第27話 名乗り

 ラヴニールが差し出した王の印が押された羊皮紙。その存在にオウカは驚きを隠せないでいた。

 


「勅許状!? い、いつの間にこんなものを……」

「陛下が再婚された時に進言し拝領しました」


「そ、それって2年も前じゃない。そんな前からこうなることを読んでたの?」

「元より拠点を手に入れる計画は立てていました。そこで目をつけたのがこのパラディオンです。パラディオンは戦地から近いというデメリットを抱えていますが、私たちにとってはむしろメリットになります。そしてパラディオンを手に入れる最大のメリット……それは天津国の存在です」


「天津国の……」

「天津国は小国でありながら唯一天蓬国との国交を持っています。それは天津国が大国と渡り合えるだけの力を持っていることの証明……私たちは捻れてしまった天津国との関係を修繕し、独自に同盟を結びます」


「独自に? それって……」

「はい。私たちは王国からの独立を宣言します」



「ちょ、ちょっと待って。ただでさえ今は多くの貴族が反乱を起こそうとしてるのに、独立なんて宣言しちゃったらそれを扇動しちゃうんじゃ?」

「もちろんそれが狙いです。オウカ、私は陛下と密約を交わしています。表面上は独立しても王国への忠誠は変わりません。王国の深くにまで巣食った病巣を炙り出し、これを機に根絶します」


「私たちの独立に乗っかってきた貴族たちを誘き出すの?」

「はい。ですが敵か味方かを見極める為にも当分は泳がせ、しばらくの間は都市の機能回復に努めます。独立し、戦争に浪費する分の財を復興に充て人を集め、天津国との関係を改善します」



 敵味方を判別するための必要な犠牲……そうは分かっていても、オウカは難色を示した。できることなら早く参戦し、救える命を少しでも多く救いたい。そんな想いが胸に去来するが、この戦乱の世において綺麗事だけでは大事は成せないということはオウカにも分かっていた。



「ラヴィの考えは分かったよ。こんなことを2年前から考えてたなんて流石だよ。……でも、みんなが納得してくれるかな?」

「オウカの心配はもっともです。どれだけ良案を提案しようとも私はまだ子供、恐らく人を動かす力はないでしょう。ですのでローダン様の息子である “ファーレン様” に私の補佐を務めてもらいます」


「息子さんがいるんだ?」

「以前ティエンタに向かうためにパラディオンに寄ったことを覚えていますか? その時に私はそのファーレン様とお話ししたのですが、父君同様非常に知的な方で、立派にローダン様を支えてらっしゃいました。このファーレン様と二人三脚で都市を運営していきます。ちなみにローダン様とファーレン様にはすでにこのことを伝えてあります。ローダン様も国のためならといざぎよく退く決意をされました」


「もうそこまで……。でも、ローダンさんを糾弾する声が上がってるんでしょ? ファーレンさんも巻き込まれるんじゃ?」

「ローダン様が一芝居打ってくれました。自分を悪者とし、それを息子であるファーレン様が糾弾する。これによってファーレン様は民衆の味方になりました。ファーレン様が副都市長になっても問題ありません」


「王国の為に……そこまでしてくれるなんて……」



 ローダンのこの行いは、王国の為とはいえ都市を衰退させた自分に対する罰でもあった。全ての罪を自分が被り後世に託す────その自己犠牲の精神は、オウカの胸に深く刻まれることとなった。





「よく分かったよ。ローダンさんの為にも、必ずパラディオンを復興させよう」

「はい。それでオウカ……ファーレン様にはあなたがエルヴァール様であることを伝えても?」



 ラヴニールの問いに、オウカは目を閉じた。


 女であることを捨て、王子として……王となることを決意した聖燈儀礼のあの日。だがその決意も呪いによって水泡に帰した。王子として死んだことになった自分は一体何者なのだろうか……女であることを隠すことに意味はあるのだろうか? そんな想いがオウカを悩ませていた。


 だが、オウカは自身のレガリアを発現させ未来を予兆する力を手に入れた。まるで占いのような、直感のような能力……頼りないと自嘲する力ではあったが、無視できない自分も確かにいた。

 そんなオウカが未来予兆の力で導き出した答え。それは────





「ラヴィ。そのことで話があるんだ」

「は、はい」



 オウカの底知れぬ決意めいた声に、ラヴニールは息を呑んだ。




「王子エルヴァールは死んだ。でも……この名前には利用価値がある。今後エルヴァールの名前は道具として使える時は使っていく」

「道具……で、では今後は桜華オウカの名を────?」



 尻込みするラヴニールの問いに、オウカは静かに首を振った。



「母上がくれた女としての名前……でも私は、もう女として生きるつもりはない。聖燈儀礼のあの日に、私は王国に身を捧げる決意をしたんだ」

「オウカ……」



 自分だけに教えてくれた秘密の名前。その名前すら捨てようとするオウカの決意に、ラヴニールは強いショックを受けた。だがそんなラヴニールを見て、オウカは自嘲するように微笑むのであった。



「ふふ。でもね、やっぱり捨てることなんてできない。だからさ、少しだけ変えることにするよ。オウカじゃ女の子っぽいからね。これから私のことは────のことは……【オウガ】と呼んで欲しい」



 少女は女であることを捨て名を変えた。傭兵という男の稼業の中に溶け込む為に……死する運命の自分が恋をせぬ為に……そして、女であることを隠せという自分の直感に従う為に。

 

 新たな決意。ラヴニールが暮らせる世界を作る為なら手を穢してみせる。その為なら、魂を喰らう怪物オーガになってみせる。王であり父でもあるグスターヴの為に、王国に仇なす者たちを喰らい引き裂く “王の牙” とならん────


 

 世界で最も優しい少女は、自己犠牲とも言える信念を胸に秘め、戦士としての名乗りを上げたのであった。

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