第6話 「人形使い」(後編)


 次の日の午後、俺は舞花と後藤さんの三人で、男の店があるという、そのさびれたアーケードの商店街を歩いていた。

 以前は栄えていたらしいこの通りも、今ではシャッターを降ろしたまま、何年も放置されたような店も多く、古びたアーケードの屋根が日差しをさえぎって、通り全体に暗い印象を与えている。


 後藤さんは昨日と同じくスーツ姿。俺は薄手のダウンジャケットにジーンズ。舞花は最初にウチに来た時のように紺のウールコート。

 教会服は除霊などをする時の正装らしいが、舞花曰く、あまり好きではないそうだ。なぜなら魔人と対決する際、動きにくいから。至極ごもっとも、彼女らしい。だから信者からの依頼でない時はあまり着ないそうだ。


――にしても、なんでまた俺まで一緒に行かなければならんのだ。俺は部外者だぞ。リブラ教も魔人も関係ないっての。

 などと思いながら、腹立ち紛れに後藤さんに訊いてみた。

「そう言えば後藤さん、今度の件、神社やお寺じゃなく、なんでリブラ教のエスタなんかに依頼したんですか?」

「エスタなんかとは何よ」

 耳ざとく舞花が聞きつけてとがめ、軽く脇腹を小突いた。

「わ、脇はやめろぉー」思わず身をよじった。


「ああ、それは、昔の古い日本人形とかだったら、そうしたんでしょうけど、モノがフィギュアだったんで、洋風の物だから、神さまも洋風の方がいいかと」

「はっ? それだけですか?」

「はい」

 悪びれることなく平然と答えた。

――なんだよ、それ。訊くんじゃなった…。



「ここです」

 後藤さんが足を止めた。

 聞いていた通り、ドアのガラス越しに覗いても、やっているのかどうかわからないほど店内は薄暗い。入り口の左右のショーケースには、少ないながらもフィギュアがいくつか展示してあった。しかしケースの中を覗いて見ると、やはりそのどれにも顔がなかった。


「それじゃ、行きましょうか」

 やや緊張した声で舞花が促し、後藤さんを先頭に、入り口の扉を押して三人が店の中へ入って行った。


 店内は外からの見た目とは違い、意外にも広々としていた。周囲には大小さまざまなフィギュアが展示されている。

 奥のカウンターでは例の紳士らしき男が、椅子に腰かけ熱心に何か作業をしていた。その白髪混じりの紳士はすぐに来客に気が付いたようだ。下を向き、熱心に作業をしていた店主が、にこやかに顔を上げた。

「ああ、いらっしゃいましたね、後藤さん、お待ちしていましたよ」

 そうして、ふと後藤さんの背後に俺たち二人の影を認めると、急に眉をしかめた。


 後藤さんは自らに気合でも入れるように、少しずれた眼鏡を人差し指で直して話し出した。

「あの、ご主人、今日はお願いがあって来ました。申し訳ありませんが、例の契約、やっぱり取りやめにして欲しいんです」


「何を言い出すのかと思ったら、後藤さん。契約は反故ほごには出来ませんと最初に申し上げたはずです。――それにあなた。どうやら今日は最悪な人を連れて来ましたね。りにもって、神器持ちのエスタとは」

