第3話 3人の執行者【後編】

 アウローラ大聖堂の地下に存在する儀式の間。血と肉の焼ける臭いが充満したこの部屋で向かい合うルジーラとグラス。ルジーラの身体からは魔力が漏れ出ており、まさに一触即発の状態であった。


 

「……ウチさぁ、耳がいいんだ。それに加えて肌に感じる魔力の揺らぎで相手の感情が分かるんだよ。嘘をついてるかどうかってこともね」

「私は嘘をついてなどいませんよ?」


「そうだね。あんたの脈も、魔力も、感情も……全く揺らいでない。あまりに変化が無さすぎてどっちか分からない位だよ。んだったら、もう少し抑揚を付けるべきだったね」

「……」



 常に微笑を浮かべていたグラスの口元から全ての感情が消え失せる。それは……血も熱もまるで感じさせない “無” であった。



「んふふ、それがあんたの本性? やっぱりウチの持論が正しいね。どっちか分からないなんて言ったけど、この世に “灰色“ なんてものは存在しない。あるのは白か黒だけ────つまり “灰色は黒“ なんだよ」

「白か黒……なるほど、その考えはあなたの髪色そのものですね。髪や瞳の色はその者の魂を写すとはいいますが……それで、どうしようと言うのですか?」


「決まってるでしょ? あんたは黒……つまり “悪” だ。ここで死んでもらうよ。それにね、あんたがあの子たちの仇であることに変わりはないんだ」

「私と戦うと言うのですか? 私の力は先ほど見せたはずですが────」

「それが何だって言うのさオバさん。魔力を封殺する? ────やれるもんならやってみろよッ!!」



 ルジーラの鮮血の瞳が金色へと変貌し、部屋全体に翠炎が発生する。グラスの【反魔力アンチマジック】による魔力の相殺────その魔力を捕食し、ルジーラの翠炎が勢いを増していく。


 

「変ですね。あなたには子供たちの仇討ちをする程の情はないように見えましたが ……」

「……やっぱり殺すわ、お前」


「残念です」


 感情の無い声で囁き、グラスが手をかざす。部屋全体が淡い光に包まれ始めた、その時だった────



「────ッ!?」

「……これは」



 グラスとルジーラ……二人の体に何かが絡むように巻き付いている。光に反射し僅かに見える線────部屋全体の至る所から発生した糸が、二人の動きを封じ込めていた。



「……なにこれ、糸?」

「素晴らしい。内に宿りし怪物の異能を早速使いこなすなんて……力を使う気になったのですね、アラテアさん?」



 グラスの無機質だった口元に再び笑みが浮かび上がる。体全体から魔力の光を放つアラテアがゆっくりと立ち上がり、金色に変貌した瞳を閉じると、二人を拘束していた糸は跡形もなく消え去った。



「この人があの子たちの仇……本当にそうなの?」

「は? 少なくとも、こいつにも責任はあるでしょ」


「責任ある者が罰を受けなくてはならないのなら、私こそが罰を受けるべきよ」

「……さっきウチが言ったこと気にしてんの? 発端と過程では話が違うでしょ」


「いいえルジーラ、原因は私にある。私はあの子たちに戦うことを教えなかった……否定してきた。もしあなたのように戦うことを教えていれば、あの子達は死ななかったかもしれない。私の教えが……あの子たちを殉死させてしまった」



 地獄で “食い殺された“ 子供たち────それは、悪霊に “肉体を明け渡す“ 事と同義であった。

 天津国において影鬼かげおにと呼ばれる悪しき魂……影鬼は肉体に憑依し、自分の不幸や怨嗟の言葉を、脅しや同情の為に囁き続ける。

 究極の痛みによって傷ついた子供たちでは、これに対抗することはできずに肉体を譲渡してしまったのだ。もしルジーラのように確固たる戦いの意志を持っていれば、結果は違っていたかもしれないが────



「私は戦いから逃げていた。ダイン様とシンを失ってもまだ戦う事を恐れ……戦い傷付いた人たちを癒すことで、自分も戦っているのだと誤魔化し続けてきた。もし私がダイン様たちと一緒に討伐隊に加わっていれば、二人は死なずに済んだかもしれないのに」



