取り残されたのは拳皇でした~無人島で武者修行していたら世界が一巡していました。とりあえず新しくなった世界でハードライフを楽しみたいと思います~

龍威ユウ

第1話

 切っ掛けというものは、いつも突然やってくる。

 彼――和泉雷志いずみらいしがそう思ったのは、雲一つない快晴の夜だった。

 例えるなら、それはまるで上質は天鵞絨びろーどの生地をいっぱいに敷きつめたかのような空だった。

 散りばめられた無数の星は、小さいながらもぎらぎらと力強く輝いている。

 ならば一際目立つようにぽっかりと浮いた三日月は、現存するどの宝石よりも遥かに美しい。

 静謐な空気はとても穏やかで、時折頬をそっと撫でていく夜風はほんのりと冷たいながらも心地良い。

 その静寂な空気を切った、三人の少女を雷志は訝し気に見やった。

「ななな、なんでここに人がいるんですか!?」

「えぇ~!? ちょ、マネちゃん!? これいったいどういうことなの!?」

「ちょっとこれ、放送事故じゃん!」

 わいわい、ぎゃあぎゃあと、とにもかくにも彼女達はやかましかった。

 女三人寄れば姦しい、とは正しくこのことだろう。

 雷志は小さく溜息を吐いた。

「……アンタらがどこの誰かは知らないが、俺は俺で目的があってここにいる。それに、こっちはきちんと許可を申請しているぞ?」

 彼らがいる場所は、本土よりずっと離れた海にあった。

 人っ子一人いないそこは、俗に言う無人島である。

 そこそこ広いだけでなく、野生の動物はもちろん植物も実に豊富だ。

 文明の利器がないことさえを除けば、正しく楽園と言っても差し支えなかろう。

 すべては、強くなるためだった。

 雷志がここへと訪れたのは、ちょうど一年前となる。

 世界大会で優勝した彼は、名実ともに最強の称号を我が物にした。

 もっとも、それだけで満足のいく雷志ではない。

 世の中にはもっと、自分よりもずっと強い者達がいる。

 そうした者達と相まみえるためにも、今よりも強くなる必要がある。

 そこで雷志が取った行動は、無人島での武者修行であった。

 過酷な環境下に身を置くことで、心身を共に鍛える。

 もちろん無人島といえども、所有権は国に帰属する。

 分別のつかない子供ではないのだから、大人としての対応をするのは至極当然のことだった。

「え!? じゃ、じゃあダブルブッキングしたってこと!?」

「これ大丈夫なの? いったん配信やめる?」

「ん~これはなんだか雲行きが怪しくなってきたぞ~?」

「…………」

 黒服姿の面々……彼女らの言う、スタッフだろう。

 傍から見やれば、実に怪しげな集団でしかないが。

 雷志がそう思ったのも、彼女らの出で立ちを見やれば致し方のないことだった。

 少女達は、とても若々しい。全員が十代後半ぐらいだろう。

 その顔にはあどけなさが残るものの、一様にして言えるのは皆等しくかわいい。

 それだけであれば特に雷志も疑問を抱くことはなかった。

(なんなんだ、こいつらは……。新手のコスプレ集団……いや、配信者か? さっき配信がどうこう言っていたからな)

 彼女達の出で立ちは、明らかに普通であるとは言い難い。

 ある意味では、それも立派な個性だと言えなくもなかろう。

 金狐、烏天狗、赤鬼……それぞれが妖怪をモチーフとしたかのような恰好に雷志ははて、と小首をひねった。

 和の装いも実に独特で、西洋の文化である洋服と見事に調和ができた代物だ。

 違和感は皆無で、大変よく似合う。むしろ彼女達だからこそ、と言ってもよかろう。

 とは言え、本当に何者なのだろうか。雷志はすこぶる本気でそう思った。

(とりあえず、これ以上は関わらない方がよさそうだな……)

 お互いにとってメリットがない。

 そう判断し、立ち去ろうとした雷志を一人の黒服が「ちょ、ちょっと待ってください!」と慌てて引き留める。

 配信中ということもあってか、カメラに映らないように。

 尚且つ音声が入らないように声量は最大限にまで下げられる。

 そのあたりはプロと呼ぶに相応しい配慮だな、と雷志は思った。

「俺に何かまだ用でも?」

 しかし、いちいち相手に合わせる義理は微塵もない。

 雷志だけは、普段と変わらない様子で質疑応答をする。

「あの、失礼なんですけど本当に許可を得られたのですか?」

「疑っているのか? 俺からすれば、アンタらの方が十分疑わしいけどな……その許可証なら、ここにある」

「……た、確かにこれは許可証――うん?」

「もう、いいか? 俺は俺で勝手にやらせてもらう。アンタらはなにかの配信中なんだろう? それを邪魔する気はこっちにはさらさらない」

「あの、ちょっと……!」

 スタッフの制止も聞かず、雷志はその場と後にした。

 そうして彼が戻った先には、一つの洞窟があった。

 ぽっかりと空いたその穴は、訪れる者を容赦なく喰らう怪物の口であるかのよう。

 得体の知れない不気味さをひしひしとかもし出すが、雷志はまったく意に介さず足を踏み入れる。

 この洞窟こそ、無人島における雷志の第二の住居だった。

 雨風はしっかりと防げるし、意外に中も快適だ。

 住めば都――かつては一苦労した環境も、慣れてしまえばどうということはない。

(しかし、一人が住むにはかなり広すぎるけどな)

