第26話 動き出した運命
隠し村ルーンヘイブンでオウカたちが研鑽を積む中、国内情勢も刻一刻と変化していた。
まず、国王グスターヴが新たな妻を娶ったこと。しかもその相手は王専属の侍女だった。ツキナギに次ぐ身分差のある婚約に王宮内はざわついたが、戦乱の中に舞い込んだ吉報に世論は穏やかな反応だった。
そしてこの再婚の裏ではオウカの強い勧めがあった。幼き頃より侍女の人柄をよく知るオウカは、傷心の父を必死に支えてくれる侍女と夫婦になることを進言した。ツキナギが亡くなって一年あまり、生涯ツキナギだけを愛すると誓ったグスターヴは無論これを拒否したが、世継ぎであったオウカに “世継ぎを残すことも王の責務” と説かれると首を縦に振らざるを得なかった。
少なからず想い合っていた二人の婚約はトントン拍子に進んでいった。侍女は妾としての立場を提案したが、グスターヴは王妃として侍女を迎える確固たる意志を見せた。そしてその一年後────元侍女だった新王妃は
嘘偽りなき王子の誕生に、オウカは自分の王子としての役目は終わったことを感じていた────
終わらない戦乱────戦うほどに増殖していくライザールの死兵レヴェナントに対抗するため、王国は戦力の増強を図った。新たな騎士団を発足し、貴族の所有する私兵団にも騎士の称号を与え国難に当たらせた。
ルナリア騎士団 団長セレナ・スターヴェイルの腹心である、エリンシア・ゲーテル、アリアナ・セレス、フィリア・イグネウスの3名もまた新たな騎士団長として選出され戦地へと赴いた。
王都防衛の要、虎の子でもあるセレナも出撃しライヴィア王国は決戦に望んだ。全戦力を以って国境を脅かすレヴェナントの掃討作戦を開始したのだ。
負ければ後はない。背水の思いで挑んだ決戦ではあったが、その時悲劇は起きてしまった。
【死の翠星ルジーラ】の参戦────ゲヘナという名のライザールの砦にはレヴェナントを発生させる “地獄炉” と呼ばれる魔導具が設置されていた。この装置を破壊するために、“ノクティス騎士団”・“エンブラ騎士団”、そしてセレナの腹心フィリアが率いる “イグニス騎士団” の約35000もの騎士がゲヘナを包囲した。
その戦場にルジーラは姿を現した。執行長グラスの "神殺しの道" を繋ぐという計画の為に、ゲヘナに集まった騎士たちの肉体と魂を贄にしようとしたのだ。
結末は無惨なものだった。ルジーラの翠星の輝きを見たものは次々に全身が発火していき、その翠炎が飛び火し更なる犠牲者を生み出す。
“その輝きを見たものは死に至る“ ……【死の翠星】という異名の所以であった。
生存者0……攻撃らしい攻撃も受けぬまま、3騎士団は文字通り全滅した。そしてその結果、ゲヘナに設置された地獄炉は多くの騎士を取り込んだことで神の座する深淵近くまで根を張り、難攻不落の大城塞へと成長していった。
この大敗北によって戦力の分散を余儀なくされたライヴィア王国は、国内にライザールの侵攻を許すことになる。手薄になった国中に地獄炉を設置され、恐怖した貴族たちの中にはライザール側に寝返る者も存在した。
そしてこの国家存亡の危機に、遂に2人の少女が動き出した────
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「オウカ、機は満ちました。今こそ動く時です」
「うん。心が痛むけど、この混沌でこそ私たちが動きやすくなる」
地図を広げ話し合う2人の少女。オウカは13歳、ラヴニールは12歳となった初春……呪いによって痩せ細っていたオウカの身体は立派に成長を遂げ、同年代のラヴニールと比べても大人びた美しい女性へと成長していた。
「オウカは公にはできない身分。その為、この戦争に参入するにあたっては傭兵として行動するのが最適かと思います」
「今は他国からも傭兵団が来てるみたいだね。そのどこかに所属する?」
「いえ、私たちで新たな傭兵団を作ります。他国から来た傭兵団はお金だけが目的の志なき者たち。使いやすくはありますが、あくまで道具としてです。彼らと関わりを持つのは得策ではありません」
「そっか。理由はどうあれ国のために戦ってくれてるから、その働きには報いてあげたいけど……」
「無論お金は大事です。今後私たちが活動していく為にも資金が必要になってきます。ですがオウカ、王国の財産を彼らに根こそぎ持っていかれることは避けなくてはなりません。噂ではかなりの略奪も発生しているようです。そのような輩には罰を与えねばなりません」
『無法者を殺しその魂を取り込めば、オウカの延命にも繋がり害虫駆除にもなる。まさに一石ニ鳥というわけだ』
ラヴニールの首に飾られた赤いペンダント、宝石に扮したディアの言葉にオウカは表情を暗くした。
「私は……人を殺してまで生きたくない……」
「オウカ、そのことは何度も話し合ったはずです。今は多くの人間が入れ乱れ、敵味方の判別ができなくなっています。多くの貴族がライザールと通じ王国を売ろうとしているのです。そのような輩を排除しなければ、王国は本当に滅亡してしまいます」
『それにお前が殺さなくてもどの道多くの人間が毎日死んでいる。星の澱みとなるかレヴェナントとなるか。お前に取り込まれた方がお互いにとって良い結果になると思うがな』
「オウカ……王国の力になりたいというあなたの願いを叶える為には、戦いは避けられません。そして王国の敵を排除する為には、あなたの延命が必要不可欠なのです。……でも安心して下さい。オウカが手を汚す必要はありません。私がやります」
『レガリアで人を殺せば魂の穢れが増大する。確かにラヴニールに殺してもらった人間の魂を取り込むのが得策だろう』
オウカの為なら人を殺すことも辞さない……その決意を受け、オウカは静かに首を振った。
「……ラヴィにそんなことさせられない。ごめんね2人とも。大丈夫……私はやるよ。王国の敵を全て排除して、力を蓄える。そして元凶を────」
「オウカ……」
「傭兵として活動するにも資金は必要。仲間も増やさなくちゃならない。その為には拠点が必要になるね」
「……はい。そこで私たちはこの “貿易都市パラディオン“ を拠点とします」
貿易都市パラディオン────国王グスターヴと王妃ツキナギが出逢った思い出深き都市……だが今では天津国との国民間の感情が悪化した為、貿易は停止状態となり、さらに城塞と化したゲヘナに比較的近い位置にあることから多くの物資を徴収され、住民は重税に苦しみ、かつて大いに賑わっていた都市は衰退の一途を辿っていた。
「今現在このパラディオンの都市長を務めているのは、ローダン・ナギスという方です。王国の忠臣として有名で、非常に能力の高い方ですが……天津国との関係の悪化に加え、度重なる徴収によって都市の機能を麻痺させてしまっています」
「……王国の要請に真面目に取り組んでくれた結果なんだね」
「その通りです。ローダン様は危機に瀕した王国の手助けになるならと私財をも投げ打って物資を戦地へと届けています。ですがそんな彼の想いは住民には届いていないようで、ローダン様を糾弾する声も上がっています。事実、パラディオン周辺では物資を狙った山賊紛いの連中まで出没しているようです。私たちはこれを利用します」
「利用?」
首を傾げるオウカの前に、ラヴニールが一枚の羊皮紙を差し出した。
「陛下から賜った勅許状です。今日からパラディオンの都市長は私です」
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