 舞花の胸元で、ロザリオのリブラが淡く輝き出している。 


「サイアクな人!?」

 妙に納得したように、俺は隣にいる舞花を見た。

「なに!」

 ムッとした舞花が横目でこちらを見て口を尖らせた。


「それは覚えています。最初の約束は。ですが、妻が、妻が帰って来たんです。だから、もう一度やり直したいと思って」

 それを聞いて、やれやれと言った表情で、その男は言った。

「後藤さん、まさかそれ本気で言っているのですか?」

「も、もちろん本気です!」

「やれやれ、困りましたねえ。あなたはそのつもりでも、奥さんの方はそんな気はこれっぽっちもないんじゃないですかねぇ」

「なぜ、どうしてそんなことを言うんです!」

「なぜですって? 後藤さん、あなた奥さんの口から直接やり直したい、縒りを戻したいと聞いたのですか? 確か、奥さんは事故に遭って意識不明なんじゃないですか?」

「どうしてそれを…。でも、あの男も病院に現れないし。きっと別れて」


「ふむ。そうですか、そこまでおっしゃるなら、直接奥さんに訊いてみましょう。奥さんの魂はすでにフィギュアの中ですから。――後藤さん、あの人形を出してください」

 言われるままに、後藤さんはすぐに鞄の中から奥さんのフィギュアを取り出した。

「さあ、それをこちらに貸してください」


 黒ずくめの紳士は、受け取ったフィギュアを器用にカウンターの上に立たせて置いた。

「さあ、恭子きょうこさん、目をお開けなさい」

 恭子と呼ばれたフィギュアがゆっくり目を開いた。

「恭子さん、あなたここにいるご主人と縒りを戻して、もう一度やり直したいと思っていますか?」

 すると突然、目の前のフィギュアが苦しそうな声で話し出した。これには俺も驚いて跳び上がりそうになった。


「ああぁ、いや…、そんなのイヤ、絶対にイヤ! ああぁ…、痛い、苦しい、苦しい…、たつや、助けて~!!」

 それを聞いた後藤さんの顔からみるみる血の気が失せ、力が抜けて、がくりと膝から崩れ落ちそうになった。

「後藤さん、しっかり、どうしたんですか?」

 慌てて後ろから両脇を支えた。

「ああ、もう、おしまいだ…。――竜也は、妻の浮気相手の名前です…」

 絶望したようにぽつりと言うと、ぺたりと尻をついてその場に座り込んだ。


「あっはははは。それ見なさい。あなたは彼女を呪い殺そうとしたんですよ、当然でしょう。私と契約を交わしたあの日から、あなたに残され希望や未来などないのです!」

 そう言うと、懐からもう一体別のフィギュアを取り出した。一目でスーツ姿の後藤さんのフィギュアとわかった。

「さあ、契約を果たしてもらいます。大人しく私にあなたの魂を寄越しなさい!!」

 そう言った途端、後藤さんの周囲が白いもやに包まれた。瞬く間にその靄が流れて後藤さんのフィギュアの中に吸い込まれてしまった。

 抜け殻となった後藤さんは意識を失い、脱力したようにぐったりと俺の目の前で床に転がった。

 

 一瞬のことに、すべもなかった舞花が、老紳士に向って初めて口を開いた。

「なんてことを…。このような行い、神が許しません。リブラの神、アモルの名において、あなたに命じます。今すぐ後藤さんと奥さんの魂を解放しなさい!!」

 耀きを増したリブラのロザリオを右手に巻き付け、老紳士に向けて突き出した。

「名乗りなさい、あなたは誰!」


「おやおや、そうきましたか。弱りましたねぇ。そんな危険なモノを出されて、私の邪魔をされてはかないません。――ねえ、エスタ舞花」

 逆に自分の名を呼ばれ、一瞬舞花の表情が硬くなった。黒い背広姿の老紳士は、なぜだか舞花の名を知っていた。

「わかっていますよ。名乗りをあげさせ、神器で私を拘束したいのですね、エスタ舞花。ですが無駄ですよ、そんなリブラの常套じょうとう手段、私にはね」

 嘲笑うように片頬だけひくひくさせている。

「――でもいいでしょう。知りたければ教えてあげます。私の名はストリング。この東の果ての国に来てからは、人形使い、とも呼ばれていますがね」


 言い終わると同時に小さく右手を挙げ、人差し指を立て、くるりと輪をつくるよう廻した。

 すると突然、目の前に四、五体のフィギュアが忽然と姿を現した。そのまま蝶が舞うようにふわふわと宙に浮いている。

「あっ!」

 突然のことに、驚いて二人とも頭上を見上げた。 


 ストリングは直立したまま両手を突き出し、その手を小さく広げて構えた。オーケストラの指揮者のように腕を振ると、その動きに合わせ、まるで見えない糸に操られているかのようにフィギュアたちが動き出す。

 素早く俺たちにまとわりついて、髪を引っ張る。あるいはその小さな手足で叩いたり、蹴ったりする。

「や、やめて!」

「うわっ、なんだ! コイツら」

――なるほど人形使いとはこういうことか。


「あっははは、いかがです、私の創った人形たちは? かわいいでしょう?」

 俺は堪らず体に纏わりついたフィギュアたちを、叩いて払い落したり、むしり取るようにしては放り投げた。

 