 ごろりと寝転がり、もうすっかり見慣れてしまった無機質な天井をぼんやりと見上げる。

 今日の予定はもう特になく、後はゆっくりと休息を取るだけとなった雷志の耳に、その悲鳴は突如としてあがった。

「そう言えば……この無人島、とんでもない奴がいるっていうことを知ってるのか?」

 雷志がその事実を知ったのは、上陸した日のことだった。

 動物図鑑には決して乗っていない、未知の怪物が存在する。

 魔物やモンスター……ありとあらゆる呼称があれど、とにもかくにも怪物と呼ぶに相応しい。

 一般人であれば悲鳴をあげて翌日と言わず、その日にどうにか逃げよう。

 しかし雷志はあえて残ることを選択した。

 命の危機がすぐ目前にあるというのに、彼はその状況さえも修行の一環としたのである。

 結果、強くなった――のだと、雷志は思う。

 それはさておき。

「……仕方がないな」

 のそりと起きあがった雷志は悲鳴がした方へと急いだ。

 申請を出したのであれば、それなりのリサーチもとっくにしているだろう。

 念のため、翌朝になっていくつもの無残な死体が転がっていないように雷志は様子を見に行くことにした。

 そうした行動が吉と出たために、雷志の口からは盛大な溜息がもれる。

 やはりこうなってしまったか、と呆れ顔と共に見やる彼の先では、今正にその怪物に襲われそうになっている集団があった。

 むろん、それが誰であるかはわざわざ確認するまでもない。

「ななな、なんなのこの怪物は!?」

「こんなの聞いてないってば!」

「ちょ、これ本当にもう放送事故じゃんってば!」

 生命の危機に晒されても尚、相変わらず三人は大変姦しい。

 その傍らで倒れているスタッフ達は、まだ息がある。

 ひとまず全員生きてはいるらしい、が放置すれば結果的に彼らは死ぬ。

 雷志は、溜息を一つすると両者の間に割って入った。

「あ、あなたはさっきの……!」

「……お前達、ここがどういう島か調べずにきたのか?」

「え?」

「とりあえず、下がっていろ」

 怪物のけたたましい咆哮が、開戦の合図となった。

 どかどかと荒々しく地を蹴り肉薄する、その勢いに気圧されれば負ける。

 実際のところ、少女達の顔はすっかり恐怖で支配されていた。

 特に立派な黒い双翼を背に宿した少女の足は、生まれたての小鹿のように震えていた。

 例えここで逃げるように言ったところで、満足に逃げることは不可能だろう。

(スタッフも、もう少ししっかりとリサーチをしてからくるべきだったな……)

 雷志は、微動だにすることなく怪物をジッと見据えた。

 そうして振り上げられた腕だが、まるで丸太のようにとても太い。

 そこから放たれる一撃は大気をごう、っと唸らせた。

 羆のパンチ……実際はひっかきであるが、人間が喰らえば一溜りもない。

 顔面に受けようものならば、頬骨が露出しよう。

 であれば、その更に強大な力を有する怪物であればどのような結果となるか。

 そこは想像するまでもなかろう。

 あくまでも、直接受ければ――の話ではあるが。

「ふっ!!」

 かわし様に放った雷志の右拳が、深々と怪物の身体へと鋭く食い込んだ。

 鈍く重々しい音は、誰の耳からしても骨が折れたと容易に察する。

 加えて、彼の全身よりばちばちと激しく放電した青紫の稲妻が乗った一撃だ。

 雷塵拳らいじんけん――これは、彼が無人島へと流れ、生死の境に身を置くことで体得した技能だ。

 どれもが凶器にして必殺技と呼ぶに相応しいものばかりである。

 そこに十分に満ちた闘気を乗せて相手を圧壊する。

 結果、怪物はうめき声一つ挙げることなくその場にて崩れた。

 どしん、とゆっくりと崩れる巨体を見届けることなく雷志はくるりと踵を返す。

 もうここに、脅威と呼べる存在はいなかった。

 数名のけが人を除き、唯一の生存者である三人の少女だが、一様にぽかんと口を開けて瞬き一つさえもしない。

 完全に放心状態にある彼女らの目前でぱんっ、と柏手が一つ鳴ればハッと我に返った。

「えっ……えぇ!? もう終わっちゃったの!?」

「うっそ……」

「いやいや、マジでやばすぎじゃん……」

「……とりあえず、そこにいる怪我人を治療するぞ。近くに俺が寝泊まりしている洞窟がある」

 これはなんだか面倒なことになってきた。

 雷志はそう思いながらも、怪我人を次々と洞窟へと移送した。

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