第11話 パジャマパーティー【後編】

 前回までのあらすじ────思わず声が出るほど美味しいフィナンシェを食べた僕は、それを作ったと豪語するリリィの言葉を冗談だと思って笑ってしまったのだ。

 


「ご、ごめん! 冗談だと思って!」

「どこをどう聞いたら冗談になるのよ!」


 正直リリィのようなお嬢様タイプは料理が得意ではないという先入観がある。これも母さんの影響なのだろうか。←責任転嫁



「リリィみたいにお嬢様っぽい人が料理をするとダークマターを生成する確率の方が高いんだよ。まぁそれはそれで魅力の一つなんだけど、それなのにこんなに美味しいお菓子を作るなんてびっくりだよ。人は見かけによらないってのは本当だね。ガウロンの言ってたことは正しかったんだ」

「あんた褒めてんの、けなしてんの?」


「もちろん褒めてるんだよ! いやぁ、その美貌でお菓子作りが得意だなんてリリィはすごいなぁ」

「そ、そう? まぁこれくらいフツーよ、フツー」



 もちろんお世辞でもなんでもない。このフィナンシェは一級品と言っても差し支えない。……とは言っても、僕の味覚も仮想世界での記憶に基づくものが大半を占めているから一級品がどんなものなのか分からないけど。トリュフとかキャビアとか食べたことないんだよね。

 何はともあれ、誠意が通じたのかリリィは落ち着いてくれたようだ。



「おいおいタツ。姉様がこんなの作れるわけないだろ? 買ってきたんだよ」

「え、そうなの?」


 オルメンタさんが悪戯めいた顔で言うと、リリィが再び顔を赤くして叫んだ。



「オウガじゃあるまいし、そんなことするわけないでしょ!」


 今のはどうやら姉を揶揄からかうための冗談だったみたいだ。……それより “オウガじゃあるまいし” ってのはどういうことだろう?



「ねぇフラウ。オウガじゃあるまいしって、何かあったの?」

「え? なんのことだろう……私も分かんない」


 フラウも首を傾げている。



「はぁ? フラウ、あんた本気で言ってんの? この前のクッキーのことよ」

「クッキー? ゲヘナに向かう前の夜に、オウガ様が買ってきてくれたクッキーのこと?」


「そうよ。あの怪物クッキー……オウガが作ったのよ」

「え! そうだったの? オウガ様が買ってきたって言うからつい……」


 オウガが焼いたクッキーを買ってきたと偽ってみんなに振る舞ったって感じかな? オウガも女性らしいことしてるんだね。


 

「まぁ、オウガ様のあの動揺ぶりを見てたら分かるよな」

「ボクも気付いてたよ! でも空気を読んで黙ってたんだ!」

「えらいですよティナ。いつもそんな感じでいましょうね?」



 どうやらそれに気付いていなかったのはフラウだけだったみたいだ。面白そうな話だったのでその時のことを僕が質問しようとすると────



「みんな、あの日の女子会は秘密の話じゃなかったの?」


 フルティナの言葉にその場にいたみんなが “あっ” と声を上げた。秘密の話だったのか……ここには僕という部外者がいるからね。



「そ、そうだった。つい……」

「まぁクッキーの話くらいならいいんじゃない?」


「ごめんねタツ。人に言えないような話とかしてたから、みんなの秘密にしようってことになってて……」

「ううん、いいんだよ」


 フラウが僕に申し訳なさそうに謝罪してきたけど、別に気にしていない。まぁ正直その女子会の内容は気になるけど、みんなの秘密なら仕方ないよね。

 人に言えないような話かぁ……とするならやっぱり下ネタとかかな? 男子も集まれば下ネタを言い合うけど、女子もそうなのだろうか? フラウやルリニアさんが下ネタを言ってる姿は想像できないけど。


