第2話 「舞花と亜門」 (後編)
翌朝、舞花はノックもせずにいきなり俺の部屋のドアを開け、「鳴神さん朝ですよ、いつまで寝ているんですか!!」と掃除機を
「おわっ、なんだ、なんだ!!」
飛び起きてベッドに身を起こし、ぼんやり寝ぼけ
「早くしないと学校に遅れますよ」
枕元のスマホを取って時間を見た。まだ七時を少し過ぎたところだ。
「お前、まだいたのか…」
「はい、まだいますよ」
「学校って、二月だぞ、大学は春休みだ!」
「えっ? そうなんですか。でもそれなら、ゆっくりと一緒に朝ごはん食べられますね。もう出来ていますよ」
「えっ、あぁ、そう、なんだ…」寝起きで、まだ頭がぼうっとしている。
ベッドに座り直し、ふと思った。だけど、なんだかこんなふうに女の子に起こされるのも、悪くはないな。新婚さんみたいだし…。
「鳴神さん、朝、女の子に起こされるのって、そんなに嬉しいですか?」
舞花はそう言って振り返り、かわいらしくにっこり笑顔で部屋を出て行った。
――って、しまった。どうやらこのニヤケたまぬけ
しかし、そもそも新婚さんみたいだ、などと、まあ…、一瞬でもそんな甘い夢を見ていた俺は、やっぱりただのバカだったのかもしれない。
「なんだ? このタモさんのサングラスみたいのは」
目の前の皿の上に、黒光りする目玉焼きらしき物体が二個並んでいる。
「ああ、目玉焼きが
「俺は目玉焼きにはしょうゆ派、なんだが」
「平気ですよ、同じようなもんじゃないですか」
うーむ、コイツに遠回しのイヤミは通じないらしい。
「大体この物体、ソースなんぞかけなくても黒焦げのガビガビではないか。炭だな。もはや食い物とは呼べん。それにこの横の黒くて四角い物体は何だ?」
「何ってトーストですよ。もうさっきから文句ばっかり。私たちはいつでも質素な生活していますからね。決して食べ物に不平不満を言ったり、粗末にしたりしません。贅沢して育ったんですね、鳴神さんは。これだからお金持ちの人は・・・。」
それを聞いて、相変わらず自分の非を認めようとしないコイツの態度に腹がたった。
「やかましい、何が贅沢だ。お前こそせっかくの食べ物を、わざわざ食えないように調理して、しっかり粗末に扱ってるじゃないか!」
「なに言ってるんですかぁ。食べられますよぉ~」
怒って黒焦げのトーストを一口
「うっ! ニガイ…」
素早くテーブルに両手をつき、ゴツンと音をたて、大袈裟に頭を下げた。
「ごめんなさい!! 私が悪かったです。おっしゃる通りです。食べられる物を食べられなくして、すみませんでした! 何か別のモノをつくってください!!」
「うん、まあ、わかればいい…。そうか仕方ない、つくり直す。食パンまだあったよな、フレンチトーストでいいか?」
「はい!! 食べられる物なら贅沢は申しません・・・」
舞花は手をついたまま、キリっとした表情で俺を見上げて言った。
*****
「やっぱり、鳴神さんの料理、おいしい!」
フォークに刺したフレンチトーストを一切れ口に運び、嬉しそうに言った。
「実は私、修道院でも食事係だけはやらせてもらえなかったんですよねぇ」
「まあ、そうだろうな。目玉焼きとか、あんな料理とも言えないものですら、まともに出来ないようじゃ…」
「そうですよね…」
舞花が暗い顔をして、哀しげに下を向いたので、ちょっと言葉が過ぎたかと思い、慌てて取り繕った。
「ああ、いや、そんな気にすんな、料理なんて慣れれば、誰だってそれなりに出来るようになるさ」
「そう、ですかね…」
「ああ、そうさ」
舞花は俯いたままで、まだしょげているみたいだ。
「――けど、じゃあどうして今日は朝飯つくろうなんて思ったんだ?」
「それは・・・。私、鳴神さんに何かお礼がしたいなって、思って」
なんだ、コイツ少しはかわいいとこあるじゃないか。
「だって、他に行くところも、お金もない私を、ここに住まわせてくださるんですから」
――ん? なんだと?
「おい、ちょっと待て。誰がそんなこと言った? これ食ったら、ここ出て行くんだよな?」
問い
「あの時魔人に取り憑かれていたとは言え、神に捧げた
「ふざけんな! 昨日の話、どこをどう解釈したらそうなるんだよ!!」
「さあさあ、そうと決まれば早く食べましょう。食事が冷めてしまいますよ。ね!」
あまりの言い草にあきれ返り、二の句が継げなくなってしまったが、にっこりと笑って、おいしそうに食べる舞花を見ていると、どこまでが本気でどこからが冗談なのか、よくわからなくなってくる。
――くっそ、この女~、なんて図々しい。
それでも…。ここまでするということは、たぶん彼女、ほんとうにどこにも行くとこがないのだろう、そう思った。
それになんだか、彼女の言動を見ていると、どこか憎めないところもあって、本気で怒る気がなくなってしまうのは、どういうわけだろう? ――もし本当に嫌なら、もうとっくにここから追い出してしまっているだろう。それをしないということは、単に俺が彼女の色香に惑わされているだけなのだろうか。それとも…。
「そう言えば、鳴神さんって、下の名前、何とおっしゃるんですか?」
「ん? そっか、まだ自己紹介してなかったな、――
「亜門!
