第2話 3人の執行者【中編】
グラスと名乗った女性が淑女らしく頭を下げる。突如現れた自分たちの仇とでも言うべき女性に、ルジーラが口を歪ませる。
「ふーん、あんたがこのお粗末な儀式の責任者? のこのこやって来るなんて、覚悟はできてるんだろうね?」
ルジーラの漆黒の鎧から翠炎が噴き上がる。だが次の瞬間、その翠炎は幻のように消え去ってしまった。
「まさか殉教者の中にこれほどの逸材が紛れ込んでいたとは……それだけで儀式を行った甲斐があるというものです」
「……なにしたの?」
「これが
「他者の魔力を……っていうか、あんたもA・Sなの?」
「はい。どうやらあなたもA・Sのようですね? 力の使い方はまだまだですが……これから戦いを積み重ねれば、あなたは最強の戦士となるでしょう」
「……なんなんだよあんた。生き残ったウチらを殺しにきたんじゃないの?」
警戒するルジーラに、くすりと笑いを漏らすグラス。
「殺すだなんてとんでもない。私はあなたたち二人を迎えにきたのですよ────私の同士としてね」
「はぁ? 意味わかんない。なんでウチらがあんたの同士なわけ。敵でしょ敵」
「ふふふ、同士ですよ。少なくとも、私たちには共通点があります」
「共通点?」
「はい。それは、私たちがディセント計画の生き残りということです」
「生き残り? なに、あんたもこの儀式に巻き込まれた被害者だってこと?」
「そう言うことです。私はディセント計画の最初の被験者でした。その時に怪物をこの身に宿す事となってしまいましたが、そちらのアラテアさんのように生き延びることができたのです」
「ますます分かんない。じゃあなんで今はこの儀式の首謀者になってんのさ?」
「この世界の真理を知ることが出来たからですよ」
「真理?」
ルジーラが首を傾げると、グラスが優しく微笑む。だがその微笑みには圧があり、ヴェールに隠された瞳が怪しく光るような錯覚すら覚えさせた。
「そう、あなたたちも知ったはずです。この世界に蔓延る狂気を……私はセルミア教の一信者として、これらと戦うつもりです」
「世界に蔓延る狂気? セルミア教の信者として戦う? ……もっと分かるように言ってくんない? 」
「ふふ、話を聞いてくれるようですね? 安心しました。では順を追って説明しましょう」
グラスの言葉にルジーラが不快そうに眉をピクリと動かす。だが、諦めたかのように近くの祭壇に腰を下ろし、頬杖をしながらグラスの言葉を待ち始めた。
「あなた方もセルミア教の信者であるならば、この世界の成り立ちについては知っていますね?」
「ちょっと。ウチは信者でもなんでもないんだから勘違いしないでくれる」
「あら、そうなのですか? では簡単に説明しましょう。かつて人々の狂気によって滅びた世界────それを憐れんだ “星の守護者“ によって、新たな世界が創造されました。それがこの世界【エデンスフィア】です」
「ふーん。また人間を蘇らせるなんて馬鹿なヤツがいたもんだね」
「ふふ、幽世にて人の狂気を見てしまったあなたがそう思うのも無理はありません。しかし、星の守護者の慈愛によってこの世界が生まれたのは事実。ならば、私たち人間が尊ぶべきものは一体なんだと思いますか?」
「慈愛によって生まれた世界だから慈愛が一番大切だとでも言いたいの? だからセルミア教に入信しましょうって?」
「概ね合っていますよ。女神セルミアが説くのは慈愛の精神で人々に救済をもたらす事────ならば、セルミア教こそが世界の真理そのもの。非の打ち所がない教義と言えます。そうは思いませんか、アラテアさん?」
「…………」
微笑みを浮かべアラテアに言葉を投げかけるが、アラテアに反応はない。目を伏せ、何かを考え込んでいる。
「その教義とやらを馬鹿正直に守った結果がこれなんだよ。なにもせず、ただ黙って儀式を受け入れたせいであの子たちはみんな死んだ。慈愛なんて何の役にも立たないんだよ」
「ふふ、それは解釈の違いですね。人々の救済──その形は様々です。怪我人を癒すことだけが、果たして救済と言えるでしょうか?」
「……どういうことですか?」