 ……それよりも、“女子会“ ってことはみんなオウガの性別は知ってるみたいだ。一応確認しておこう。



「ねぇ、これだけは教えてほしいんだけど……みんなオウガが女の人だってことは知ってるの?」

「あぁ、あんたも知ってるのね。ここにいるメンバーはみんな知ってるわよ」


「フラウなんて一緒にお風呂入ったもんね?」

「てぃ、ティナ。それも秘密だってば!」



 やっぱりみんな知ってるんだ。まぁ、A・Sオールシフターのフラウとリリィは魔力同調が得意だろうし、魔力の特徴で性別がバレちゃうから先に話しておいたのかも。多分他言しないように言われてると思うし、僕も一応お願いしとこうかな。



「オウガが女の人だってことは、シンには黙っておいてくれない?」

「え、シンも気付いてるんじゃないの?」


 フラウが驚いた表情で聞いてくるけど、気付かれてないんだなぁこれが。僕の策略によってね!



「今のところ気付いてないんだ」

「あいつバカじゃないの? 普通気付くでしょうに。どう見たって女でしょ……って、それを言ったらあんたは何なのって話よね。そりゃ気付かなくなるわ」


 リリィが僕を見ながらケラケラ笑っている。



「僕のことはいいの! ……一応気付いてはいたんだよ。でも僕が誤魔化したんだ。それでシンは信じ込んじゃってね」

「どうしてわざわざ隠すんですか?」


「オウガがそれを望んでるんだ。それに……僕もそう感じるんだ。シンにオウガが女の人だって事がバレたら────取り返しのつかない事になるんじゃないか、って……」

「取り返しのつかないこと……そんなに重大な事なのか?」


 僕の少し落ち込んだトーンに、オルメンタさんが真面目に顔になる。

 僕の発言は何の根拠もない言葉だ。でも、決して大袈裟に言ったつもりはない。本当にそう感じたんだ。


 女の人だとバレた時のことを想像すると、酷く胸がざわつく。その理由も分からないのに、ただただ正体不明の不安感が押し寄せてくるんだ。それがもどかしくて、更に気分が沈んでしまう。

 僕のこの力は未来視の残滓みたいなものだ。……もしかすると、オウガも僕と同じような気分を味わっているのかもしれない。何が起こるか分からないのに、なまじ吉凶が分かってしまう為に起こる行動の制限、それが間違っているのではないかという不安────その閉塞感と苛立ちを。

 

 未来がどうなるかなんて分からないんだ。僕が最後に視たあの映像に辿り着くために直感を信じる事にしたけど、もしかしたら既にそのルートからは外れているのかもしれない。

 確認のしようがないからどうすることもできないけど、もしこの気持ちをオウガも味わってきたと言うのなら、オウガの心労は想像以上のものだと思う。


 彼女はその力で仲間を導いてきた。結果的に言えばライヴィアはライザールの侵攻を退けて勝つ事ができた。でも……その過程で多くの仲間を失ってきたはずだ。自分の導きのせいで仲間が死んだ────彼女ならそう考えるだろう。


 だからと言って、死んだ仲間の為にも立ち止まることはできない。自分の心を殺して戦い続けたオウガの心の中は罪悪感でいっぱいなんだと思う────





 ────同じなんだ……シンと。積もり積もった罪悪感は、最終的に自分を罰しようとする。シンが自分の命を捨てて僕を助けてくれたように、オウガも自分の命を捨てるつもりなんだ。


 “もう自分はどうあっても助からない。ならばせめて……残った命は愛する人の為に“ ────なにもかも……シンと一緒なんだ。



 自然と涙が溢れてきた。


 今はっきりと分かった。なんで僕がオウガに肩入れしているのか。シンの想いを知る僕だからこそ、オウガの想いを蔑ろにすることはできない。


 僕では彼女の地獄行きを止めることなんてできない。だからこそ……彼女が望むことには協力してあげたい。



「タツ……」

「……」



 突然泣き出してしまった僕を、みんなが慌てて介抱してくれた。でもその中で、フラウとオルメンタさんだけは反応が違っていた。僕の感情に同調したかのように、二人の顔も悲しみに暮れていた。多分この二人は、オウガの余命のことを知っているのだと思う。



「ご、ごめんねみんな……急に泣き出しちゃって。僕も詳しくは言えないんだけど、性別を黙っていて欲しいっていうのはオウガの願いなんだ。だから……シンには黙っていて欲しい」

 

