第28話 邪神降臨!

「レガリアの見た目を変える?」


 そう疑問を口にしたのはオウガであった。村を出て戦いに参入する決意をしたオウガにディアからもたらされた提案────それは、オウガが身に纏う母ツキナギのレガリアを変化させるというものだった。



『ラヴニールからも聞いたのだが、お前の母ツキナギは相当に名を馳せた戦士だったそうだな。であれば、当然ツキナギのレガリアを見た者も多いはずだ。そのままではお前の正体を隠すのに支障が出る』

「王国の騎士団長クラスになると、ほとんどがツキナギ様のに付き合わされています。ここはディアの言う通りにした方が良いかと」

「…………」


 このディアの提案にラヴニールも首を縦に振った。二人が勧めるなら断る理由など何もない。だが、オウガは躊躇していた。戸惑うオウガを見かねたディアが、その宝石のように赤い瞳でオウガの顔を覗き込む。



『どうしたオウガ? 母のレガリアを変化させることに抵抗があるのか? だが見た目が変わっても本質が変わることはない。ツキナギに悪影響を及ぼす可能性はゼロだ』

「え……い、いや……そうじゃなくて……」



 目をこれでもかと泳がせながらどもるオウガを見て、ラヴニールは “しまった” と目を密かに逸らした。



(……そういえばオウカは絵が苦手でした)



 ラヴニールが頭を抱えるほどにオウガの美的センスは絶望的だった。事実、オウガの美的センスを目の当たりにしてきたラヴニールは、“独創的ですね!” と言う他なかった。そして、自分の美的センスの無さをオウガ自身も自覚していた。だが、生来のセンスはいくら鍛えようとも中々改善されるものではなかった。



「オウガ……ツキナギ様のレガリアは “兎” を模したものです。あなたも何か動物を模した鎧をイメージしてみてはいかがでしょうか?」



 見本となるものがあれば創造もしやすい。ラヴニールの助け舟にオウガは “なるほど” と頷き目を輝かせた。


 ツキナギのレガリアは月光の如き銀色を基調とし、夜空に浮かぶ月のような淡い金色の装飾が施され、頭部は兎を模した造形、脚部には彼岸花を思わせる赤い紋様が刻まれている。そしてその月光の美しさを際立たせるような真紅のマント──── まさに “月の防人“ と呼ばれるシロガネ族に相応しい造形美であった。



 ラヴニールとディアが見守る中、オウガの身体が光に包まれる。


 レガリアとは魂の具現化。想いが象られるその造形は術者のイメージによってほぼ決まる。オウガのイメージする動物を模したレガリアが、今まさに顕現しようとしていた────





『…… “豚“ か? なるほど、豚を模した鎧というものは私の記録にもない。これならツキナギのレガリアだと気取られることはないだろう』

「ぶ、無礼者! これは “ハイエナ” ですッ。見なさいあの鼻と目を。頭部に毛もあるでしょう」



 光の中から現れたオウガの異様────肥大した胴体は無駄に膨らみ、脂肪が鉄と化したかのような鈍い光を放っている。そして何よりも特徴的なのが頭部だった。上向きに突き出した鼻はまさしく豚のようで、その下には薄笑いを浮かべているかのように歪んだ口が刻まれている。そして、全ての光を飲み込むかのようにポッカリと開いた眼窩が更にそれらの不気味さを際立たせていた。

 そして申し訳程度に頭頂部に生えた毛髪が虚しく揺れている。




 

「…………ライオンなんだけど」

「えッ!?」

『ライオン? どこがだ?』


 ボソリと呟かれたオウガの悲しい声にラヴニールは肝を冷やし、ディアは首を傾げた。



「え、あ……あぁ! よ、よく見たら確かにライオンでしたッ。たてがみも生えてますし、私が間違えていましたッ。ど、独創的で良いと思います!」

『待てラヴニール。私の記録ではこのようなライオンは存在しない。模倣とはいえこれではあまりにも乖離し過ぎている。このライオンはどこに生息する種のライオンなのだ?』

「だッ、黙りなさい!」



 慌てたラヴニールがディアの口を塞ぐが、ディアから放たれた無垢なる暴力はオウガの心に多大なダメージを与えていた。



「む、胸がッ……心が痛いッッ────」

『心を落ち着かせろオウガ。お前の魂がざわめけば呪いの侵食が早まるぞ』

「誰のせいだと思っているのですかッ」

 

(……ラヴィの反応も結構傷付くんだけどなぁ)



 邪神のどんよりとした視線に気付いたラヴニールが、こほんと咳払いをする。そして真面目な顔つきになり、その漆黒の眼窩に向き直った……が、やはり目を逸らしてしまう。



「……お、オウガ。確かにライオンも良い案ですが、我が国の二大騎士団である “ソラリス騎士団“ の紋章は日輪と獅子がモチーフになっています。加えて団長のレオン将軍のレガリアも勇壮な獅子を模したものです。ですので……あの……その……か、被ってしまってるかと……」

『レオンとやらのレガリアもこのように不細工なの──』



 オウガから見えぬ角度でラヴニールの親指がディアの背中へとめり込んだ。ラヴニールの魔力操作によって魔力の流れを断ち切られ、魔導生命体とでも言うべきディアは活動を停止し、言葉を言い切ることなくその場に崩れ落ちた。



「ディア! どうしたんだ!?」

「魔力切れでしょうか? 最近んです。ちょっと泉で休ませてきますね」



 不気味な姿で驚くオウガに一礼し、軽々とディアを抱えたラヴニールは、まるで逃げるような早足で外へと出ていくのであった。

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