第20話 逃亡

 タツに抱えられ、戦場から辛くも脱出したシン。頭を抱え、ぶつぶつと自問自答を繰り返している。それは明らかな錯乱状態であり、呼びかけるタツの言葉も届いていなかった。



『…………ここならッ』


 しばらく飛び続けたタツは、人もレヴェナントもいない事を確認し、山岳地帯へと降り立った。優しくシンを地に立たせるが、シンは未だに独り言を呟いている。少年の姿へと戻ったタツが、両手でシンの頬をバチンと挟み込む。



「シン! 僕の眼を見て!!」

「────ッッ」


 無理矢理シンの顔を自分の顔へと向かせる。美しく輝く金色の瞳──家の灯りのように優しい光を携えた瞳に、シンの心が落ち着きを取り戻していく。



「た、タツ…………」

「うん。僕だよ」


 優しく微笑むタツの顔を認識したシンが、その両手を握りしめる。



「タツ……俺のせいで……俺が考えなしにみんなの所に行ったからッ────」

「違うよシン。シンのせいじゃないよ」


「殺されたッ……ボルが…………みんなもッ────」

「…………」


 涙を流すシンに、タツはかける言葉が見つからなかった。だが────



「俺が代わりに死んでれば────」

「それは違うよシン。あの二人が守ってくれた命を、シンは投げ出しちゃうの?」


「…………」

「死んじゃ駄目だシン。あの二人の為にも……僕の為にも、死んじゃ駄目なんだよ」


 優しく言い聞かすタツの言葉に、シンは目を閉じ、深く呼吸をする。



「…………うん。ごめんなタツ」

「うん。さぁシン、これからどうするか決めよう」


(……そうだ。俺が……俺がしっかりしないと。俺がタツを守らないといけないんだッ)



 シンが辺りを見回す。後ろにはライザールの街々が、そして前方には見知らぬ街が小さく見える。



「ここ……ライヴィア王国との間にある山岳地帯か?」


 それは、後に【ティエンタ】と呼ばれる事になる山岳地帯であった。まだ人は住んでおらず、豊かな自然が広がる動物達の住処であった。



「人がいなさそうだったからとりあえず降りたんだけど、向こうがライヴィア王国なんだね。そこに行ってみる?」

「……いや、ライヴィア王国とライザール皇国はセルミア教で繋がってる。もしかしたら邪龍のことも広まってるかもしれない。行くのは危険だ」


「邪龍って僕のこと?」

「星の守護者の事を、ライザールでは邪龍と呼称してるんだ。レヴェナントが溢れてくるのも、邪龍の仕業って事になってる……」


「えぇ……何それ。僕そんなことしないよ」

「分かってるよ。くそ……でも今更ライザールの人達の意識を変えるのは無理だ。どこか別の国へ逃げるしか────」


 腕を組みシンは考えた。そして、ある名案が浮かんで来たのであった。記憶を取り戻したシンにとって、答えは一つしかなかった。




「そうだ! 天津国だ……天津国に行こう!! 俺は元々天津国の生まれだし、国を統べる大神様は慈悲深い人だって噂だ! きっと俺たちを匿ってくれる!!」

「天津国だね、了解!」


「タツ、その空間跳躍エーテルダイブだっけ? あれで天津国に跳べるのか?」

「跳べるけど、今は無理だね。アニマライズからライザールに跳ぶのに大分魔力を消費したし、その後シンの傷を治して、空も飛んだからね。龍の姿で空を飛ぶのって結構魔力を消費しちゃうんだ。でも、時間が経てば回復していくから! ごめんね?」


「いや、いいんだ。しばらくここで休憩しよう。見晴らしもいいし、誰か来たらすぐに分かるだろう」

「そうだね。それに、僕生き物の魂が視えるんだ。何か来たらすぐに分かるよ」


「あぁ、そういえばそうだったな。それのおかげで、狩りの成功率も飛躍的に上がったもんなぁ」

「ふふ、そうだったね。あー、久しぶりにシンの料理が食べたいなぁ」


「天津国に着いたら、いくらでも作ってやるよ。あぁでも、お前がいっつも邪魔するから変な料理になるんだけどな」

「…………」


 シンの冗談混じりの発言に、タツの動きが止まる。その表情は固く、少し震えている様にも見える。



「お、おいタツ。冗談じゃないかよ。そんなにショックを受けなくても……」

「な……なんで…………」



 タツの様子がおかしいことに気付く。タツの視線は自分ではなく、自分の後方へ向けられている。それを確かめようと振り返ろうとした時だった────





「おいおいシン。置いて行くなんて酷いじゃないか」



 片手を上げながら、和かにこちらへ歩いてくる壮年の騎士。その騎士の顔を見た瞬間、シンの身体は硬直してしまった。




「さ…………サンディス団長────」 

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