第14話 セレナの苦悩
平和を願う儀礼中に起きた悲劇────突如倒れた王子エルヴァールは、王妃ツキナギと従者ラヴニール、そして騎士団長セレナと共に聖堂奥の部屋へと身を隠した。その場から動くことを許されなかった参列者達は、ついに王子の安否を知ることなく、セレナ率いるルナリア騎士団の騎士達によって1人残らずルナリア騎士団の詰所へと連行された。
霊炎燈に何かしらの仕掛けがしてあったと考えたルナリア騎士団は、王子を狙った暗殺事件として容疑者達を厳しく取り調べ、無論その中には大聖堂にて儀礼を取り仕切っていたセルミア教の祭司や神官も含まれていた。
詰所に設けられた尋問室に隣接する部屋で、団長セレナの怒号と破壊音が鳴り響いた。
「賊はまだ見つからんのかぁ!!」
叩きつけられたセレナの拳によって机が真っ二つに割れ、その場にいた1人の女騎士が眉を顰める。
「将軍……備品を壊されては困ります」
朝霜のような冷たさを思わせる純白の髪と青い眼────後にゲヘナ城塞攻略戦において、“オーロラ騎士団”の団長として参戦することになるセレナの腹心であるエリンシアは、冷気を纏った眼でセレナを睨みつけた。
「す、すまぬ。しかし暗殺事件からもう2日も経っているのだぞ。それなのにまだ特定できんと言うのかッ」
「聖燈儀礼には多くの信者が参列していました。王都民のほとんどがセルミア教信者である以上、賊の特定は困難かと……」
「霊炎燈に何かしらの仕掛けがしてあったのではないのか?」
「魔導具師に調べさせましたが、エルヴァール様が使用された霊炎燈も他の物と変わりはありませんでした」
「……だがラヴニールは何か黒いものが見えたと言っていたぞ」
「あのラクタ嬢がそう言うのなら間違いはないのでしょう。ですが、現状ではなんの証拠も掴めていません」
「儀礼に参加していた神官たちの取り調べはどうなっている?」
「全員を尋問しましたが動揺するばかりでなんの情報も……セルミア教団の介入があり、先日神官たちは釈放されました」
「釈放だと?」
「将軍もご存知の通り、セルミア教は我がライヴィア王国の国教。極めて強力な教権を持っています。陛下が不在のいま、彼らを拘束することはできません」
「ぐうぅ……奴らが一番怪しいというのに……」
「私もそう思います。ですが、取り調べた神官たちは確かに何も知らぬ様子でした。恐らくもっと
「セルミア教は世界に広まっており、ライザールにもセルミア教の大聖堂があるという。ライザールとライヴィアのセルミア教は別物だと世間では言われているが……エリンシア、貴公はどう思う?」
「ライザールには聖女アラテアがいます。あの女が我が国の信仰をも惑わしている以上、私は必ず裏で繋がっていると確信しています」
このエリンシアの推測は正しかった。治癒士として活動するアラテアにそのような意志はないが、世界的に名を馳せるアラテアを広告塔とすることでセルミア教団は多くの信者を獲得し、均衡を保っていた両国のセルミア教のパワーバランスは崩れ、アラテアのいるライザールによってセルミア教は支配されている状態だった。
「ならばもはや議論の余地はない。
踵を返し扉へと向かうセレナ。憤怒のオーラを纏ったセレナの前にエリンシアが立ち塞がる。
「それはなりません」
「……もはや奴らの関与は確定的だろう。なぜ止めるッ────」
「セルミア教団にはセイクリッド神殿騎士団がいます。彼らと戦いになれば大きな被害が出ます。国境でライザールと戦争中の今、身内で争っている場合ではありません」
「身内だと……このような卑劣な行いをするものが身内だと!?」
「セルミア教団の何者かが関与しているのは間違いないはずですが、全てのものが関与しているわけではありません。犯人が特定できてない以上、余計な争いを起こすべきではありません。このままでは敵にしなくていい者まで敵にしてしまいます。神殿騎士団 団長アーミンは信仰を武器とする強大な
「戦も知らぬ青びょうたんなどッ、己の敵ではない!!」
「今我らが武力行使すれば、クーデターとして反乱軍の汚名を着せられる恐れもあるのですッ。セルミア教団にはそれだけの教権があるのですよ!」
「己は陛下に忠誠を誓っている! そんな己を陛下が疑うことなど有り得ん!!」
エリンシアの説得を悉く払い除けるセレナ。それほどまでにセレナの王家への忠義は篤く、暗殺事件の首謀者に対して底知れぬ怒りを抱いていた。
聞く耳を持たないセレナに、エリンシアが目を伏せ唇を噛み締める。
「セレナ将軍……これは、私の進言ではありません。ラクタ嬢の進言なのです」
「な、なに……ラヴニールの?」
「実の母のように慕っていたツキナギ様は亡くなり、主人であるエルヴァール様があのような目に遭わされ……一番犯人を憎んでいるであろうあの娘がこのように申し上げているのです。まだ9歳の女の子がッ……感情に走らずこのように申し上げているのです! なのに陛下の留守を預かる将軍が感情任せに戦いを引き起こそうというのですか!?」
「ッッ────」
エリンシアの言葉にセレナは何も言うことができなかった。9歳の女の子が自制する中、怒りのままに怪しきを断罪しようとしていた自分を恥じ、首を項垂れた。
ラヴニールの進言はセルミア教団を刺激することで更なる刺客がエルヴァールに及ぶことを危惧してのものだったが、結果的には国の今後を憂うものでもあった。主人を第一に考えるラヴニールの意図を察したセレナは目頭を指で抑え、神妙な面持ちで目を伏せた。
「……すまなかった。このように熱くなっていては、“冰壁のセレナ” の異名が泣くな」
「本心を言えば、私も今すぐ教団に乗り込み首謀者の首を斬り落としてやりたいところです。ですが将軍……今はエルヴァール様の御命を最優先すべきです」
「分かった。賊の調査は引き続き貴公に任せる。己は今からエルヴァール様の容体を伺いに行く」
「将軍、エルヴァール様が受けたという呪いは……」
「……分からぬ。ツキナギ様のレガリアによって持ち堪えてはいるようだが、かなり苦しんでおられる。アリアナに呪術に詳しい学者共をあたらしてはいるのだが……これといった情報はない」
「そうですか。将軍、殿下の居場所なのですが……」
「その場所を知るのは陛下とソラリス騎士団 団長レオン、そして己だけだ。貴公を疑っているわけではないのだが────」
「いえ、構いません。敵が分からぬ以上、味方にも情報は伏せておくべきです」
「すまないな」
謝罪するセレナに、エリンシアは首をふるふると振った。
「噂でこの事件は公になりつつある。どのような形で公表すべきか────」
「ツキナギ様が亡くなられ、エルヴァール様も危険な状態……戦地にいる陛下のお耳に入れば、士気の低下は免れないでしょう」
「────そうだな」
壁にもたれかかったセレナは天を仰ぎ、戒めるように自分の額を軽く殴った。
“陛下とレオンに合わす顔がない” ────そうボソリと呟き、手で隠された目からは涙が流れていた。
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