第4話 世界の真実と魂の変質(腐)【前編】

 記憶を取り戻し元の姿へと戻ったタツとシン。ひとしきり抱き合った二人は落ち着きを取り戻し、いつもの感じで話をしていた。


 

「ひとしきり抱き合ったとか気持ち悪い表現すんな!!」

「だ、誰に怒ってるの?」


「え、あぁ……悪い。なんか聞こえた気がして……母さんの声がしたような」

「まだ完全に醒めてないのかな? 大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。それでタツ、これからのことなんだが────」

「うん、とりあえずみんなに説明しないとね。まだ執務室にみんないるみたいだし、とりあえず行こうか」


 タツの提案にコクリとシンが頷き、水路に沿って坂を下っていく。



「そういえばタツ、なんで俺はジジィになってたんだ?」

「え? 200年以上経ってるし、場合によってはおじいさんの方がいいかもしれないと思って、ループ2週目の時にゲームで作った姿を魂に刻んでおいたんだ。今回は記憶も封印しちゃったし、姿も変えてた方がいいと思って利用したんだよ」


「じゃあお前の子供の姿は?」

「それはシンも知っての通り、シンがゲームで作った姿を利用したんだ。逆に子供の方がいいかもしれないと思ったから、その姿も刻んでおいたんだ。子供に大人に老人……ふふふ、用意周到でしょ?」


「え……ってことは、俺が子供になってた可能性もあったのか?」

「そうだね。でもシンが “一緒に冒険するなら可愛い方がいいだろ?“ って言ってたから、僕と一緒の時点で選択肢は決まってたけどね」


 “そんな事言ったかなぁ?” とシンが首を捻る。



「今回は僕も急に目覚める事になったから肉体とか魂の配分も滅茶苦茶だし、記憶の封印も雑になっちゃって……本当にごめんね、余計なことして……」

「いやいやいいんだよ! 俺の為にしてくれたんだろ? まぁ、こうして思い出したんだ。お前と一緒だし、俺の心はもう揺らいだりしないさ」



 ドンドンと胸を叩くシンを見て、タツが嬉しそうに微笑む。すると突然シンが、何かを思い出したかのように両手を叩く。



「そうだ! タツ、お前に聞きたいことがあったんだよ!」

「どうしたの?」


「オウガの事だよ。オウガって女だよな?」

「え、男の人だよ?」


 タツの即答に、シンはその場でフリーズしてしまった。やがては落胆した表情になり、“えぇ……” と声を漏らした。



「マジかよ……マジで男なのかよ……俺のトキメキは何だったんだ……」

「シンってギャップにすごく弱いもんね。男女関係なく、意外性にすごく惹かれてるよね」

 

「そうなんだよ……俺ずっとオウガのこと男だと思っててさぁ……それが鎧を脱いだら絶世の美女だったなんて! って思ってたら本当に男とは……魂変質しそう」

「早速揺らいでるじゃん!」


 ボヤくシンにツッコミつつも、タツは少し罪悪感を感じていた。



(シンを騙したくはないんだけど……ゲヘナで顔合わせした時にオウガに口止めされたしなぁ。それに……今の僕に未来視の力はほとんどないけど、直感が告げてるんだよね──オウガが女の人だって事を言うべきじゃないって)


 “タツが言うなら本当なんだなぁ“ と夜空を仰ぐシンを横目に、タツは火口に落ちる前に見た映像を思い返していた。


 

(僕も死にかけだったからうろ覚えだけど……最後にシンと一緒にいた女性はオウガだった気がする。もしあれがシンの未来だって言うのなら、僕は直感に従った方がいいんだろうね。とするなら、オウガが女の人だってことを疑わせない何かをシンに言った方がいいかな────)


 一人考えるタツだったが、これはタツの悪い癖が出たと言えよう。シンを想うあまり、一人で突っ走って変な事をしてしまうのだ。



「まぁ、お前も女の子みたいだもんな。カシューだって筋肉はあるけど美形だし、女に見えて男だってことはあるか……」

「……あッ」



 シンの言葉にタツが何かを閃く。タツは脳内で大きく叫んだ。



(いいこと思いついた!!)


 ────それは悪魔の閃きであった。



「"あッ" って何だよ?」

「……ううん、ナンデモナイ」


「……何でもないってことはないだろ。何で目を逸らすんだよ」

「こればっかりは言えないんだ」


 顔を覗き込んでくるシンを両手で制すタツ。だが、その行為がかえってシンを刺激した。ある意味、シンを熟知しているタツの術中にハマったとも言える。



「おいおいタツくん。今更言えないことなんてないだろう」

「……本当に聞きたいの?」


「な、なんだよ。そんなにヤバいことなのか?」

「これを聞くと……シンは多分苦しむ。もしかしたら、魂が変質してしまうかもしれない」


 闇夜で、金色に輝く瞳が真っ直ぐにシンを見据えている。その真剣マジな目にシンは一瞬だけ躊躇したが、すぐに胸を張って大きく胸を叩いた。



「あれだけの事を思い出したんだ! 今更何を聞いても揺らいだりしねぇよ!!」

「さっき揺らいでたじゃん」


 自信満々に言い放つシンに、タツは内心でほくそ笑みながらも平静を装って話し始めた。



「こほん。じゃあ話すよ? シン、僕たちが見てた日本は滅んでしまった旧世界での記録……これは知ってるよね?」

「あぁ。でも、仮想世界とはいえ長いこと日本にいたから、食の嗜好とかは完全に日本人だよなぁ」


「夢の世界とはいえ魂に刻まれてるからね。まぁそれに、元々シンは天津国の生まれだから和食が好みというのも変ではないんだけどね」

「天津国は日本の生まれ変わりみたいなもんだしな」


「そうだね。それでさ、シンは言語について考えたことはある?」

「……そういやみんな日本語じゃね? 」


「そうなんだよ。母さんがこのエデンスフィアを創った時に、言語は統一したらしいんだ」

「日本語がメインなのか。なんで日本贔屓なんだろな?」


「母さんは人間として暮らしてた時期があるんだ」

「あー、そういやディアが言ってた気がする。人間として暮らしてて文化に感動したとかなんとか。じゃあ日本で暮らしてたんだ?」


 シンの質問に、タツが苦笑いを浮かべる。



「うん。母さんは人間の作り出した創作物に感銘を受けた。無限に生み出される創作物に人間の可能性をひしひしと感じたんだ。そしてそれは言語もそうだった。日本語は即座に他の言語も取り入れて一部とするし、同じ単語でも色んな意味を持つことがある。新たな意味を持たすこともできる自由度の高さに、他の言語には無い多様性を見出したんだ」

「それで日本語がメインになってるのか。俺としてはありがたい話だけど、母さんは日本で何をしてたんだ? 創作物って、絵画とか芸術の類か?」


「漫画とかアニメとかゲームだよ」



 即答するタツにシンが首を傾げる。理解が追いつかず、目が点になっている。



「母さんはずっとネカフェで漫画を読み漁ってアニメを見続けた。家に帰ってからはひたすらゲーム。自堕落な生活を何年も続けていくうちに、遂には禁忌に手を出してしまったんだ」

「き……禁忌?」


 ゴクリと喉を鳴らすシン。タツの表情は影を深めていき、ゆっくりとその口を開いた────

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