「一年。今度四月から二年になる」
「へえー? そっか、私より一つ年上なんだ。私もこの春から大学生なんですよ! 何月生まれですか?」
「ん、なんで? 三月だけど…」
「えっ? それじゃ学年は一つ上だけど、ほとんど変わらないじゃない! 私、四月生まれだし。なあんだ、じゃあこれからは亜門くん、って呼ぶね」
「なんだ、それ。急に馴れ馴れしい」
「それじゃあ、お返しに私のことも、舞花って呼んでいいよ、少しだけお兄さんだし。ね、嬉しいでしょ?」
「うるせえよ。お前なんか、お前でたくさんだ!!」
*****
さて、舞花がここに住み着いてから三日ほどが過ぎた。
今日は朝から天気が良く、冬の低い日差しがリビングに差し込んで、暖房をつけなくても暖かさを感じる。のどかな一日である。
その日の昼食後、目の前にいる彼女に、コーヒーを
「あのさ、舞花お前、いつまでここに居るの?」
「えっ? ずっといるよ」
修道院から、ちょっとした荷物はすぐここに運び込んだようだが、それもスーツケースが一つ程度だったし、なんだかんだ言っても、すぐに戻るつもりなのだろうと、実は高を括っていたのだが・・・。
「はっ?」
「やだあ、亜門くんって、意外と寂しがり屋なんだ。そうだよね、家族と離れて一人暮らしってやっぱり寂しいもんね。心配しないで。私、ずっとここに居てあげるから!!」
「誰がそんなこと言って・・・。――そ、そうだ、そんなこと言うなら下宿代払えよな。ただ飯食いやがって」
「ああ、そのことなら、もう少し待ってくれる? 今はお金ないけど、ちゃんと考えてるから」
「考えてるって、バイトでもする気か? お前、髙三だろ、学校はどうしたんだ、行ってないみたいけど。受験シーズンだからもう授業はないのか?」
「ああ、もともと私、高校には行ってないから」
「えっ? なんで? 今度大学だって…」
「うん。私、教会のエスタとしての仕事があったから。でも高卒の資格は試験受けて取ったし、大学は教会の推薦で」
「教会の推薦?」
「そう。神学部だから。
「ほおー、神学部か、俺と一緒だな」
「えー、うそー。亜門くん、リブラの『
「そうだよ。あそこがここから一番近い大学だったからな。通いやすさ重視だ」
「だけど、真智大学って難関だって聞いたけど」
「そうらしいな。だから一番偏差値的に入りやすい神学部にした」
「そんなぁ、亜門くん神も信じてないし、宗教とかにも興味ないんでしょ?」
「そうだな、ないな。でも心配すんな、三年生になったら転部する予定だ。就職に有利な経済学部かなんかに」
「ええー、もう、サイテー。なんていい加減なの。――でもそんなに上手くいくの?」
「さあ、わからん…。それより、さっきの下宿代の話はどうなった?」
「ああ、そうそう。これ」と、舞花はスマホの画面を見せながら言った。
「なんだ、これ? 『魔人関係のトラブル解決致します 払い魔・魔人憑依の除霊も承ります
「私、教会のエスタは解任されてしまったけど、
「フリーのエスタ?」
「そう。教会には属さずに、魔人に取り憑かれたりして、困っている人達を救う仕事」
「なんだ、それ。そんなの仕事になるのか?」
「なるわよ。私、ずっとやって来たんだから。本来、それって教会の仕事なんだけど、魔人関係のトラブルってとっても多くて、なかなか全部には対応しきれていないの。勘違いとかも多いしね。だから、SNSを使って宣伝すれば、個人でやってもきっと需要はあるはず。――そうねぇ、例えるなら、警察ではなく私立探偵、みたいなイメージかしら」
と、舞花は自信満々で言った。
「魔人を退治して金を稼ぐと?」
「まあ本来人助けだし、基本は無報酬なんだけど、もし依頼主が何かしらお布施や謝礼をくれたら、それを下宿代に回すから、もう少し待って」
「そんな話聞いたことないぞ。SNS使っていくら宣伝したところで、そんな依頼、いつまで待ったって来るもんか! 大体魔人なんている訳が・・・」
「この間、あんなことがあったのに、まだ信じていないの? いるのよ、魔人は。依頼人だってきっと来る」
「バッカばかしい、有り得ねえ」
俺がそう言い終わった途端に、インターホンの呼び出し音が鳴った。あまりにタイミングが良すぎて、思わず二人で顔を見合わせた。
恐る恐る「はい」と答えながらスイッチを押した。インターホンの画面にダウンのコートを着た上品な女性が一人映った。
「あの、こちらに、憑依した魔人を払ってくださるエスタ様が・・・」
まさか…。俺は心底驚愕した。
「あ、はい。私です!! どうぞ今開けます」
舞花が俺を突き飛ばすように押し
「ほおーら、早速来たじゃない」
ニヤリと笑い、腰に手をあてて得意気に言う。
「そんなばかな・・・」
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