第15話 隠し村ルーンヘイヴン
王都ブロスディアの中央に聳え立つ王宮────その王宮の一室である王子の部屋から隠し階段で地下に入り、通路を進む。するとそこにはルミタイトを動力源とした小さな列車が設置されている。その列車に乗り約1時間、列車が止まった先にある階段を上ると森に出る。森全体を霧が覆っており、すこぶる視界が悪い。
この霧深き森は王都の南東に位置し、国民の立ち入りが禁止された禁忌の森。人が立ち入ることを拒絶するような様相の森を構わず進んでいくと徐々に霧が晴れ始め、その先には村があった。100人にも満たぬ小さな村だが、農業や狩猟、工芸など独立した生活を送っており、外部からの物資の供給が無くても生活することができた。
村人は王家に忠誠を誓う者たちの子孫で構成されており、村人は常に王族が来ることを想定して準備を怠らない。反乱や戦争、そして暗殺などの非常事態に備えるための避難所、王族が再起を図るための最後の砦────
このルーンヘイヴンの中心には “神秘の泉” があった。魔力を豊富に含んだ水が溢れ出すこの泉によってこの村の生活は成り立っており、作物を実らせ、家畜は健やかに成長し、その魔力の残滓は霧となってこの村の秘匿性を高めた。また人が飲めば病気を治し、怪我を癒す────そんな神秘の泉のすぐ近くの小屋に、王子エルヴァールと従者ラヴニールの姿はあった。
ベッドに腰掛けながら神水を口にするエルヴァールことオウカ。そのオウカの様子を、ラヴニールは心配そうな眼差しで見つめている。
「水ばっかり飲んでるから、お腹がタポタポだよ」
タハハと苦笑いするオウカ。24時間苦しみ続けていたオウカが久しぶりに見せた笑顔に、ラヴニールは涙を浮かばせた。邪を払う効果のあるこの神秘の水は、同じく邪を払うツキナギのレガリアと共鳴し魔力供給としての役割を果たしていたのだ。
「よかった……効果はあったのですね」
「うん、おかげで大分楽になったよ。ありがとうね、ラヴィ」
額に汗を滲ませてはいるが、意識もはっきりとしている。命の危機は脱したのだとラヴニールは心底安堵した。
「オウカ、今からセレナ将軍が参られるとの連絡が……」
「あ、そうなんだ……でも私……ちょっと眠たくて……」
「だ、大丈夫です。私が応対しますから……オウカは休んでいて下さい」
「ごめんね。あんまり寝てなくて……ラヴィはちゃんと寝てる?」
「私なら大丈夫です。さぁ、横になって下さい」
「……うん。じゃあ少し眠るね?」
聖燈儀礼から既に2日────ツキナギによって胸の黒い痣は消えたが、呪いが消えたわけではなかった。内で燻り続ける呪いはオウカの魂を変質させようとし、その変質が引き起こす極限の痛みにオウカは常に苦しみ続けた。そんなオウカを看病し続けたラヴニールも、この2日間は一睡もしていない。だがそんなものは従者として……親友として当然だと言わんばかりのラヴニールに、オウカは何も言えなかった。
「時々様子は見に来ますが、隣の部屋にいるので何かあったらすぐに呼び鈴を鳴らして下さいね?」
「大丈夫だって。セレナ将軍と今後の打ち合わせもあるんでしょ? 私は動けそうにないから、今後のことはラヴィに任せるよ」
「分かりました。起きたら何か食べれるものを用意しますね」
「あ、以前母上と私が作った野菜のごった煮……あれなんか食べやすくていいかも。流動食みたいだったし」
「ふふ。オウカみたいに美味しく作れるかは分かりませんが、頑張って作ってみますね」
「肉じゃがって名前だっけ? じゃあ楽しみにしてるね」
「はい。寝付くまで一緒にいましょうか?」
「いいっていいって! 色々忙しいでしょうに。おーやーすーみー」
そう言ってオウカは布団を頭まで被りラヴニールに背を向けた。そんなオウカの背中に優しく手で触れ、“おやすみなさい” と言い残しラヴニールは部屋を後にした。
────────────────────
────誰もいなくなった部屋で、小さな呻き声が聞こえる。注意深く耳を澄まさねば聞こえぬほどの小さな呻き声……布団を被り、口を手で塞ぎ、決して声を出すまいと少女は苦痛に耐えていた。
少女が受けた呪い……それは例えるなら魂の癌。魔械の神テクノスの狂気に共鳴して増殖するその呪癌は、肉体と魂を変質させ多大な苦痛をもたらす。ツキナギの魂がその増殖を食い止めているが、広がろうとする呪癌を消し去り食い止めることもまた一種の変質を伴う。
神秘の水によって魔力供給がなされているが、少女の苦痛が軽減されたわけではなかった。だが少女は、親友の足枷になることを嫌い一人声を殺し続けた。
(動けない私と違ってラヴィの力は国に必要なもの……私が苦しめば、ラヴィは私から離れられなくなるッ)
国のために……親友のために……その想いだけを拠り所とし、少女は大人が発狂し怪物へと変貌する苦痛に耐え続けた────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます