第29話 白銀の騎士
オウガのイメージによるレガリアの創造は想像を絶するものだった。オウガを敬愛するラヴニールにとっては、オウガのセンスを否定したくはない。しかし、オウガにあまり変な格好をして欲しくもない。何か解決策はないかと泉のほとりで頭を抱えていると、泉の中から少女の声が聞こえてきた。
『私に良い考えがある』
活動を停止し、泉の中に放り込まれたディアが目を覚ましたのだ。びしょ濡れになりながらもそれを意に介さずザブザブとラヴニールの元へ歩いてくるディアに、ラヴニールは訝しんだ視線を向けた。
「あなたの良い考えはアテになりません」
『まぁそう言うな。オウガ単独での創造が無理ならば、私が手助けしてやろう』
「そ、そんなことができるのですか?」
『単純なものなら私が誘導できるだろう。今よりはマシなものになると思うぞ』
「それなら何故最初からやらないのですかッ?」
『オウガの美的センスの欠如は私の想像を超えていた。このことを事前に伝えていなかったお前にも落ち度があると思うが──』
「ごめんなさい」
素直に頭を下げるラヴニールであった────
────オウガの待つ小屋へと戻ったラヴニールとディア。部屋の扉を開けた二人の目に飛び込んできたのは、更なる異形と化したオウガの姿だった。
「おかえり二人とも。俺なりに配色も変えてみたんだけど……ど、どうかな?」
極彩色の豚の邪神……決して目に優しくない光にラヴニールはスッと目を逸らした。
「ど……独創的で良いと思います」
『旧世界の戦場にて奇抜な格好や行動で自己表現を行う者を “傾奇者” と呼んだらしい。お前のその異様な出立ちはまさしくエデンスフィア
「それは褒めてるのか?」
「あ、あのオウガ! ディアがレガリアの創造を手伝ってくれるそうですよッ」
「ディアが?」
『オウガ、まずは元のツキナギのレガリアに戻れ。そこから徐々に変化させていくことにしよう』
そこはかとなく悲しげなオーラを纏ったオウガであったが、大人しく元のレガリアの姿へと戻った。目を閉じ、その輝く鎧に手を添えたディアの身体から淡い光が浮かび上がってくる。
『オウガ。私の魔力に同調しろ』
「あ、あぁ……」
言われるがままにディアの魔力に同調し始めるオウガ。二人が同じ色の光に包まれると、ディアは目を見開き説明を始めた。
『ツキナギのレガリアは兎を模している。ならばその造形を削っていき、シンプルな物へと変えていこう。金色の装飾も赤色の紋様も全て削る。無機質に見えるかもしれないが、白銀一色の鎧にするぞ。それに加えて大きさも変える。今のお前は170cm程度だが、男として戦場に出るなら大きいに越したことはない。10cm程伸ばすぞ』
ディアの言葉通りに、オウガの鎧が光を纏って変化していく。身長は180cmを越し、細部にあしらわれていた装飾は消え失せシンプルな鎧へと変貌していった。
『お前自身のレガリアである剣もシンプルな造形だ。全てをそれに近づけたから違和感もないはずだ。これでどうだ、ラヴニール?』
「え……」
その輝きに目を奪われていたラヴニールはディアの言葉にびくりとした。視線をオウガへと戻し、再度その鎧を吟味する。
────綺麗。
ただただそう思った。一点の濁りもない雪原のような輝き。内に呪いを宿しているとは到底思えない神聖さ。暖かさと冷たさを両立させたかのような輝きに、ラヴニールは感極まり強く目を閉じた。
「────とても良いと思います」
潤んだ瞳に微笑みを浮かべた表情のラヴニールの言葉に、オウガは黙って頷いた────。
────────────────────
────月は夜空に静かに浮かび、柔らかな銀の光を大地に注いでいた。魔力を含んだ神秘の泉は、その光を受けて淡い輝きを放ち、水面は穏やかに揺れている。
聞こえてくるのは夜風に揺れる木々の音のみ。そんな静寂に包まれた泉の中心に、一人の人物が佇んでいる。
その人物────白銀の騎士が泉に浸かるその光景は、まるで月が舞い降りたかのような錯覚を覚えさせるほどに幻想的なものだった。水面の輝きと同様の光を纏い、水面に映る自分の姿を見つめている。
まるで時が止まってしまったかのように風が止み、全ての音が無くなった世界で、白銀の騎士の優しげな声が美しく響き渡った。
「────大丈夫だよ。私が助けてあげるからね」
それは誰に向けての言葉だったのか。その白銀の騎士の言葉に反応するものは誰もいない。
ただ震えるように、泉に浸かる白銀の騎士の足元から波紋が広がっていくのみであった────。
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