 アラテアはサンディスによって討伐隊に勧誘されていた。ダインの反対によってその話は無くなったのだが、サンディスの陰謀を知らぬアラテアにとって、この事がアラテアの罪悪感をより膨らませていた。

 そして────役立たずの自分が器となり、女神の降臨によって人々が救われるならと儀式を受け入れたことで、今度は修道院の子供たちが全員死んでしまった。

 一人で逃げることも可能であったルジーラも、子供たちの助命を条件に身を差し出した。それはルジーラがアラテアの献身の教えを守った事に他ならなかった。……しかし、助命の約束は守られなかった。


 結果的に生き残ったのは身を任せていた自分と、戦うことを諦めなかったルジーラだけ。常人ならば狂い死んでしまうほどの罪悪感……だが、慈愛の精神を共鳴魔力に持つアラテアは狂えなかった。


 それどころか、アラテアはこの場でルジーラが生き残る道を懸命に探っていた。



 アラテアは、この儀式の間に妙な魔力反応がいくつもあることに気付いていた。二人が話している間に部屋全体に糸を張り巡らし、その存在を感知していた。

 グラスが仕込んだ何か……それが何なのかは分からないが、このグラスという女性が自分たちを制する算段も無く姿を晒すはずがないと読んだのだ。そしてもしグラスと戦いになり、自分が人質となるような事が起これば、再びルジーラの身に危険が及ぶかもしれないと危惧した。



「ルジーラ、私が間違っていた。慈愛による人々の救済……癒すだけでは救われない魂もある。壊れてしまった魂の救済が “死” でしか成し得ないと言うのなら、私はA・Sオールシフターとしての力を戦いに使う────」

「アラテア……」


 アラテアの言葉に、ルジーラが大きく目を見開く。



「グラス……あなたが全ての人々の救済を目的とするなら、私も共に戦いましょう。……ルジーラ、私はもう力を否定しない。弱肉強食があなたの理念なら、あなたはあなたの思うままに戦いなさい。私も……私の戦いを始めるから────」



 瞳を震わせ驚愕の表情を浮かべるルジーラだったが、やがてはその口を大きく歪ませた。それは喜び────暴力を否定していた聖女アラテアが……心の中では慕っていた恩人アラテアが自分と同じく暴力を肯定する側に立った事への狂喜だった。



「……んふふ。じゃあ見せてもらおうかな、アラテアの戦いを。ウチも見せてあげるよ、戦わずに死んでしまったあの子たちに────ルジーラお姉さんの戦いってやつをね!」


 

「────話は纏まりましたね」


 グラスが両手を軽くポンと合わせる。


 向かい合う三人────それはまるで三すくみのような構図であった。アラテアがグラスに同調したことで戦いは避けられたが、もしあのまま三人が戦っていればどうなったのかは分からない………確かなことは、ここがエデンスフィアの歴史に於いて大きな分岐点であったということだ。

 

 そしてアラテアの決意の言葉は、グラスを騙す為の嘘では無かった。事実、アラテアは聖女として人々を治癒しながら多くの悪人をその糸で断罪していく事になる。



 


「この世界は守護者の慈愛によって生まれたものです。ならば、セルミアの説く慈愛の救済こそがこの世で最も尊ぶべき真理であり、それを汚す者はすべからく異端者……そして、異端者には死の救済を────例えそれが “セルミア” であっても」


 人類の癒し手と呼ばれるA・S ────そのA・Sである三人が歪な形で手を組んだ。

 人を救う事ができる力を、人を殺す為に使う。それは、強大な力を持つA・Sこそが人類にとって大きな脅威となり得る事を示唆していた。


 死の救済──それは詭弁であり、邪魔者の排除に他ならない。それを理解していながらも、彼女たちは決断した。

 救うべき者と救うべきではない者……未来において治癒士の少女フラウエルが苦悩した選択を、同じA・Sである彼女たちは決断したのだ。




 

 これは後に、教団上層部によって【3人の執行者トリニティ】と呼ばれる事になる、三人の出会いの話────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る