属、一期生の風見フウカって言います!」

「ドリームライブプロダクション……?」

「あ、えっとですね。どう説明したらいいかな……あ、アイドルです!」

「アイドル……?」

「はい!」

 雷志の問い掛けに、彼女――風見フウカが見せたその表情は、屈託のない笑みだった。

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