第17話 オウカの決意【前編】

 ルナリア騎士団によって発表された、王妃ツキナギと王子エルヴァールの死────その訃報にライヴィア王国は嘆きの声で溢れかえった。国の輝かしい未来を暗示していた王子を殺したライザールに対する憎悪は凄まじく、私兵を以てライザールに報復せんとする貴族の声も多く上がっていた。


 また王妃ツキナギの死によって、同盟国である天津国との関係にも悪影響があった。天津国では反対派がツキナギを暗殺したのだという声もあり、天津国の人間が多く暮らす貿易都市パラディオンでも住民同士のいざこざが絶えず、両国民の感情は悪化の一途を辿っていた。


 最愛の妻の死……そして愛息子の危篤に憔悴しながらも王都へと帰還する準備を始めた国王グスターヴ。戦地から5日はかかる行程……王が帰還するその間にも、負の感情に支配された王都ブロスディアでは様々な変化が生じていた────



 ────王宮内を歩く1人の少女。その足取りは危なげで、目の下には隈ができており、絹のように美しかった髪はところどころが跳ねて乱れている。誰が見ても明らかな失調状態……かつて神童とまで呼ばれた面影はなく、落ちぶれた従者の姿に憐れみの視線が注がれた。



 何処からともなく王宮に姿を現した従者ラヴニールは、王家蔵書が保管されている書庫へフラフラと入っていく。閲覧権を持つラヴニールを止めるものはなく、ラヴニールはいくつかの本を抱えて自室へと戻っていった。



 自室から王子の部屋へと入り、隠し通路を通り魔導列車へと乗り込む。起動させればルーンヘイヴンまでは自動で向かってくれる。その片道1時間強の道程を、ラヴニールは読書の時間に充てていた。


 エルヴァールことオウカの世話をセレナが手配した女性に頼み、ラヴニールは呪いを解く方法がないかを探し続けていた。列車の中にはいくつもの本が積まれており、往復約2時間半の1秒たりとも無駄にしまいというラヴニールの気迫が感じられる。


 魔術書、神話・伝承、呪術師や魔術師の手記、占いから薬学まで……一度目を通したものも、かつて軽く流したものにも目を通し、寝不足の頭に情報を叩き込んでいく。

 本格的な魔導書や呪術書は禁書エリアに存在しているという噂を耳にしていたが、魔導具によって施錠されたそのエリアに立ち入るには王の再認可が必要で、王と司書が持つ鍵が必要となる。王が不在のいま、ラヴニールにはどうすることもできなかった。



 薄暗い坑道で本に目を走らせるラヴニールだが決定的な情報を得ることはできず、ただ焦りが生じるばかりであった。

 そして憔悴したラヴニールはかつて雑誌類を読んでいた時のことを思い出していた。



(どうして……)



 此度の暗殺事件は想定外の出来事……だがラヴニールは、王がいるうちに禁書エリアの書物を読まなかったことを後悔していた。



(どうして私は……あんなを────)



 そう思いかけた瞬間、ラヴニールの叫びにも似た声が坑道に響き渡った。



「違うッ! あれはオウカと笑い合う為の大切な時間……私は……なんてことをッ────」



 2人の思い出を否定するような考えをした自分を責めるように、両手で顔を覆い隠すラヴニール。全ての思考がネガティブになってしまう負のスパイラル。

 最愛の家族とも言うべきオウカが、理不尽な呪いによって苦しみ続ける姿を見守るしかない現状……そしてそれを解決する手掛かりも掴めない自分の不甲斐なさに、ラヴニールは手を震わせながら自嘲した。



「なにが神童……なにが天才……苦しむ親友になにもしてあげられないというのに……」



 誰にも届かぬ嘆きを呟きながら、それでもラヴニールは書物に目を通しながら帰路についた────。





 ────寝ることなくオウカを看護し、空いた時間で手掛かりを探る……そんな生活を数日繰り返し、この日もラヴニールは手掛かりを得ることなく帰路についた。

 変わらない残酷な日々────だが今日は変化があった。ラヴニールが小屋に戻ると、そこにはデッキに設置された椅子に座るオウカの姿があったのだ。



「あ、ラヴィ。お帰りなさい」

「お、オウカッ……起きて大丈夫なのですか?」


「あはは。毎日痛いから慣れてきちゃったよ。それよりさ、私お風呂に入りたいんだよね。村の人に用意してもらえたから一緒に入ってくれない?」

「え……あ、はい。すぐに準備しますッ」



 お風呂を所望するオウカにラヴニールは少し驚きつつもすぐさま行動した。小屋には小さいながらも風呂が備えられていた。服を用意し、湯温を確かめるラヴニール。確認を終えた2人は服を脱ぎ、オウカに手を引かれながら風呂場へと入っていった。


 オウカの痩せ細った身体を洗い清めるラヴニール。洗髪も済ませ、オウカが湯に浸かるのを見届けようと一歩引いたその時、オウカがニコリと笑い、自分が座っていた座椅子にラヴニールを座らせた。



「はい交代!」

「え、あ、あの……」


「今度は私が洗ってあげる」

「そ、そんなッ……私は大丈夫ですから────」


「ダメだよ、髪の毛ボサボサじゃん。さっき村の人に花のオイル貰ったんだ、後で塗ってあげる。“イランイラン” だってさ、知ってる?」

「は、はい。私の故郷のスワルギアでも採れる花ですから。この村でも栽培しているのですね」


「甘くていい香りだったよ。髪にもいいらしいし、リラックス効果もあるんだってさ。でも男の人が嗅ぐとムラムラするんだって」

「そ、そうなのですか?」


「あはは。私が男じゃなくてよかったね!」



 談笑しながらラヴニールの身体と長い髪を洗っていくオウカ。汚れを落とし小さな湯船に2人で浸かると、大量のお湯が湯船から流れ出ていく。久しぶりの湯の感触に、2人はため息をつき目を細めた────。

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