救済という言葉に、初めてアラテアが反応する。
「怪我人を治癒する。これは疑いようもなく慈愛の救済と呼べるでしょう。ですが、死を望む人にとってそれは救済となり得ますか?」
「私たち
「流石は聖女と呼ばれるアラテアさん。見事な答えですね。では、狂気によって魂が壊れてしまった人を救うことは出来ますか? 快楽殺人者などがこれにあたりますね」
「そ、それは……」
「ふん。さっきも言ったけど、その結果がこれなんだよ。慈愛がどうとか説いて身を差し出しても、向こうからしたらしてやったりなんだよ。そんな奴らは殺すしかないんだ」
「素晴らしいですよルジーラさん。アラテアさんよりも、あなたの方が真理に近づいていますね」
手を広げるグラスに、ルジーラが訝しんだ表情になる。慈愛による救済を旨とするセルミア教の信者が暴力を正当化した────その事にルジーラは少なからず困惑したのだ。
「私は力を行使することを否定するつもりはありません。このディセント計画のような悪意に満ちた計画には、力で対抗する以外はないのですから」
「ちょっと、なに他人事みたいに言ってんのさ。あんたがこの計画の首謀者なんでしょ?」
「その点についても、一つだけ言い訳をさせて下さい。私は教皇猊下によってこのディセント計画の執行者に任ぜられました。秘密裏に実行されるこの陰惨な計画が明るみに出た時、その全責任を私に押し付けるためですね」
「では……これは教皇猊下の指示だというの?」
「ふふ、その通りです。とはいえ、私にも利があるので計画には協力していますが。私にとっての利──それはあなた方のような真理に近づいた強大な同士を得るためです」
「…………」
慈愛の精神を旨とするセルミア教のトップである教皇が、この血生臭い儀式の首謀者────その事にアラテアは再び目を伏せた。
「幽世で蠢く狂気の魂────それは、狂気によって滅んだ旧世界の残滓です。あの淀んだ魂は肉体を求め、現世に戻ることを切望している。私はセルミア教の信者として彼らも救いたい……では、彼らを救うためにはどうすればよろしいと思いますか?」
「決まってんじゃん。一匹残らず殺すんだよ。二度とそんな考えができないように、魂を徹底的に燃やし尽くしてやるんだ」
「ルジーラさん、あなたは本当に素晴らしい。これを機にセルミア教に入信しませんか?」
「やだね。今回ので分かったけど、セルミアってのはテクノスにやられた負け犬なんでしょ? そんなヤツを信仰する気なんて起きないよ」
「あなたの言う通りですよ。セルミアはテクノスによって敗れ、地獄の最下層に堕とされた敗北者。そして今では信者に助けを求め狂気を伝播する悪神……そのような神を崇拝する意味はありません」
悪びれる事なく主神を否定するグラスの言葉を聞き、ルジーラは “なるほどね“ と笑みを浮かべた。
「あんたの言いたいことが大体分かってきたよ。つまりあんたが重要視してるのは慈愛という教義のみで、セルミア自体を崇拝するつもりは無い。むしろ自分はその教えを守っていきたいのに、セルミアや教皇みたいなやつが邪魔をする。あんたはこいつらを消したい……それで内部から色々暗躍してるってことか」
「あなたは子供なのに素晴らしく頭が回りますね。まさにその通りです。ですが、物事には順序があります。教皇を消したところで、新たな傀儡が用意されるだけ……まずは全ての元凶であるテクノス神からです」
「神を殺すって? ふーん、あんたもとんだ狂人だね」
「もちろん神を殺すには膨大な時間を要するでしょう。狂気に染まり強大な力を手にした神に対抗するためには、私たち人間も進化しなくてはいけないですから」
「ふんふん、なるほどね。よく分かったよ」
「分かっていただけましたか。どうです? 私と共に来てはいただけませんか?」
ニコリと口元を緩めるグラスに対し、ルジーラも目を閉じ、頷きながら笑みを浮かべる。笑みを浮かべるルジーラの身体からは、陽炎のような魔力が漏れ出し始めていた────
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