間章
第1話 3人の執行者【前編】
ライザール皇国を苦しめるレヴェナントの存在。その存在の元を断つために編成された【邪龍討伐隊】────邪龍を撃退することには成功した討伐隊だったが、ライザールが受けた被害は甚大だった。
討伐隊のメンバーであった、“大地の英雄“ の異名を持つアズール騎士団副団長【ダイン・ブレイブハート】、その息子である【シン・ブレイブハート】が死亡。そしてアズール騎士団 団長【サンディス・ヴォルクシュタイン】が瀕死の重傷──その身に消えることのない邪龍の呪いを宿す事となった。
更に皇都エルドラン内部に突如として出現したレヴェナントによって、皇帝オルディンを始めとした皇族が全て死亡した。発狂した住民によって皇都は炎に沈み、多くの建物と人間が灰と化した。
皇都の未曾有の危機に駆けつけた【イザベラ・ナイトレイ】率いる第五大隊と、【ギアロス・アルケイン】率いる第三大隊によってレヴェナントは殲滅され、火は消し止められた。だが────栄華を極めたエルドランは、既に負が支配する街へと変貌していた。
全ての皇族を失い、失意に沈むエルドランの復興を諦めた住民たちは、アズール騎士団第一大隊長【レオニード・ヴァレンタイン】の指揮の元、別の街への移転を開始した。そこはかねてよりサンディスの指示によって建造された街で、広大な国土を持つライザール皇国の奥地に造られた最後の砦────“城塞都市バラノス“ であった。
こうしてライザールの実権はアズール騎士団へと自然に移っていき、やがては軍事国家として知れ渡っていくことになる────
────多くの住民が去りゆく中、それでも復興を諦めずエルドランに残り続ける者たちもいた。ほとんどが焼けてしまった城下に比べて、貧民街と呼ばれる郊外は比較的無事だった。その貧民街を中心としてエルドランの復興が始まったのだが、貧民街から世界的に名を馳せた女性が一人いた。
【アラテア・ルミナリス】────貧民街にあるオーラント修道院の修道女であるアラテアは、まだ世界的にも珍しい
自身も親しい人間を亡くしているにも関わらず、微笑みを浮かべ治癒を施す姿に人々は感銘を受け、アラテアこそが女神セルミアが説く慈愛の化身であり、聖女の名に相応しいと褒め称えた。
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【ディセント計画】────女神セルミアをこの世に降臨させる為の儀式。その儀式に選ばれたのは、エルドランにあるオーラント修道院に所属する12名。
──聖女として名高いアラテアを女神の器とし、残る11名を殉教者とする──
ディセント計画における殉教者の役割────それは、器を無事セルミアへと届けるための囮……群がってくるであろう悪しき魂たちから器を守るための弾除けであった。
殉教者たちは生きたまま舌を切り落とされ、両眼をくり抜かれ、皮を剥がされた。セルミアが味わったとされる苦痛を与えられ、闇に染まった肉体と魂は地獄で彷徨う亡者たちにとっては格好の餌であった。
エルドラン陥落から三年後────未だ焼け焦げた跡の残るアウローラ大聖堂の地下に存在する儀式の間にて、ディセント計画は実行された。
────だが、儀式は失敗した。考えられる要因は二つ。
まず一つ目。器として選ばれたアラテアが純潔では無かったこと。既に出産を経験していたアラテアに器としての資格はなく、セルミアによって拒絶されたのだ。アラテアが経産婦であったことに教団が気付かなかったのか、敢えて知りながら器としたのかの真偽は不明。また、そのアラテアの子供の行方も分かっていない。
そして二つ目の要因。生贄である殉教者の中に、眠れる捕食者が紛れ込んでいたことだった────
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────アウローラ大聖堂の地下に人知れず存在する儀式の間。その大部屋の中心には大理石で出来た祭壇が設置されている。
その上には美しいブロンドの髪の女性が横たわっていた。閉じられた目が徐々に開いていき、その特徴的な白い瞳が辺りを見渡す。
女性を中心として設置された小さな祭壇の数々……その祭壇は全てが血に濡れており、焼け焦げた匂いが部屋に充満している。クラクラする頭を抱え女性が上半身を起こすと、何者かが声を掛けてきた。
「目が覚めた?」
声がする方へ視線を向けると、その女性──アラテアにとっては馴染みのある顔があった。
「ルジーラ……」
ルジーラと呼ばれた褐色肌の少女が、血濡れの祭壇の一つに座っていた。身体には漆黒の鎧を纏っており、翠の炎をお手玉のように自在に操っている。
「ルジーラ……その姿は……その炎は一体────?」
「気付いたら出るようになってた。これがレガリアってやつなのかな」
「あなたが助けてくれたの?」
「まぁね。でも、少し遅かったみたい。アラテアの身体の中に化け物が一匹入り込んでるよ」
「……あの子たちは?」
「みんな死んだよ。化け物に喰われてた。もしかしたら、どっかで化け物として蘇ってるかもね」
ルジーラは翠炎で遊びながらまるで表情を崩さない。だが、その言葉を聞いたアラテアは表情に影を落とした。
「これも……神が与えた試練だと言うの────」
アラテアの嘆きとも取れる言葉を聞いた瞬間、ルジーラの表情が険しさを増し、鮮血の瞳が金色へと変貌していく。
「試練? ……ふざけるなよアラテア。親を失って……それでも今日を生きようとしていたあの子たちにッ、これ以上何の試練が必要だって言うんだッ!!」
「ルジーラ……」
「神の試練? そうやって神のせいにしてれば、あんたは楽だろうね。でもね、こんなの試練でもなんでもない……
「……ッ」
「なんであの子たちが死んだと思う? ────弱かったからさ。あの子たちも、そしてウチもね。ウチにはあの子たちを守る力が無かった……でもその時あんたは何をしてた? ただ身を任せてただけだろ……その結果がこれだ!」
怒り猛るルジーラに呼応するかのように、ルジーラによって殺された教団関係者たちの身体から翠炎が湧き上がる。
「あんたはいつもウチの力を否定してきた。 “暴力はよくない、力は弱者を守るために使うんだ“ ってね。なにそれ……守れてないじゃん。ウチらの中で一番力を持ってたあんたが戦わなかったから、あの子たちは死んだんだよ。……むかつく。力を持ってるくせにッ……お前みたいに力を否定してくる奴が一番むかつくんだよッッ!!」
「…………」
責め立てるルジーラの言葉に、アラテアは黙って俯くことしかできなかった。そんなアラテアの様子を見たルジーラは、小さくため息を吐いて背を向けた。
「アラテアには恩があったから助けた。でも、アラテアが言ってたことは間違いだってことが分かったよ。こっちが祈り続けようと、相手は矛を収めてくれない。自分を差し出しても、相手は約束を守ったりしない。悪意を持って向かってくる敵には……力で応えるしかないんだ」
そう言い残し、ルジーラが去ろうとしたその時だった────
「ふふふ、その通りです。力には力を……それこそが、救済となり得ることもあるのですから」
突如響き渡る第三者の声。アラテアとルジーラが視線を向けると、そこにはいつの間にか修道服を着た女性が立っていた。その女性はヴェールによって顔を隠しており、人ならざる気配を醸し出している。
「……誰、あんた?」
「申し遅れました。私の名は “グラス” ────このディセント計画を執り仕切らせて頂いております」
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