第25.5話 従者の主人

 ────これは、オウカの痛みが無くなった日から3日経った頃の話。



 戦地から帰還した国王グスターヴ。遺体の無い愛する妻と息子の葬儀を執り行い、グスターヴは将軍セレナを供として隠し村ルーンヘイブンへと向かう列車に乗り込んだ。


 目を伏せ、ガタガタと列車に合わせて揺れるその姿に覇気は無く、目尻も下がり一気に老け込んだといった印象だ。長引く戦争、愛する妻の死、愛息子の消えることのない呪い……いかに王といえども、精神をすり減らすのは当然だった。


 しかしそれだけが理由ではなかった。王は人の器量を見定める眼を持っていた。その特殊な力によってセレナを始めとした優秀な人材を取り立て、ツキナギを妻とし、女であるエルヴァールを王子とした。


 だが、度重なる不幸によって王は自己嫌悪に陥っていた。自分のやってきたことは全て間違いだったのではないか、自分のせいでツキナギが死に、エルヴァールも……そう考え、王は完全に自信を無くしていたのだ。



 そのような状態でまともに食事が摂れるわけもなく、王は心身ともにやつれ果てていた。セレナに肩を抱えられよろめきながら列車を降りるグスターヴ。日の光が差し込む出口に向かうと、そこには一人の少女が二人を待っていた。



「陛下、お久しぶりでございます」

「おぉ……ラヴニール……そなたにも苦労をかけたな。余が声をかけなければ、そなたもこのような目には遭わなかったかもしれないものを……」



 王が見定めた少女ラヴニール────グスターヴはラヴニールに対しても罪悪感を抱いていた。目を伏せるその姿は頭を下げているようにも見える。だがそんなグスターヴを見ても、ラヴニールは眉一つ動かさない。



「さぁラヴニール……エルヴァールの元へ連れて行ってくれ。早くあの子に会わせてくれ……」



 よろよろと手を差し出すグスターヴだったが、ラヴニールから発せられた言葉は信じられないものだった。





「────お帰り下さい」

「……な、なんだと?」

「お、おいラヴニール!」



 日の光を背に浴び、出口に立つラヴニールの姿はまるで番兵のようだった。そんなラヴニールから発せられたまさかの “帰れ” という言葉にセレナは焦り真偽を確かめようとする。だが、前に出ようとしたセレナをグスターヴが手で制した。



「……どういうつもりだ?」

「エルヴァール様は今この時も呪いと戦っておられます。今の陛下を会わせるわけには参りません」


「余が会えばエルヴァールの邪魔になるとでも言うのか」

「その通りです。陛下の今の姿をエルヴァール様がご覧になれば、必ず心を痛められることでしょう。そうなると分かっている以上、陛下を会わすわけには参りません」



 全く物怖じしないラヴニールの言葉を受け、グスターヴの身体が小刻みに震え出した。それは怒りから来るものなのか悲しみから来るものなのか……そして語気を強めた声がグスターヴから発せられた。



「子供の分際で……従者風情がッ……王である余に逆らおうと言うのか!!」



 王の怒気を含んだこの言葉を聞けば臣下の全てがひれ伏すことだろう。だが、ラヴニールは動じなかった。翡翠色の瞳で真っ直ぐにグスターヴを見つめ、静かに口を開いた。





「私が5歳だったあの日から、陛下に見定められたあの日から……私の主人あるじはエルヴァール様ただ御一人。私は従者として、友として……エルヴァール様をお守りすると誓っているのです。例え相手が陛下であろうとも、主人の妨げになることは私が絶対に許しません」



 王に対する不敬な発言……だが、グスターヴはラヴニールの言葉を受け目を見開いた。そしてやがては目を伏せ、独り言のようにボソリと囁き始めた。



「……よかった……余の全てが……間違っていたわけではなかった────」



 自分が見定めた子供が、主人の為なら王にも立ちはだかる……そのことにグスターヴは安堵した。ラヴニールにエルヴァールを任せたのは間違いではなかったのだと。




「……セレナ、出直すことにしよう。まずは疲れを癒す。王として、父としての威厳を取り戻してから改めて会いに来ることにしよう」

「ははッ」


「ラヴニール。エルヴァールを頼んだぞ」

「お任せ下さい、陛下」


 

 ぺこりと頭を下げるラヴニールを見て、久方ぶりにグスターヴは笑った。そしてセレナの手を借りることなく、王は来た道を引き返していくのであった────。

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