 舞花が目を閉じて、ひと言祈りの言葉を口にすると、手元のリブラが強烈な光を放ち、フィギュアたちはその光にてられて、弾き飛ばされるようにバタバタと勢いよく床に落下し動かなくなった。


「さすがはリブラの神器持ち。やりますね、エスタ舞花。と、言いたいところですが、足元を御覧なさい」

 ストリングがニヤリと笑った。

「あっ!」

 舞花が小さく声を上げた。見ると足元に落下して転がったフィギュアは、どれも口元から血を吐いている。

 いやそれどころか、俺が払いのけたものに至っては、床に叩きつけられて手脚が捻じ曲がり、頭が潰れていたり、身体から血を流したりしている。

「ひっ!!」

 俺は叫んで、今いる場所から飛び退いた。


「酷いですねぇ、あなた達は。このフィギュアは元の人間の身体の一部を取り込んで培養して育てたものなのですよ。まあ、言ってみればミニチュアサイズのクローンのようなものです。血も肉も、それに魂も封印されているから意識だってあるのです。それをそこの彼は、まるでハエでも叩き潰すみたいに。皆さぞかし痛かったことでしょうねぇ。苦しかったでしょうねぇ。あぁ、なんてことだ。かわいそうに…」

 

 ストリングの言葉を聞いていた舞花は、下を向いて顔を背けた。

「なんて酷いことを…。なぜ、なぜこんことをするのです?」

「何を言っているのですか、酷いのは人形を殺したあなた達の方でしょう?」

 わざと意地悪く、舞花の言葉に憤慨したフリをして、人形使いが笑いながら言った。 


 ――この野郎… 

 こんなに胸糞の悪い攻撃があるだろうか?

 確かにさっきまで俺は、リブラ教も魔人も関係ねえよって思っていたさ。けど…、これはダメだろう。胸がむかついて吐き気がしてきた。

 正義感というよりは、魔人に対する何とも言いようのない怒りがふつふつと湧いてきた。 

――あいつ、絶対許せねえ

 

 無惨な姿のフィギュアたちを目の当たりにし、怒りと哀しみ、悔しさが入り混じって歪んだ舞花の顔。辺りに散らばる、性別も年恰好も様々なフィギュアたちを拾って、そっとその胸に抱きかかえた。

「そうですね、あなたの言う通りです。気が付かなかった私の責任です。――ごめんなさい皆さん、許してください…」

 胸のリブラが再び輝き、光に包まれてフィギュアたちは浄化され、消滅した。

 視線を上げ、ストリングを見た舞花の眼に涙が浮かんでいる。つぅと零れ落ち、一筋頬を伝った。

「あなたのやりそうなことなど、わかっていたはずなのに」


「涙? ほぉ、美しいですねぇ、女性の涙というのは、いついかなる時も。私たち魔人にだって、美しいものをでる気持ちくらいはあるのですよ。そう、今死んでしまった彼らのことを思い、哀しんで涙しているあなたの姿はとても美しい…。ああ、まるで聖女のようだ。――ただ…、そんなあなたのことを、可哀想だとも、気の毒だとも、私はこれっぽっちも思いませんがね」

 ストリングがせせら笑うように言った。


「そうですか…。でも私の心は今、鋭いやいばで裂かれ、えぐられるように痛い。あなたに弄ばれ、フィギュアに封じられた人たちのことを思うと。でも同時に私は、このような痛みを感じる心を授けてくださった神に感謝しています」

「神か。ふん、戯言たわごとを」

 それを聞いても、魔人に動じる気配はない。


「亜門くん、これ」

 コートのポケットからからエアガンを取り出して俺の手を握った。

「これって、あの時の…」

 思わず舞花の顔を見た。いつになく寂しげに笑っている。

「もしかして役に立つかも。何かあったら私に構わず逃げて」

「何かって…」 

「私…、やっぱりあいつ、許せない!!」

 言うが早いか、ストリングに向って駆け出した。

「あっ! おい待て!」


 舞花は身を低くして走り、素早く剣を振るって、ストリングの懐に斬り込んだ。が、予期していたように、ストリングは一瞬早く背後に飛び退いた。

「チッ…」

 同時に舞花も背後に跳んで態勢を立て直す。


「エスタ、遊びは終わりです!」

 再び右手を挙げて人差し指を廻すと、またもや数体のフィギュアが突然どこからともなく現れ、舞花の頭上を旋回し出した。

 スッと振り下ろした右腕の動きに合わせ、一体のフィギュアが急降下してきた。しかし今度のは…。

 一瞬キラリと光ったのを、咄嗟に短剣で斬り払った。弾かれたフィギュアには、抱きかかえるように刃物が縛りつけてあった。


「さあ、聖なるエスタに死を!」

 ストリングが両腕を振り上げた。飛び交う刃物を抱えたフィギュアたちが、舞花に狙いを定めるように、一瞬空中で動きを止めた。


 ――ヤバい…

 反射的にエアガンを構え、フィギュア目掛けて連射した。


 ――アタレ!