「わ、分かったわよ。なにも泣くことないでしょ」

「ボクも黙ってるから安心して!」

「大丈夫ですよ。そもそも誰にも言うつもりはありませんから」



 みんなが約束してくれた。でも、折角のパジャマパーティーをしらけさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。そろそろお暇しようかな。



「本当にごめんね、みんな。この後【マリナー】に行く予定だから、そろそろ僕は行くね?」

「カザンたちが行ってるからね。タツ、飲みすぎないようにな」


 オルメンタさんが優しく微笑んでくれた。やっぱりオルメンタさんも凄く優しい人だ。死刑にならずに済んだよ。



「うん! えーと、シンはどうしてるかなぁ……と」



 僕がシンの位置を確認しようとしたその時────



「こらぁ! 視るの禁止ぃ!!」

「ぎゃあああ!! 目ッ……目がぁッッ!!」



 リリィが花粉らしき粉を僕の目に振りかけ、視力を失った僕が目を抑えウロウロしていると、リリィの呆れるような声が聞こえてきた。



「あんた何してんのよ。覗きは禁止って言ったでしょ」

「ご、ごめんなさい。つい……」


 ダメだ。この力に慣れすぎててうっかり使ってしまいそうになる。これは気を引き締めていかないと────



「あのぉーリリィ? シンの確認だけしていいかな?」

「しょうがないわね。でも今度あたしに黙って視ようとしたら……トウガラシの粉をかけるわよ」


 失明してしまう! あ、でもフラウがいるから治してもらえるかな? なら少しくらい黙って視ても……って、ダメだダメだ。約束したんだし。


 気を取り直して僕はセントラル方面を視てみる。すると部屋にはシンとラヴニールさんがいた。まだ何か話してるみたいだ。



「あれ、まだ部屋にいるみたいだね」

「じゃあもう少しゆっくりしていけば? そうだ、平和だった旧世界とやらの話でも聞かせなさいよ」

「そうだね。シンが動き出してからでもいいんじゃない? 私もその旧世界の話って気になるな。あ、目が少し充血してるし治癒しておく?」



 リリィとフラウが再び席に座るように促してくれる。もしかすると、リリィもフラウも泣いてしまった僕を気遣ってくれたのかもしれない。

 僕の目が赤いのも、花粉のせいだね!



 その後しばらく、僕は日本での記憶をみんなに語り続けた。シンとの……楽しい日々の記憶を────





────────────────────



【補足説明】

 皆さま失礼します。作者のコーポ6℃です。


 今回の話に出てきた “オウガが女性であることがシンにバレたら“ という事についてなのですが、今後本編で言及されることはないのでこの場で補足説明をしておきたいと思います。


 拙作『タツノシン』はマルチエンディングになっています。投稿中の本編はトゥルーエンドに向かって進んでいるのですが、要所要所に分岐点が存在しております。


 特に気にされる必要はないのですが、本文中でタツが「シン、どうする?」などのシンに対して選択を迫る発言をしている時が物語の分岐点になります。第一章から要所要所でタツが聞いていますので、へー……程度に思っていただければと。(ゲームの選択肢みたいなもので、選択肢の数だけエンディングが存在している訳ではありません)


 ちなみに第一章甲編第7話『第一村人発見』の最後で、“シンの選択ならどんな結果になろうと──“ と言っているのですが、これはその示唆だと思って下さい。



 そして本題についてですが、はっきり言ってバッドエンドになります。

 シンを含むかなりの登場人物が死亡するエンディングになるので、タツが感じている胸騒ぎもこの為です。


 

 前述した通り今後このエンディングについても胸騒ぎについても本編中で言及することはないので、この場を借りて補足説明をさせていただきました。



 そして最後に、今回出てきた【女子会】についてです。時系列で言えば第一章乙編15話になります。


 【フラウエル、オウガ、ラヴニール、ノヴァリス四姉妹、ディア】の八人によるドタバタ狂騒劇となっているのですが、話数が多くて内容がヤバいという理由で投稿するのを控えています。

 別作品として投稿するかもしれませんし、このままお蔵入りにするかもしれません。


 駄文失礼しました!

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