第18話 オウカの決意【中編】

 湯浴みを終えたオウカは外のデッキにラヴニールを連れて行き椅子に座らせた。そして村人から頂戴したイランイランから抽出したヘアオイルをラヴニールの髪に揉み込んでいく。


 オウカは生まれつき超不器用だった。剣技も繊細とは言えず、腕力に任せた一撃必殺を得意としていた。だが、不器用ながらも教わったことを真剣な眼差しでこなしていくオウカ────そしてオウカの揉み込みに頭をガクガクと揺らすラヴニールも、オウカの不器用な力強さに頬を綻ばせた。



「いい香りですね」

「ねー。よし、これだけ揉み込めば大丈夫かな! 次は櫛で髪を梳かす、と────」


 木で作られた櫛を取り出し、気合を入れてラヴニールの頭皮に打ち込むオウカ。


 

「あぅ」

「あ、ごめん! 痛かった!?」


「大丈夫です。その程度では、私の頭皮を貫くことはできません」

「貫くつもりはなかったんだけど……ラヴィが相手で良かった」


 

 乱雑になりがちな自分に反省しつつも気を取り直し、櫛でラヴニールの青髪を梳かしていくオウカ。優しく、念入りに……髪全体にオイルが馴染み、櫛に抵抗が無くなったことを確認したオウカはラヴニールの両肩に手をポンと乗せ笑った。



「はい終わり! ふふ、じゃあこのまま20分は座っててね」

「え……オウカは?」


「私は中にいるから。大丈夫、今日は調子がいいんだ。ホントだよ?」

「でも……」

「本当に大丈夫だから。20分経ったら戻ってきてね!」



 そう言い残し、オウカは1人小屋の中へと戻っていった。1人取り残されたラヴニールは不安を抱えながらも、オウカに言われた通り時間が経つのを待った。


 空は赤らみ、涼やかな風がラヴニールの髪を揺らす。オウカが手入れしてくれた髪を手で梳かすラヴニール。抵抗なく指が通るその感触に、今までの自分の乱れた姿に対する反省と共にオウカへの感謝が湧き上がってくる。


 温まった身体を撫でる風に甘い香り……眠ってしまいそうなほどの心地よさに、ラヴニールは目を閉じないように努めた。暗殺事件以降、心が休まることがなかったラヴニールにとって、この20分間は至福の休憩時間となった。



 髪を撫でながら “そろそろいいでしょうか?“ と立ち上がるラヴニール。小屋に入ると、中からは肉の香ばしい匂いが漂ってきていた。ラヴニールが戻ってきたことに気づいたオウカは、満面の笑みでテーブルに用意された料理に手を向ける。



「ジャーン! 今日はご馳走だよ!!」

「こ、これは……」


 ポークステーキを始めとした肉料理を中心に、テーブルには多くの料理が用意されていた。慌てて用意したせいなのか不器用だからなのか、肉の切り口も盛り付けもキレイと言えるものではなかったが、それを補う量の料理にラヴニールは驚愕した。



「冷めちゃってる料理も多いけど、スープは温めなおしたし。 このパンも私が焼いたんだよ!」

「では……この料理はオウカが?」


「え!? い、いや……ほとんど村の人に協力してもらって……でも私も手伝ったし味付けもしたから! はい座って座って!」

「あ……」



 驚くラヴニールの背中を押し椅子に座らせるオウカ。すかさず自分も椅子に座り手を合わせる。



「はい、いただきます!」

「……」


「このスープ、"グラウレンズ" って名前なんだって。大地の恵みをふんだんに使ったスープ……本当は冬を越すために作る料理らしいんだけど、今日は特別にね。栄養満点だってさ」



 野菜の入ったスープを口に運ぶオウカ。ここ数日、泉の水しか口にしていなかったオウカが食事をしていることにラヴニールは驚いた。呆気に取られるラヴニールに、オウカがスプーンで変な形をしたニンジンを掬い上げ話しかける。



「ラヴィ、コレなんの形か分かる?」

「え? えと……ヒトデでしょうか?」


「ハートだよ! 間違えるにしてもせめて星でしょうに!! 私が切ったんだよ。ラヴィにラブを込めて、ってね」

「オウカ……」


「最近ラヴィ、ちゃんと食事してなかったでしょ? ダメだよ、ラヴィは大食いなんだから」

「あなたが食べれないのに、私だけ食事をする気には……」



 オウカがハートのニンジンをパクりと口にする。見せつけるようにスープを口に運び、オウカは優しく微笑んだ。



「────だから、一緒に食べよう? ……それとも、余の作った料理が食えぬと申すか?」



 ジロリとラヴニールを睨み、悪戯めいた笑みを浮かべるオウカ。


 

「……いただきます」



 スプーンを手に取り、オウカが切ったというハートのニンジンを口に運ぶラヴニール。歪な形によって表面積が多くなったことが幸いしたのか、柔らかくスープの味をふんだんに吸ったニンジンが、本来の野菜の甘さと共に口の中でほぐれていった。



「……美味しいです……とても────」

「ふふ、そうでしょ? パンに浸して食べても美味しいよ。っていうかパンがパサパサになっちゃったから浸して食べて欲しい……。あ、このステーキのソース! これも私が味付けしたんだよ! 食べてみて!」



 ラヴニールの好物である肉料理を勧めるオウカ。自分が手伝い、味付けしたことを強調しながら料理をラヴニールに勧めていく。結局オウカはスープしか口にしなかったが、用意された大量の料理は全てラヴニールの腹に収まることになった。





「ご馳走様でした」

「いやー、食べた食べた。食べたら眠くなってきちゃったよ。片付けは明日にして今日はもう寝ようかな」


「片付けは私がしておきます」

「だーめ、歯を磨いて寝室に行こう。最近ラヴィが寝かしつけてくれないと、私も眠れないんだよね」



 ラヴニールの手を引き洗面所へ向かうオウカ。少し強引で我儘なオウカに困惑しながらも、ラヴニールは大人しく従うしかなかった────。

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