 念じた弾は幾筋もの光跡を残し、それぞれが自ら標的へと軌道を変え、命中した途端、光を放って浮遊するフィギュアたちは消滅した。


「なに、今の!?」

 一瞬の事にあっけにとられ舞花が振り返った。

「あなた今、何をしたのです?!」

 ストリングも驚いて俺の方を見た。

 しかし、舞花はこの機を逃さず、ストリングの目の前に短剣を突き付けて言った。

「今すぐフィギュアの中の魂をすべて解放しなさい!」


 ストリングは舞花に視線を戻し、怒ったように眉を吊り上げた。

「そんなことは出来ませんよ。人形の中にいる人たちは皆、私と契約して自ら魂を差し出したのです。一方的に私の意志で解き放つことなど出来ません。――そもそもこの人たちは、皆一度は死への願望を抱いた者たち、この世に未練などないはず。誰も戻りたいなどとは思っていませんよ。わざわざ自分が絶望した世界なんぞにね。元々あなた達の出る幕など最初からなかったのです。それを…、忌々しい。今すぐ私の目の前から消え失せなさい!」


「うるせーんだよ、てめえが消えろ!」 

 舞花に駆け寄り、エアガンを構えた瞬間、ストリングが糸を引き寄せるように軽く右手を引いた。見る間にぐんっと、床から何か大きなモノが勢いよく吸い寄せられて弾を遮った。

 ぷすっ、ぷすっと音をたて、穴が開いたのは、ついさっき魂を抜かれた後藤さんの背中だった。

「あっ!」 

 銀色の光に包まれ、浄化された後藤さんは、すぐに糸が切れたように力なくまたその場に倒れた。


「君、さっきから小賢しいですね。なら、これでどうです?」

 目を閉じ、ストリングが両腕を軽く広げる。両手の指先が器用に複雑な動きを始めた。それと同時に、周囲にあった大小様々なフィギュアたちが、カタカタと操り人形のようにぎこちなく動き出した。そのどれもがメスのような刃物を腕に巻き付けている。

「なっ!? まさかこいつら全部…」

「亜門くん、後ろ!!」

 振り向きざまに、最初に飛びか掛かって来たフィギュアに向けてエアガンを撃った。


その後も襲ってくるヤツを二体、次々に撃ち抜いた。フィギュアはすぐに浄化され消滅した。舞花は短剣を握って身構えていたが、それを見て自分から攻撃することに躊躇している。

 次々と周囲にフィギュアが集まって来る。二人じりじりと後ずさった。


「舞花、剣を貸してくれ」

「えっ、どうして?」

「たぶんもうすぐ弾が切れる。このままじゃ俺たちも、フィギュアの中の人たちも、誰も助からない」

 言いながら目の前に飛んできた小さなフィギュアを一つ撃ち抜いた。

「だけど…」

「だから、お前は祈れ。エスタなんだろ! 神器を使ってこの状況をなんとかしろ!! その間くらい、俺があのジジイをなんとかする!!」


 舞花が俺の眼を見た。

「わかった、お願い」

 そう言って短剣を手渡し、リブラを捧げ持つとすぐに祈り出した。

「我がしゅ、天上のアモルよ、我の願いに答え、悪しきこの魔人を打ち倒し、迷える人たちの心をお救いください…」


 その間にも、すぐそばまで来ていた二体を続けざまに撃った。――が、次にトリガーを引いても三発目が出ない。どうやら弾が尽きたらしい。エアガンを放り投げ、右手に舞花の短剣を握り直し、もう一体はそれではじき飛ばした。


 神に祈り続ける舞花の周囲が次第に金色の光に包まれ出す。それに反応するように、フィギュアたちの動きが鈍った。

――しめた! どうやら舞花の神器が発するリブラの光のために、簡単にはこちらに近づけなくなったようだ。 


 俺は受け取った舞花の短剣を見ながら、心の中で念じた。

――リブラの神さん、いるなら何とかしてくれ!!

