第19話 オウカの決意【後編】

「よいしょー!」


 寝室に入ったオウカは勢いよくベッドにダイブした。ハラハラとするラヴニールを意に介さず布団に潜り込み、ガバリと布団を捲りラヴニールに向かって手を広げた。



「────はい!」

「え……」


 ニコニコと笑顔で手を広げるオウカ。その意図はラヴニールも理解していた──── “一緒に寝よう” というのだ。


 だがラヴニールは躊躇した。お風呂に入り、オウカに髪の手入れまでしてもらった。火照った身体を心地よい夕風で癒し、オウカと一緒に食事も済ませた。今布団に入ったら絶対に寝てしまう……そう断言できるほどにラヴニールは疲弊していた。


 “寝るわけにはいかない“ と自分を律し、一歩引こうとするラヴニールの手を素早くオウカが掴み取る。



「へっへっへ……逃がさんぜぇ」

「えッ……ちょ────」


 布団に引き摺り込まれ、そのまま布団でホールドされるラヴニール。すぐさまその温もりに束縛され、もはやオウカに抗うことはできなくなっていた。



「はい、おやすみなさい」

「……おやすみなさい」



 お互いの身体が触れ合うほどの距離で横になる2人。目を閉じれば即座に意識を失うほどの心地よさ────だがラヴニールは目を閉じることができなかった。



 ラヴニールは理解していた。お風呂も、食事も、そして今も……全て自分のためにしてくれていたことを。我儘のフリをして無理やり付き合わせたことは、全て自分に気を使わせないためであったことを。


 呪いに苦しんでいるのに────そんなオウカの想いが嬉しくて……だがそれと同時に、苦しむオウカに気を使わせた自分を恥じていた。情けなくて、悔しくて……なんの成果も挙げられない自分を責める罪悪感がラヴニールの心を支配していく。



 泣きそうになる自分を必死に制御しようとした。すぐ目の前にいるオウカにこれ以上余計な心労をかけるわけにはいかない────だが、そう思えば思うほどに肩が震え始める。自分のものではないかのように言うことを聞かない身体を恨みながら、ラヴニールは口を抑え目を閉じた。


 “オウカに気づかれる前に寝てしまおう“ ──── そう願って意識を飛ばそうとするが、湧き上がってくる感情がそれを阻害してくる。肩の震えが増し、ラヴニールの目に涙が滲み始めたその時……震える肩にオウカの手が触れ、そのままそっと抱きしめてきた。



「────ッッ」

「…………」



 震えるラヴニールを、オウカは何も言わず抱きしめ続けた。異様に熱いオウカの体温、そして聞こえてくる弱々しいオウカの鼓動。オウカの苦しみと優しさが直に伝わってくることで、辛うじて制御していた感情の堰は崩壊した。



「ごめッ……なさい……ごめんなさいッ────」

「いいんだよ。泣きたい時は思いっきり泣いて、スッキリしなくちゃ」



「私はあなたに何もしてあげれないのにッ……それどころか……あなたに気を使わせるなんて……私は自分を許せません────」

「そんなことないよ。ラヴィがいてくれるから……ラヴィが戦ってくれてるから、私はこうやって呪いに耐えれてるんだよ」


 

「あなたが一体なにをしたと言うのですッ……こんなに優しいオウカが……なんでこんな目にッ────」

「私は王子だから……国のいい所も悪い所も、引き受けなきゃいけないんだ」


 

「だからってこんなッ……ツキナギ様まで亡くなられて────」

「母上は私の中で生きてるよ。私の為に……今も必死で戦ってくれてる」



 ラヴニールの顔を少しだけ強く自分の胸に押し付けるオウカ。先程までよりも、よりオウカの熱が感じられる。





「この熱は……母上が戦ってる証拠だよ。ふふ、母上は戦いが好きだから白熱してるのかもね」

「オウカ……」


「大丈夫だよ。母上とラヴィが一緒に戦ってくれるなら……私は絶対に呪いに負けたりしない。だから今日はゆっくり休んで、明日一緒に頑張ろう?」



 優しく言い聞かせるオウカの言葉に、ラヴニールは黙って頷いた。

 

 “自分のことはもういいから” ──── 諦めにも近いその言葉を最も恐れていたラヴニールは、一緒に頑張ろうと言ってくれたオウカの言葉に安堵し、涙を流しながら静かに眠りにつくのであった。





────────────────────



 ────夜の帳、呪いで熱をもった身体を冷やそうと窓を開けるオウカ。少し冷やかな春の風が部屋に優しく舞い込み、自分と隣で寝ているラヴニールの髪を揺らした。





(ごめんねラヴィ……私、嘘ついちゃった)



 スゥスゥと寝息を立てるラヴニールの髪に触れ、風で少しだけ乱れた髪を直すように優しく撫でていく。



(私はもう助からない……分かるんだ、この呪いを消すことはできないってことが)



 それは近い将来、オウカが手にすることになる未来視の片鱗────死の淵に立ったオウカは、その力の一部を子供ながらに感じ取っていた。



(ラヴィは……私に依存してる)



 ラヴニールの頬に触れ、残った涙の跡を指で拭っていく。



(違う。依存しているのは私……そんな私に、ラヴィが応えてくれた結果なんだ)



 新たに発生した胸の痛み。呪いとは違う胸の痛みに、オウカは顔を顰め胸を抑えた。



(このままラヴィとこの村で余生を過ごして……その後はどうなる? 私が死んだら……ラヴィはどうなるの?)



 自問するオウカだったが、その答えは分かっていた。きっとオウカの死にラヴニールは耐え切れない。廃人となるか、自死するか────いずれにせよ、このままではロクな結果にはならない。

 

 ラヴニールの悲惨な結末を予見したオウカは、自分の胸の痛みが呪いに共鳴して増幅するのを感じた。耐え切れないのはオウカも同じだった。ラヴニールが死ぬことを想像しただけでこの痛み……もしラヴニールが死ねば、オウカは呪いに負けて即座に変質してしまうだろう。



(私の命がどれくらい保つのかは分からない……でも────)



 増大していく胸の痛みを抑えつけるように胸を掴み、強く目を閉じる。呪いによって増幅される負の感情や思考……それらを一つの決意の元に力に変え、オウカは目を見開いた。





(腐ってなんかいられない。創るんだ……私の命があるうちに ──── ラヴィが生きていける世界を……一緒に生きてくれる仲間を……生きがいをッ)



 強靭な精神で呪いを自身の力に変えようとするオウカ。こうしてオウカと呪いの、お互いの力を糧に成長する “イタチごっこ” は始まった。そしてこの時────見開かれたオウカのアクアマリンの瞳は、金色に煌々と輝いていた。

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