第9話 地天流【前編】

 慰問の為、王の名代としてティエンタ山岳地帯へと出発したツキナギ一行。王子エルヴァールと従者ラヴニール、そして激励品を積んだ荷車が一台と護衛の騎士達。足場の険しい道のりであるが為に少人数での行動だった。

 一行は貿易都市パラディオンを経由し一夜を明かした。ツキナギにとっては国王グスターヴと出逢った思い出の街──その時のことを懐かしみながら、一行は再びティエンタに向け出発する。



 ツキナギは白の布地に紅の絹糸で彼岸花の刺繍が施された装束を纏い、兎を模した仮面を装着している。妖艶な光を放つ槍を携え、ユニオンである精霊馬に跨る姿は見るものを唸らせた。これこそがシロガネ族の戦闘装束であり、戦地へ向かうツキナギなりの礼装でもあった。



「母上、なぜ仮面を着けるのですか?」

「これはね、色々と意味があるのよ。視野を狭くすることで魔力を感じる鍛錬になったり、斃した相手に魅入られ魂を持っていかれないようにとかね」


「はー、なるほど」

「でも一番の理由は瞳の色を悟られないようにすることかしら。神域者の多いシロガネ族は戦闘になると否が応にも瞳の色が変わっちゃうからね。戦闘の度にすぐ興奮する尻軽女だなんて思われたくないでしょ?」


 そう話すツキナギの仮面の奥では、煌々と輝く金色の光が漏れ出ていた。



「あぁ……天津国でスサノオ様が解放してくれた強大な妖魔と戦っていた日々を思い出すわ。御国を騒がせるレヴェナントと変異種……どれ程のものか楽しみね」

「……ツキナギ様、目的はあくまで慰問ですよ?」


「分かってるって。でもそういうラヴィちゃんだって修行の為に行くんでしょ?」

「そ、それはそうですが……」

 

「慰問は私達でやっておくから、ラヴィは思う存分修行してきてね!」

「はい、ありがとうございます」




 

 パラディオンで雇い入れた案内人の先導の元、徐々に険しくなる山道を進み行く一行。やがて草木が減り岩肌が多く露出する地帯へと変貌していく。そして一行の前方に、膝をつき頭を垂れる一団が見え始めた。



 族長のシュエンと名乗る初老の男性が、ツキナギに労いの言葉をかける。礼節を重んじる族長の対応に、ツキナギもまた王妃として感謝の意を述べ彼らを労った。


 彼らの住処へ案内された一行はツキナギの要望もあり、敵情視察を兼ねて移動を開始した。そしてここでラヴニールは、1人別行動を取ることにした────





 ────1人で人気のない場所へと移動するラヴニール。滝の音が響き、その飛沫が冷たさと共に感じられる。巨大な岩が鎮座する川のほとりで、小さな岩に腰掛け巻物を広げる。



(いかにもな大自然。ここなら条件はピッタリだと思うのですが)


 キョロキョロと辺りを見渡し、その視線を巻き物へと移す。要領の得ない文章をラヴニールなりに解釈し、その情報を紐解いていく。



(地脈の力・筋力・魔力………これらの力を一つの力として拳で叩き込む。要約するとそういうことでしょうか)


 おもむろに立ち上がったラヴニールは自身の数十倍はあろうかという巨岩の前に立ち、巻物に描かれた構えを取る。



(とりあえず自分の筋力のみでどこまでできるか知っておくのが、今後の指標になるかもしれませんね)


 そう考えたラヴニールは、迷うことなくその可愛らしい拳を巨岩へと打ち込む。鈍い音と共に岩肌に少しのヒビが入る。8歳の女の子であるラヴニールが岩にヒビを入れること自体が驚愕すべきことなのだが、当の本人はできて当たり前とばかりに平然としている。



(では、次は魔力も加えてみましょうか)


 ラヴニールの拳が淡い光に包まれる。その拳を岩へ打ち込むと、先程よりも大きなヒビが岩肌に走った。



(こんなものですか。私は打撃に関してはまるっきりの素人……これに関しては追々練習するとしましょう)



 構えなどは王都に戻ってからでも練習できる。目下の目標は地脈の力を感じること。一度コツさえ掴めば必ずものに出来るという自負があるラヴニールは、深呼吸をして眼を閉じ、精神を集中していく。


 自身の足元に何かを感じる。だが、まだその輪郭は分からない。そう思ったラヴニールは靴と靴下を脱ぎさり素足で大地に立った。



 魔力同調────変幻の魔力を持つと言われるA・Sオールシフターが生まれつき得意とするこの技を、ラヴニールは大地を相手に試そうとしていた。無論A・Sではないラヴニールにとっては初めての試み……だが、魔力の扱いに慣れているラヴニールには、何か確信のようなものがあった。



 自身の両足から魔力を地面に流し込んでいく。土や鉱石、水分、微生物──様々な物質がラヴニールの魔力を拒絶する中で、それを受け入れてくれる力を探し続ける。そしてラヴニールは早くもその存在を掴み始めていた。



(これが地脈の力。ルミタイトを形成する万能の力────)



 その存在はあまりにもか細く、意識しなければ決して見つからないと断言出来るほどに儚いものだった。だが、そのか細き存在をラヴニールは自身の魔力と絡め、決して離さぬよう引き上げていく。

 

 大地から淡い七色の光がラヴニールの両足へと流れ込み始めた。



 眼を開き、機を逃さぬよう拳を巨岩へと打ち込む。若干の破壊音を響かせ、二度目を上回る亀裂が岩肌に刻まれる。その成果にラヴニールは落胆の表情を浮かべた。



(時間をかけ、地脈の力を取り込んだ結果がこれでは割に合いませんね────いえ、もしかすると……英雄ダインもこのような気持ちに駆られたのではないでしょうか?)


 “だとするなら、自分に足りないのは一体なんだろう“ とラヴニールは考えた。そして、今一度巻物を確認しようとした……その時だった────



「どなたですか?」



 ラヴニールの視線の先には、先程まで自分が腰掛けていた岩に座り、巻物に眼を通す仮面の少年の姿があった。

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