終章 2人の未来

────ライヴィア王国領、水の都パラディオン。その都の最も高い位置に聳え立つ【神聖樹メルキオール】。都を流れる水路の水源たるその樹の麓で、二人の人物が立っていた。



 タツとシン────だが、子供と老人の姿はどこにも無かった。

 記憶を取り戻し、本来の姿へと戻った二人。赤金の頭髪の青年が涙を流している。その青年を、金髪の少年が優しく見守るように微笑んでいた。




「タツ……俺が殺した……母さんをッ……」

「違うよ、シンはやらされたんだ」


「その事を……お前に言えなかった……お前に嫌われたくなくって……俺は卑怯者なんだ」

「ごめんよシン。僕は母さんのことは知ってたんだ。でも、僕はシンが苦しんでいるのが分かってたから聞こうとしなかった。僕が聞いていれば、シンがこんなに苦しむことはなかったのに」


「戦いに巻き込んだ……お前を……友達を……街のみんなまで……俺のせいで沢山死んだ……」

「…………」



 悲痛なシンの嘆きを、タツは黙って聞いていた。そして────





「もう! それはシンのせいじゃないでしょ!? シンは自己犠牲が過ぎるよ!!」

「……うぇ?」


 突然の叱責にシンが驚き、ピタリと動きを止める。頬を膨らませ怒るタツだが、すぐにその顔は笑顔に戻った。



「まったくもう。だから記憶を封印したりなんだりと考えたのに、シンが無理やり僕も連れてくるから」

「え……いや、あの……ごめんなさい」


「シンはもうちょっと気楽に考えないと駄目だよ? 何でもかんでも自分のせいにして背負い込もうとするんだから」

「うぅ……」


「僕がいるんだから、背負い込むなら一緒に持ってあげるよ。あ、でも最近はイズモ村で一緒に持たせようとしてくれたよね? うんうん、感心感心」

「…………」


 タツの言葉に反論できずただ黙るシン。そして、いつの間にかシンの涙は止まっていた。



「ダイコク村長も言ってたでしょ? “心を強く持て” って。過ぎちゃったことを忘れろとは言わないけど、前を向いて進まなくっちゃ。いつまでもウジウジしてないでたまには人のせいにしていいから────」

「あ、あのー星の守護者さん? 魂が変質しちゃうんでもう少しオブラートに包んでもらっても────」

「それだよそれ!!」


 ビシリと指を差すタツに、シンがびくりと身体を震わす。



「シン。勘違いしないように言っとくけど、僕は星の守護者なんて使命を帯びる気はないんだよ? 僕は人間として、シンと生きていたいだけなんだ」

「え!? で、でも母さんが……」


「母さんが言ったからって律儀に守る必要なんてないでしょ? それに、星の守護者って本来生物に対しては関与しちゃ駄目なんだよ?」

「あー、そういえばそうだっけ?」


「元々人間のシンはそんなことないだろうけど、僕はそうじゃない。星の守護者になんかなっちゃったら、人を助けることもできなくなるんだ。そんなの嫌だからね」

「な、なるほど……」


「だから、シンも余計な責務を感じなくてもいいんだよ。人間だからって、人間の罪を背負い込む必要はないんだよ?」

「でもサンディスや俺の……人間のエゴがお前を苦しめたのは事実なんだ。お前は人間が憎くないのか?」


 サンディスによってもたらされたあらゆる苦痛。その苦痛はシンの魂を変質させ、憎悪の感情を増大させた。そしてそれはタツへと伝播し、タツにも多大な苦痛をもたらした事をシンは自覚していた。

 俯くシンの質問に、タツは少し呆気に取られた表情になり────そして優しく微笑んだ。



「シンに出会えたんだ。人間を嫌いになったりできないよ」

「タツ……」


「シンは、人間が憎い?」

「え?」


「僕の全ては、シンが分け与えてくれたもの……だから言って欲しい。シンは僕に何をして欲しい? シンが “人間が憎いから滅ぼしたい“ って言うなら、僕も一緒に滅ぼすからさ!」


 太陽のように明るい笑顔で物騒なことを口にするタツに、シンはたまらず吹き出した。



「そんな大層なこと考えてねぇよ。一緒なんだタツ……俺もただ、お前と一緒に生きていきたいだけなんだ────」

「ふふ、分かってるよ。そんなシンだから……今ここに僕はいるんだよ」



 ────風が吹く。メルキオールの葉が二人を祝福するように音を立てる。タツの輝く金の髪がサラサラと揺れ、その金色の瞳からは一筋の涙が流れていた。




 

「ありがとうシン……僕の手を握ってくれて。一緒に生きていこう、この世界で────」

「あぁ……ありがとう、タツ」



 シンがタツを強く抱きしめる。目を細めたタツが、それに応えるようにシンを抱きしめ返す。

 夢は覚め、記憶による魂の澱みは無くなった。感じるお互いの熱が幻ではないことを実感しながら、二人は新たな決意と共に歩き出した────





────────────────────





「────タツ」

「なぁに?」


「お前は俺が全部与えたとか言ってるけど、そんな風に思わなくていいしな。お前のいのちはお前のものなんだ。お前の好きに生きていいんだからな」

「うん、ありがとう。やりたい事ができたらそうするよ」


「人類滅亡計画とかはやめろよ」

「やらないよ! シンが “人間が憎いか?“ とか言うからだよ」

 

「っていうかそもそも滅ぼすとか言ってたけどさぁ、実際やったら多分返り討ちだよな?」

「あはは、多分ね! 僕たち下から数えた方が早いかもね?」


「マジかぁ。一応、地天流も思い出したんだけどなぁ」

「姿は戻ったけど、中身は変わってないからね。相変わらず弱ったままだし……」


「結局今まで通り二人で戦う方がいいってことか」

「まぁそうだね。また背負ってもらって戦うのが一番かも」


「でも……今のお前を背負って戦うのって絵面がヤバくないか? あと普通に邪魔かも」

「邪魔!? ……一応子供の姿にも戻れるよ? シンもおじいちゃんになれるし」


「なに!? ってことは普段はこの姿で、年齢割引がある店に行く時は変身すればいいってことか!」

「せこいよ!! っていうか戦いの話じゃなかったの?」


「そうだった……なんにせよ修行とかした方がいいのかな? 多少は力も戻っていくかもしれないし」

「ラヴニールさんに稽古つけてもらったら?」


「何でラヴィ? カザンじゃ無くて?」

「だって、この街で一番強いのラヴニールさんだよ?」


 

「………………マジで!?」



────────────────────



 第三章これにて完結となります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


 私としましても、タツとシンの成り立ちである過去編まで書けた事に感無量です……。



 次回から間章を挟んだ後、第四章【オウガ追憶編】を開始します。オウガ追憶編はオウガがメインの話にはなるのですが、特に仲間であるラヴニールが活躍する話となっています。


 過去編が続くのでフラウエルたちが登場しないのが心苦しいですが、間章で少し登場します💦


 引き続きお付き合い頂ければ幸いです!

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