第16話 呪いの伝播
隠し村ルーンヘイヴンへとやって来たルナリア騎士団 団長セレナは、寄り道することなく王子エルヴァールが療養する小屋へと足早に向かう。神秘の泉近くに建てられた小屋のドアをノックすると、中からラヴニールが顔を出した。
「セレナ将軍」
「すまないなラヴニール。エルヴァール様は?」
「泉の水が効いてくれているようで、今し方お休みになられました」
「そうか、それならよかった。では少し外で話そうか?」
「いえ、何かあるといけないので隣の部屋でお願いします」
「分かった。小声だな小声」
鎧の擦れる音が鳴らないようにゆっくり家に上がるセレナ。エルヴァールが寝ている隣のリビングで、ラヴニールと向かい合うように椅子に腰掛けた。
「申し訳ありません……お茶の用意も何もしてなくて」
「そんなこと気にする必要はない。ところでラヴニール……顔色が悪いぞ、ちゃんと寝ているのか?」
「私なら大丈夫です。殿下の苦痛を思えば私なんて……」
「この村にいる者たちはみなが王家に忠誠を誓ってくれている。彼らに任せお前も少し休んだらどうだ?」
「ありがとうございます。ですが────」
「…………」
この村にいる者たち全員が秘密を守り通し、エルヴァールを匿ってくれる……そのことをラヴニールも理解はしていた。だが敵の正体が見えない現状で、苦痛に喘ぐエルヴァールをどうしても他人に任せる気にはならなかったのだ。
(無理もないか……しかし────)
「ラヴニール。後で
「ですが……」
「この村は王家の為だけに存在する村。彼らは文句を言うこともなく常に王家を匿う為だけに準備をしてきた。そんな彼らの想いを無碍にしては駄目だ」
「……分かりました。私が浅はかでした……申し訳ありません」
目を伏せ謝罪するラヴニールにセレナは心を痛めた。9歳の女の子が “浅はか” などという言葉を使い苦しそうに謝罪していることに。そして、そんな女の子に今後のことを相談しようとしていることに不甲斐なさを感じていた。
「ラヴニール、今後のことだが……この事件について国民の間で噂が立っている。重臣たちも王子は何処だと捲し立て、ルナリア騎士団が王子を独占しているとまで言う輩も出始めている。もはや隠し通すことは無理だ」
「公表も已む無し……ということですね」
「うむ。公式声明として、ツキナギ様とエルヴァール様の死を公表しようと思っている」
「お二人のですか?」
「ツキナギ様のご遺体もなく、エルヴァール様も表には出られぬ身……死を立証することはできないが、敵の目的がお世継ぎのエルヴァール様の命であったのなら、これで目的は果たされることにはなる」
「もしそうなら、これ以上殿下が狙われる可能性は低くなりますね」
「ここにいる以上その心配は無い、と言いたいところだが絶対ではない。いずれ敵にここがバレる可能性もある。リスクは少しでも減らしておきたいのだ」
「殿下の死を偽装するのは心が痛みますが……私もそれが一番良いかと思います」
「陛下とレオンには、己の腹心であるフィリアを走らせ真相を知らせようと思っている。ラヴニール、ここまでで何か思うところはあるか?」
「セレナ将軍、此度の暗殺事件はライザールによる犯行として公表していただけませんか?」
「怒りの矛先をライザールに向けようと言うのか?」
「王女と王子の弔い合戦ともなれば、我が軍の士気も上がるはずです。それに……この暗殺には間違いなくライザールが絡んでいます。嘘は言っていません」
「分かった、そのようにしよう」
「ありがとうございます」
公表内容を決め立ち上がるセレナ。
「では己は行くぞ。人の手配もしなければならないのでな。エルヴァール様にはお前から伝えておいてくれ」
「分かりました」
このルーンヘイブンから王宮までは、直通の魔導列車を使っても1時間以上かかる。往復ともなれば3時間は見ておかなかればならない。多忙なセレナにとって、この移動時間には惜しいものがあった。
退散しようと王子が休む部屋に一礼をしたその時……何かに気づいたようにセレナの動きが止まった。
「……ラヴニール、エルヴァール様は寝ておられるんだったな?」
「え……は、はい。そのはずですが────」
言葉の途中でラヴニールは青ざめた。何かに気づいたセレナのただならぬ気配に悪い予感がしたのだ。ラヴニールが寝室へ駆け出そうとすると、それよりも先にセレナがドアノブに手をかける。
ゆっくりと扉を開き中へと足を踏み入れる。ベッドの上には布団を頭まで被ったエルヴァールがいた。小刻みに揺れるその布団にセレナが手をかける。
「殿下、失礼します────」
静かに捲られていく布団────その中からは玉のような汗を額に浮かべ、声を出さぬよう必死に苦痛に抗うエルヴァールの姿があった。布団を捲られたことにも、2人の存在にも気づくことなく、ただただ目を強く閉じ小さな呻き声を出しながら胸を抑えている。
「オウカッ!!」
エルヴァールに駆け寄るラヴニール。ラヴニールの手がエルヴァールの身体に触れた時、初めてエルヴァールは2人の存在に気づいた。
「う……あ……ラヴィ……話は終わったの────?」
「オウカッ、全然良くなってないじゃないですか! あぁ……それなのに私はッ────」
エルヴァールの発する小さな呻きにセレナは気づいた。普段のラヴニールであるならば、無論これに気づいたであろう。だが、極度の睡眠不足と疲労によって集中力を欠いたラヴニールでは、エルヴァールの異変に気づくことができなかった。そしてその事実が、更にラヴニールの精神を乱していく。
「大丈夫だよラヴィ……時々痛むだけだから……」
「ごめんなさい……ごめんなさいッ……」
「人を呼んでくるッ────」
エルヴァールの手を握り締め、繰り返し謝り続けるラヴニールを見てセレナは即座に人を呼びに走った。子供らしからぬ常に凛然としていた従者の取り乱す姿に、セレナは強い危機感を覚えた。頭によぎる最悪の結末に身を震わせ、それを必死に振り払おうと顔を強く横に振る。
王子に宿った終わることなき苦痛は、その従者の心をも蝕み始めていた────。
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