第19話 狂乱の戦場

「────う……うぅ……」

「シン! よかった、 気が付いた!?」


 イザベラの攻撃によって気絶していたシンが意識を取り戻す。脚の怪我は完全に治っており、未だ朦朧としながらも上体を起こす。



「う……あれ……? 俺はなにして…………」

「あのイザベラって人にやられたんだよ! 傷は治したから、早く逃げよう!!」

「逃げる?」



 シンが視線を上に移すと、訳の分からない光景が広がっていた。今にも泣き出しそうなタツ、前方ではヴェルオンが騎士を相手に攻撃を防いでいる。そして大量のレヴェナントと変異種────その先では、紫色の魔鎧を纏った戦士が、友であるボルフェルと対峙していた。



「な……んだ……これ……」



 仲間と敵が入り乱れて戦っているこの状況に、シンは思考が停止してしまった。呆然とするシンに気づいたボルフェルが、大声で呼びかける。



「シン! 早く逃げろ!! 俺じゃあ時間稼ぎもできねぇッ!!」

「ぼ、ボル……?」

「逃すと思うか?」


 イザベラの伸縮する触手が、ボルフェルへと襲い掛かる。だがその時、ボルフェルの脇から二体の変異種がイザベラへと襲い掛かった。



「邪魔だ」


 触手の軌道を変え、その先端が変異種へと触れる。その瞬間、閃光と共に二体の変異種は姿を消してしまった。異臭と共に漂う煙だけを残して。


 イザベラ・ナイトレイのレガリア────【イスクラ・ウガサニヤ消滅する火花】。“エルドリッチガス“ と呼ばれる大気中に存在する魔燃性の魔素。その魔素を共鳴魔力レゾンとして持つイザベラのレガリアは、エルドリッチガスを燃焼させ、強力な電場を作り出しそれを放出する。いわゆるアーク放電によって対象を瞬時に蒸発させるレガリアであった。


 

「何を呆けている従士共。貴様らも邪龍の使徒へ攻撃しろ」


 それはさながら踏み絵だった。冷たく響くイザベラの声に、傍観していた従士達は心臓を掴まれたかのように青ざめる。だが、目の前で人ならざる力を見せつけるイザベラに反抗できようはずもなく、やがては武器を構え級友であるシン達へと攻撃を仕掛けた。



 危機を感じたシンは我に返り、タツの前に立ちはだかり、従士の剣を受け止めた。素手で刀身を掴んだ事でシンの手の平からは血が滴り落ちている。その剣からは炎が溢れ出ており、そしてその剣の持ち主の目からも、炎の如く涙が溢れていた。



「ぷ、プラーム……」

「────いるはずがない。シンは遠征しているんだッッ……ここにいるはずがないんだ!!!」


 自分に言い聞かせるように叫び声をあげ、剣に力を込める。その目は焦点が合っておらず、シンを見ようとしない。ただがむしゃらに剣をシンに振り続ける。



「やめろプラーム!!」


 騎士達を跳ね除け、駆けつけたヴェルオンによってプラームが突き飛ばされる。だがすぐに、別の従士の剣がシンの肩に打ち込まれた。



「ぐッ……ら、ランシラス────」

「お、俺は英雄になるんだ……正騎士になって、英雄になるんだ……異端者なんかになってたまるか!!」

「ランシラス!!」


 再びヴェルオンが大盾でランシラスを突き飛ばす。そしてシンの前で盾を構え、初めて耳にする大声でシンに言い放つ。



「シン! 早く逃げろ!! みんな狂気に駆られているッ、お前がここにいる限り事態は収束しない!!」

「お、俺が……ぐッ────」



 突如腹部に感じた鋭い痛みに、シンが顔を歪める。脇腹にはボウガンの矢が突き刺さっており、慌ててタツがその矢を取り除き治癒を始めた。



「コランド……」

「う……うぅ…………」


 ガタガタと震えながらクロスボウを構えるのは、級友のコランドであった。タツを狙った矢がシンに命中したことに絶望したのか、はたまた狂喜したのか……歪な笑みを浮かべながら次の矢を装填し始めている。



 両手・肩・腹部────友から受けた傷の痛みは肉体だけでなく、シンの魂をも傷つけていた。





────────なんで



 敵であるはずのレヴェナントが自分たちを守り、味方であるアズール騎士団の仲間達を殺している。殺された騎士はレヴェナントとして立ち上がり、更に多くの仲間を殺す。



────────なんでッッ



 前方では、強大な力を振るうイザベラによって、押し寄せる変異種とレヴェナント、そしてボルフェルの両足が蒸発させられていた。友の絶叫がシンの耳に届くが、シンは反応できない。



「両足を失っては、地天流も使えまい。折角動きを封じたのだ、貴様には生き証人となってもらおう」


 両足を失い、なお両手で起きあがろうとするボルフェルに、イザベラの触手が宛てがわれる。刹那の閃光を放ち、ボルフェルの両手が一瞬で蒸発してしまう。手足を失ったボルフェルは、声にならない呻きを上げ蠢くしかなかった。



「早く!! 早く逃げろぉ!!!!」


 友であるヴェルオンが叫びながら、友であるプラームとランシラスの攻撃を受け止めている。友であるコランドの放った矢がシンの頬を掠め、血が流れる。その流れる血と混じり合う液体が、シンの目から大量に溢れ出していた。





「────なんでお前らが戦ってるんだよぉ」



 紡がれた嘆きは誰の耳にも届かなかった。狂気の充満した戦場で、自分を起因とした戦いが繰り広げられている事に、シンの魂は壊れ始めていた。そして、シンが動けないことを察知したタツが龍の姿へと変化し、両手でシンを掴み上げ空へと羽ばたく。

 だが、イザベラがそれを見逃すはずはなかった。



魔力砲プライムバスターを全基起動せよ! 邪龍を逃すな!!」



 砦に設置された魔力砲が、空へと逃げるタツに向けられる。十基に及ぶ魔力砲から放たれた魔力弾が、タツの巨体を掠めるが直撃には至らなかった。放たれた魔力弾は九つ。発射されなかった魔力砲を担当する兵士は、ガタガタと涙を浮かべて震えていた。



「バジク!何をしている!? 早く撃たんかぁ!!」

「…………せん」


 シンの友であるバジクは、砲兵として防衛に参加していた。だが、その砲身をタツとシンに向けることはできなかった。



「何ぃ?」

「……撃てません! 友達がッ……友達なんです!!」

「ちぃッ、この異端者が!!」


 

 上官の手甲がバジクの頭部にめり込み、殴り倒される。バジクの魔力砲をタツへと向ける上官であったが、既に二人は射程外へと逃げた後であった────。

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