 それが通じたのかどうかわからないが、にわかに短剣が銀色に輝き出した。

「よし!」

 見るとストリングは目を閉じたまま、人形使いの名にふさわしく、手と指を激しく動かし、複雑に動くフィギュアたちを操っている。


 リブラの光から抜け出すと、すぐにフィギュアたちが一斉に俺を襲って来た。しかしそれも、振るった短剣に触れると、すぐに浄化され、消滅した。


「ストリング! フィギュアを止めろ、この人たちの魂を元に戻せ!」

 魔人が目をけ、こちらを見て睨んだ。

「まったく、あなた達は何度も何度も同じことを。まるで聞き分けのない駄々だだっ子みたいに。この人間たちの魂は、私が長年かけてコレクトしてきたものです。返すことは出来ません。これからの私たちに、人間の魂は一つでも多く必要なのです」

「そうかい、それじゃどうあってもこれであんたを倒すしかないようだな」

 剣で斬り払うように斜めに腕を振った。

「なんだ、それは…」

 俺が手にした短剣のしろがねの耀きを見て急に顔色を変えた。周囲のフィギュアたちの動きも止まった。


「う~ん、君は少々厄介な人ですね。そんなモノを振り回して。仕方ありません、こちらも本気を出しますか」

 ストリングが今度は左腕を軽く上げ、人差し指を立て、小さく輪を描いた。その途端、身体が何かに縛られ、ピンっと糸で引っ張られるように緊張し、首から下の身動きが取れなくなった。と同時に、短剣の輝きが失われていく。


――なっ、動けない!? 

 身体の自由が利かない。まるで自分の意志がなくなってしまったように全身の感覚が消えてしまった。


「いかがです?」

「てめえ、何をした…」

「君にそんな危ない代物しろものを振り回して暴れられては困るのですよ」

 ストリングが左手の指で何度も円を描いた。

「ああっ!」

 その度に、俺の身体がギクシャクと滑稽な仕草で勝手に動く。

「チクショウ、やめろ!」

「あっはっはっは、愉快、愉快」


 すぐにストリングが視線を舞花に移し叫んだ。

「エスタ舞花! 祈りをやめなさい」

 広がるリブラの光の中で、一心に祈り続けていた舞花が目を開き、こちらを見た。

「これを御覧なさい」

 そう言って再び左手の指でくるりと円を描いた。俺の右腕が勝手に動いてザクリと自分の左腕を斬りつけた。

「うあぁっ!!」

 自分の意志でない分、ダウンジャケットの上からでも深く傷ついて血が流れ出した。


「亜門くん、何を!!」

 舞花が驚いて悲鳴のように叫んだ。

「違う、身体が勝手に…。操られて」

 焼けるような強烈な痛みにも関わらず、身体が動かず身動き一つできない。まさに拷問だ。

「さあ、今度はどこがいいですか? エスタ舞花」


「やめて、何をする気?」

「何をしましょうか。何でもできますよ。彼はもう私の意のままです」

 魔人が左指で輪を描き、短剣を握った俺の右腕を操って、突きつけるように喉元まで運ばせた。

「さあ、あと一突きで終わりです」


「やめて、やめてください…」

 苦しげに下を向いた。

「私の負けです。亜門くんを自由にして…」

「ほう、負けを認めますか、エスタ」

「だめだ舞花、祈りをやめるな、リブラでコイツを滅しろ!」 

「うるさいですね、君は。ちょっと黙っていてください」

 言われた瞬間、うつ伏せに床に倒され、上から何か見えない強烈な力で押し付けられた。

「うがぁぁぁ」


「やめて、もうやめて、亜門くんを放して!」

「いいでしょう、わかりました。彼を自由にしましょう。ただし、その代わりに」

 舞花が顔を上げ、ストリングを見た。

「何が、何が望みですか」


 薄気味の悪い微笑みを浮かべ、魔人ストリングは真っ黒い背広の懐から、教会服姿の舞花のフィギュアを取り出した。

「あなたの魂。――を貰い受けましょうか。リブラのエスタの魂を人形に封じ込めれば、それはそれは強力な呪物となることでしょう」

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